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放課後のチャイムが鳴って、教室に残ったのは数人だった。だが、空間の中心は変わらない。
跪いたままの遥と、それを囲む半円の視線。
そこに、蓮司が再び近づいた。
ポケットに手を突っ込み、片足だけ椅子に引っかけて──まるで、見世物小屋の前。
「さ、今日の“ショー”もクライマックスですか?」
遥は顔を上げた。
その目には、疲労も嫌悪もなかった。ただ、空っぽな遊びの続き。
「……見てたなら、もう飽きたんじゃねえの?」
「飽きないよ。俺、こういうの好きだし」
「“やる側”のときもあったけど、最近は“観る側”のが、好み」
「傍観者、気取るのって、……楽?」
「うん、楽。
なにより、“巻き込まれない”から。
壊れても、壊しても、……俺はどっちでもないって、安心できるし」
遥は鼻で笑った。
「壊してるじゃん。そうやって、笑って見てるだけでも」
「でも、壊れてくれる方が、いい画になるでしょ?」
蓮司の声は、あくまで軽かった。
だけど、その言葉には、ひりつくような“無関心の暴力”が滲んでいた。
遥は立ち上がった。
シャツの裾を直すでもなく、乱れた髪をそのままに。
「……おまえ、やっぱ一番性質悪いわ」
蓮司は笑ったまま、椅子に背を預ける。
「それ、褒めてる? 罵ってる?」
「どっちでもいい。
ただ、俺のこと、“他人事”として見れる奴って、ほんと羨ましいよ」
「そりゃ、“自分じゃないから”だもん」
蓮司は、机の上のペンを転がした。
「でもさ、遥って、ほんとに“壊れ方”が上手いよね」
遥は、ピクリとだけ反応した。
でも、それを押し殺して、薄く笑った。
「上手いって……おまえに評価されるほど、器用なつもりねえけど」
「ううん、上手い。
“壊れてるように見えるけど、ギリギリ生きてる”ってとこ。
ああいうの、……見てるとゾクゾクする」
蓮司の目が、笑っていなかった。
口元は弧を描いたままだが、瞳の奥は凍っていた。
「人間ってさ、完全に壊れたら、ただの物じゃん?
でも、“壊れきれないまま晒されてる”やつって、最高にリアルで、えぐいんだよ」
「……おまえさ」
遥は、少しだけ息を吐いた。
「おまえが一番、人を殺すタイプだよな」
「ありがと。……それ、リスペクトとして受け取っとく」
ふたりの周囲では、誰も真剣に耳を傾けてはいなかった。
ただ、軽い笑いやスマホのタップ音が背景のように鳴っている。
蓮司は立ち上がると、ふっと顔を寄せた。
「でも、遥──
おまえが“その役”をちゃんとやってくれる限り、俺は味方だよ。
いい“作品”には、ちゃんと拍手送るから」
遥は一瞬、視線をずらした。
その笑顔は、張りついた仮面のように整っていたが、
口の奥で血を噛むような、ひび割れた沈黙があった。
「──死ねよ」
「はーい。生きてる間は、よろしくね」
蓮司は笑って、また軽やかに教室を出て行った。
背中には、何も背負っていなかった。
遥はしばらく動けずに立ち尽くしていた。
──今、感じたのは嫌悪か。恐怖か。
それとも、ほんの少しの共感か。
それさえ、自分でもわからなかった。