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#ロマンスファンタジー
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カイル殿下を見送ったあと、私は机いっぱいに広げた書類へ向き直った。
食費。衣装費。庭園管理費。馬車維持費。騎士団関連費――。さすが皇宮。どれも庶民なら目を剥くような桁違いの金額だ。けれど、数字の流れそのものに、おかしなところはない。
「……ん?」
帳簿をめくる指先が、ぴたりと止まった。
「どうしました、お嬢様? 何か見つけちゃいました!?」
「石鹸よ……」
「石鹸?」
アンナがぱちぱちと瞬きをする。
昨年度の帳簿へ目を戻す。
【神殿慈善事業用・薬草石鹸 500箱/500万ルク】
その前年も同じ。一箱1万ルク。殺菌効果に優れた高品質の薬草石鹸で、皇宮では毎年500箱ほどを神殿へ寄付しているらしい。
そして――今年度。
【神殿慈善事業用・薬草石鹸 1500箱/1500万ルク】
「……1500万?」
眼鏡をクイッと押し上げる。
「えっ!? いくら寄付でも、急に三倍って増えすぎじゃないですか!?」
アンナが隣から帳簿を覗き込んだ。
「……なんだか、におうわね」
今年の寄付は三回に分かれている。
【第一回 500箱/500万ルク】
【第二回 500箱/500万ルク】
【第三回 500箱/500万ルク】
第一回は、王都近郊の『ミモザ石鹸工房』から一度皇宮へ納品され、検品後に神殿へ送られていた。
問題は――第二回と第三回。
【輸送効率化のため、製造工房より神殿へ直接納品】
「二回目以降は、皇宮側で現物を確認した人間が一人もいないのよね」
三枚の受領証を机へ並べる。どれにも【薬草石鹸500箱受領】の文字と、神殿の公式印。一見すれば、問題はない。けれど――第二回の納品日を見た途端、何かが引っかかった。
(この日付……)
ゲーム中盤――数日間続いた豪雨で川が氾濫し、王都郊外の田園地帯が壊滅的な被害を受けた、イベント。シェリーが被災者へパンを配り、怪我人を治療して、聖女として一気に民衆の支持を集めた。
「アンナ、地図!」
「はいっ!」
アンナが棚から地図を取り出し、机いっぱいに広げる。二人で地図を目で追い――。
「……あったわ」
指先を止める。ミモザ石鹸工房は、あの洪水で甚大な被害を受けた川沿いの地域にあった。
「この工房……第二回の納品時期には、洪水で営業停止だったはずよ」
「ええぇっ!?」
「第三回は、その一か月後」
「じゃあ、休業していた工房から、合わせて1000箱も納品されたことになってるんですか!?」
「事前に大量の在庫を持っていた可能性もあるけれどね」
私は三枚の受領証を手に取った。
「それに、これも見て」
三枚を重ね、光へ透かす。【500箱受領】の文字も、印鑑の位置も、その傾きまで――不自然なほどぴたりと重なった。
「これ……同じ人が書いたっていうより……」
「同じ受領証を複製して、日付だけ変えた可能性があるわね」
「それが本当なら、完全にアウトじゃないですか!」
「ええ。だから――証拠を取るわよ」
私は白紙を引き寄せ、必要な項目を書き出した。
「商業ギルドへ行って、工房の営業記録を確認してきて。洪水で休業した日、営業再開日、それから出荷記録も」
「了解ですっ!」
「それから、この三枚の受領証は魔法複写機にかけるわ」
アンナの動きが、ぴたりと止まった。
「お嬢様! 高精度で読み取るなら、純度の高い宝石が必要なんですよ!?」
「そうね」
私はにっこりと微笑んだ。
「ちょうど手元に、いい宝石があるじゃない♡」
「まさか……!」
アンナが金庫から、大粒のサファイアを持って戻ってきた。その手は、小刻みに震えている。
「お、お嬢様……本当に使っちゃうんですか……?」
「もちろんよ」
「これ、一粒で100万ルクは下らない代物なんですからね!?」
「高純度の宝石なら、消えかけた文字や上書き前の筆跡まで読み取れる。複製の痕跡が残っていれば、一発で分かるわ」
「でも、機械に入れたら粉々になっちゃうんですよ!?」
「だって――元手はゼロなんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃありませんよっ!!」
アンナの叫びが部屋いっぱいに響いた。
「元手が足りなくなったら、また一粒くらい――」
「絶対ダメです!」
ビシッ! と指を突きつけられる。
「今から横領を暴く人が、自分までくすねちゃダメですよっ!」
「人聞きが悪いわね。これは未来への『投資』よ」
「名前を変えてもダメなものはダメですっ!」
「そもそも――私が、たかが100万ルクの宝石一粒で満足すると思う? これを元手に皇宮の不正を暴いて実績を作る。そして、皇太子妃として自由に動かせる予算を――」
扇子をパチンと開く。
「がっぽりいただいてやるんだから♡」
「…………」
アンナは私をじーっと見つめ、やれやれと盛大なため息を吐いた。
「……もう! まったく、お嬢様といるとちっとも退屈しませんね!」
呆れているようで、その口元はどこか楽しそうだった。
コメント
1件
ひよりさん、第15話読みました〜! 石鹸っていう小さな数字のズレから、帳簿のウソを見抜いていく展開がもう、めっちゃかっこよかったです🥀✨ 洪水の時期と重ねて、受領証がコピーだったって気づくところ、レティシアお嬢様の頭の回転の速さにゾクゾクしました… あとサファイアを「バリンって砕け散る」ってわかってて迷いなく使う強かさ、好きです(笑) アンナとのやりとりもテンポ良くて、2人の信頼関係が伝わってきました! 「100万ルクで満足すると思う?」のセリフ、心臓にきた…! 次回も楽しみにしてます🖤