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「私を追い出したんだから、ちゃんと教えてくれるのよね」
執務室に行く前まで怒っていたのはサイラスで、今はジェシーだった。怒っている原因は、それだけではない。
「フロディーはどうしたの? メザーロック公爵も、可笑しなことを言っていたわ」
「逃がした」
何で! と言いたかったが、グッと堪え、別の言葉を口にした。
「理由は?」
「手駒になって動くためだ。ロニもそろそろ準備に言ってくれ」
「だけど……」
サイラスに促されたが、ロニはジェシーに視線を向けたまま、動こうとしなかった。何の説明もなく、ジェシーを放って行くことを躊躇ったのだ。しかし、サイラスは容赦なく切り捨てる。
「時間がないんだ。フロディーはもう動いている。こいつに説明したら、俺も行く」
「行くって何処に? まさか王子宮?」
「いや、そっちはシモンとレイニスに行ってもらう。だから俺らが行くのは、王女宮の方だ」
「サイラス!」
ロニは非難するように叫んだ。その意図をジェシーが読めないはずはない。
「何、今更私を除け者にするというの? 発端は私でしょう。違う?」
ロニに近づき、そのまま怒りの矛先と共に、鋭い視線も向けた。
「コルネリオはジェシーを狙っているんだ! お茶会にまで手を出したということは、まだ諦めていない証拠だって、ジェシーだって分かるだろう!」
「分かるわよ、そんなこと! だけど、戦力外のサイラスが行っていいのに、私が行っちゃいけないなんて可笑しいでしょ!」
「サイラスは……えっと、何だっけ?」
ロニは助け舟を求めるように、サイラスの方を向いた。
「後処理があるから、行く必要があるんだよ」
だが、本当の意味で助け舟を出したわけじゃない。
「それから、今回ばかりはジェシーの肩を持たせてもらうぜ、ロニ」
「サイラス。ジェシーがヘザー嬢でも、同じことが言えるのか!」
「当り前だろ。俺は相手の意思を無視したりしないからな。それに、頭ごなしにダメだと言われるのは、俺も嫌なんでね」
サイラスの言葉に、ハッとなったロニは頭を掻きむしる。そして、ジェシーに向き直った。
「ごめん、ジェシー。さっきのことがあったから、俺」
「うん。ロニの心配も分かるわ。でも、同じくらいセレナのことも心配なの。分かって」
すると、泣きそうな顔をしたロニが腕を伸ばし、引き寄せる。ジェシーもまたロニの背中に手を回して、宥めるように撫でた。
これじゃ、どっちが年上か分からないわね。
そう思っていると、背中を数回叩かれた。相手はロニじゃない。ロニの腕は、ジェシーの腰にあったからだ。
ならば、叩いた相手は一人しかいない。ジェシーが視線を向けると、いい加減にしろ、とでも言うように、サイラスが睨んできた。
「ロニ。よく分からないけど、時間がないんでしょう」
ジェシーはロニの背中を軽く叩いた。その途端、腕に力を入れられた。まるで、すぐに離れたくはなかったとばかりに、ロニは数秒後、ジェシーを解放した。
「行ってくるけど、ジェシーも無茶はしないでくれ」
「分かったから、さっさと行く!」
グダグダしているロニの背中を押して、扉へと誘導した。
このままじゃ、いつまで経ってもサイラスから話を聞けないじゃない。
ググっと押し続け、ロニの体が扉の外に出た途端、わざと押されていたと分かるように、ロニが振り返った。すると案の定、ジェシーの体がよろけ、そのままロニの体にぶつかる。
「っ!」
しかし、驚いている暇はなかった。その隙に、ロニはジェシーの肩に手を置き、そっと唇に触れたからだ。
何が起こったか理解する前に、扉はロニの手によって閉められた。
***
「もう、いいか」
サイラスがジェシーに声を掛けたのは、それから数秒後。時間がないのは、こっちも同じだったからだ。
「うん。大丈夫。驚いただけだから」
「免疫がないのを喜んでいいのか、あんまり進展していなかったのを残念に思っていいのか、分からん心境だな、これは」
「何か、ごめんなさい」
何に謝っているのか、分かっていないのは、未だ混乱している証拠だった。が、サイラスは構わず話し始めた。
「とりあえず、簡潔に話すぞ。父上やロニ、シモンたちも動いているからな。俺らも行かなきゃならねぇし」
色々、突っ込みどころ満載だったが、ジェシーは頷くと、サイラスの言葉を大人しく待った。
「お茶会の毒は、予想通りフロディーが手引きしていた。すぐに会場を出たのは、まぁ証拠隠滅をしていたらしい」
らしいと言葉を濁したが、確定事項だろう。恐らくその子犬はもう、処分されているに違いない。
ジェシーは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、サイラスは構うことなく続ける。
「そこまでしてお前を狙う理由は、だいたい想像していたと思うが、目障りだった、と言っていた」
「コルネリオが?」
「あぁ。それからランベールの側近なのに、何故フロディーやシモン、レイニスがそのままコルネリオの下に付いたと思う?」
そう、それが不思議だった。ランベールとコルネリオは異母兄弟だが、面識はないはずだ。
これはユルーゲルが証明してくれたことだった。一度も領地から出たことがない、ということは、そういうことである。
「原因はシモンだった。奴の家、カルウェル伯爵が横領の末、人身売買にまで手を出していた」
「何ですって!?」
確か、カルウェル伯爵領は、宝石が出る鉱山が幾つかあったはず。そこを付け込まれた、というの?
横領と人身売買、で導き出られるのは、奴隷。鉱山で働かせるための人材を確保するために、そこまで手を汚す必要が。どうして、そんなことを!
「奴隷は法で禁じられている」
「まさか、それをコルネリオに脅された、ということ?」
「あぁ。真相はそうらしい」
「でも、シモン一人を動かせても、残りの二人があっさり手に落ちるものなの?」
ジェシーの質問に、サイラスは目を逸らした。
「これに関しては、俺ら四大公爵家が悪い、としか言いようがない。元々、アイツらが側近になっていたのは、四大公爵家がランベールを監視する目的だったのは知っているな」
「えぇ。余計な思想を与えないようにするためだって聞いたわ」
「要は、捨て駒にされた、と勘違いしていても可笑しくはない。捨て駒なら、ランベールに付こうが、コルネリオに付こうが一緒だ、と思ったんだろう」
なるほどね。どっちみち、私たち四大公爵家がいる限り、側近以上にはなれないし、権力も発生しない。シモンたちが腐り切っても、無理はなかった。
「まぁ、シモンとレイニスは、お前が色々やっていたお陰で、こっち側に寝返ったが、フロディーはなぁ」
「うん。詰めが甘かったって、自覚しているわ」
「いや、そうじゃない。『何で、俺には誰も寄こしてくれなかったんですか!』って怒っていたぞ、お前に」
あっ、そっち?
「だって、ヘザーを当てるわけにはいかないでしょう」
「当り前だ!」
「ほら、誰もいないじゃない。側近でもない子に頼めないし」
「とりあえず、後でフロディーに謝っておけ」
「うん。そうするわ」
お茶会の件で、フロディーに何かしらの罪は問われるだろうが。しかしそれとは別に、ジェシーはフロディーに謝ろうと思った。もう、今更誰かを紹介することはできないけれど。