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【登場人物】
私(モノローグ):30年間、現状に停滞し、救いを待っている。
女性(腕のかすれた女):ボートの先端に座る、美しくも異様な存在。
主人(屋敷の女):本質を見抜く鋭い目を持つ。冷徹だが、どこか真理を突く声の持ち主。
黒髪の男:屋敷の従者。足が透けている。
〇川・ボートの上(夜)
(静かな水のせせらぎ、オールが水面を叩く「バシャ……バシャ……」という規則的な音)
私(M):静かな森を流れる川は、月明かりを受けて一筋の銀色を描いていた。その真ん中に、一艘の手漕ぎボートが浮かんでいる。
(衣擦れの音)
私(M):先端には、裸足の青白い女性が座っていた。オールはゆっくり水面を叩いて進んでいる。けれど、そこに人影はない。
(凝視するようなSE)
私(M):……手を、凝らす。青白い“かすれた手”だけが、懸命にオールを動かしていた。色は、あの女性の肌の青白さにそっくりだった。
(心臓の鼓動:ドクン、と一度強く響く)
私(M):逃げようとしても、手足は縛られている。なにより……その女性から目が離せなかった。
(女性、川面を蹴る水音)
私(M):彼女は素足で川面をバシャバシャと蹴り、まるで遊んでいるように見える。私はただ、その姿を見守るしかなかった。ボートは静かに、下流から上流へと向かっていく。流れは強くなるのに、それに逆らうように。ゆっくりと、でも確実に。
私(M):青い夜の静寂。彼女は一言もしゃべらない。不安なのに……どこかで“何かを期待している”自分がいた。
〇川辺・屋敷の桟橋
(遠くから屋敷の街灯が灯る音)
私(M):やがて、ひとつの明かりが見えた。大きな屋敷の街灯。日本家屋とも洋館ともつかない、不思議な建物。
(ボートが桟橋に当たる音「ゴン……」)
私(M):ボートが岸につくと、彼女は立ち上がり、ゆっくりと背伸びをした。私が見ていることに気づくと……彼女が、振り向く。
(風の音、月明かりが差す音)
私(M):その顔は、美しかった。血色は悪いのに、輪郭はくっきりとしていて、切れ長の目が鋭い光を湛えている。そして……彼女の両腕はかすれている。
(「腕」が現れる、不思議なSE)
私(M):夜の奥から、“腕”がふたつ現れた。さっきまでオールを漕いでいた、透けた二の腕。その腕が、私の身体を掴んだ。想像より、はるかに強い力で。
(私、桟橋に放り出される「ドサッ」という音)
私(M):ひょいと持ち上げられ、桟橋へ放り置かれる。腕はロープを掴んだまま、私に歩くよう促してきた。仕方なく、私はそのあとについていく。
〇屋敷・玄関前
(裸足で土の上を歩く音「ペタ……ペタ……」)
私(M):夜の桟橋を歩く足音だけが響く。庭のような森に入り、土の感触を足裏に感じた瞬間、気づいた。……靴を履いていない。
(足を止める音)
私(M):冷たさがじんじんと伝わる。どこか懐かしいような、心もとなさのような感触。その時、女性も腕も、ふっと消えた。
私(M):ひとり、巨大な屋敷の前に置き去りにされた。逃げるべきか? 足だけは自由だ。けれど、真夜中の森を走って崖から落ちたら……誰が笑ってくれるのだろう。
(玄関の重い扉が開く音「ギィィ……」)
私(M):扉の向こうから現れたのは、背の高い黒髪の男だった。彼の足は透けていて、向こう側がはっきりと見える。彼はタオルを持ち、私の足を丁寧に拭いてくれた。
〇屋敷・広間
(豪華な空間の響き、食器の触れ合う「カチャ……」という音)
私(M):案内された広間。長い白いクロスのテーブル。その端に、ワイン片手にステーキを頬張る人物がいた。層のように積まれた皿。明らかに尋常じゃない量。
(椅子が引かれる音)
私(M):近づくにつれ、それが女性であることがわかった。きれいな瞳、長い髪。彼女はシガレットに火をつけ、煙を吐き出しながら私を見た。
主人:(低く、響く声で)……いつまで、そうしているつもり?
私:え……?
主人:それ、自分で縛ったんでしょ?
(間:時計の秒針の音だけが響く)
主人:――この三十年、何をしてきたの?
私:それは……。
主人:あんたのせい、とは言わない。けどね。……“被害者でいるのって、すごく気持ちいい”って、あんたは気づいちゃった。
(深く煙を吐き出す音)
主人:だから自分で自分を縛って、動けないようにして……そしてまた、誰かが救ってくれるのを待ってるの?
私:…………っ。
主人:――神風なんて、もう吹かないかもしれないわよ?
(静寂。風の音だけが残り、フェードアウト)