それから時が流れて出港三日前。港湾エリアの桟橋では、今回『ライデン社』に輸送する膨大な数の石油入りドラム缶の積み込みが行われていた。
「ほらほら急ぎな!先ずはこいつを積み込まねぇと、他の品を積み込めないんだからね!あんまり遅いと酒を抜くよ!?」
「「「へーいっ!!!」」」
エレノアが陣頭指揮を執り、ドラム缶を軽々と担いだ海の男達が次々とアークロイヤル号に積み込んでいく。
この日のために砲列甲板に並べられていた大砲の大半が降ろされ、そのスペースにドラム缶を積み込みロープでしっかりと固定されていく。
降ろした旧式の大砲の代わりに、甲板には最新式の大砲が四門積み込まれていた。もちろん塩害対策を施した特別製である。
これは『ライデン社』から提供されたものであり、前装式の旧式とは違う後装式の榴弾砲である。もちろん砲弾は炸裂するタイプを使用している。
門数は遥かに減ったが威力と精度は桁違いであり、戦闘能力は維持された。そして降ろされた大砲分の重量を全て積み荷の積載に回した結果、アークロイヤル号の積載量は軍艦でありながら帝国有数のものとなった。
「ちゃんと食料も積み込むんだよ!食い物が無くちゃ餓死するだけだからね!」
アークロイヤル号の特徴としては、大きな船室のひとつをまるまる改装して食料庫としている。これにはレイミ=アーキハクトの協力により溶けない氷柱をいくつも配置して氷室とし、生鮮食料の長期保管を可能としていた。
それは同時にビタミン不足の解消を意味しており、敗血症予防ともなった。
「後、客室の手入れは入念にね。今回は綺麗所を乗せるんだからね!」
「お嬢様を乗せて船旅かぁ。俺達も出世しましたなぁ、船長」
父の代から属している茶色い短髪の海賊がエレノアに声をかける。彼の名はリンデマン。今ではエレノアの副官として辣腕を振るっている。
「リンデマン、まだまだ出世するよ。シャーリィちゃんは間違いなく大物になるからね」
「ならば、『黄昏』だけと言わずシェルドハーフェン全域を手中に納めてもらいたいものですな。いや、お嬢様の器量を考えりゃそれも不可能じゃないか」
「その通り。それに、シャーリィちゃんの最終目標を考えたらそれでも足りない」
「下手をすれば大貴族が関与している、でしたな」
「なんだい?リンデマン。ビビったかい?」
ニヤリと笑うエレノアにリンデマンも同じく笑う。
「そりゃないな、船長。相手がでかけりゃデカいほど、旨味もある。お嬢様が気前良く振る舞ってくれるのは分かってますからな。後はご褒美のために暴れるだけです」
「その意気だよ。今回の航海もしっかり終わらせる。シャーリィちゃんには悪いが、本気でヤバくなったらトンズラするよ。シャーリィちゃんには私から謝るからさ」
「将来のために、な。あんな島で死なせるのは惜しいし、今の暮らしを捨てたくもない。船員達の尻を蹴飛ばしておきますよ」
件のシャーリィはと言うと。
ウッス、ルイスだ。今俺は『黄昏』の町をシャーリィと散策してる。どんどん人が増えるからか、今も建物がどんどん作られてる。人夫も多くて、それを相手に商売する店もあるから益々町は賑やかになる。
シャーリィの奴が町を作るなんて言い出した時はどうするか迷ったもんだが、やっぱりコイツは見てる世界が違うな。
「ルイ、どちらが私に相応しいですか?」
で、俺はシャーリィと二人きり。久しぶりのデートって奴だ。シャーリィも冬物の私服だけど、ケープマントが暖かいみたいでそこまでモコモコした服を着ていない。毛皮の耳当てくらいかな。
俺達も年頃だし、やっぱり甘酸っぱい感じになると思うだろ?今の質問だって服とかアクセサリーの類いだったら、まさにそんな感じだろうさ。
……けどな、やっぱりシャーリィなんだよな。ここはドルマンの旦那が直営してる武器屋で、シャーリィが持ってるのはロングソードとショートソードだ。
……デートだろうが自由なんだよな、こいつ。
「どっちも体格的に厳しいんじゃないか?重さに振り回されてる姿しか想像できないぜ」
「むっ、やっぱりですか。やっぱりナイフが一番ですかね?」
「小柄な身体を活かすならな。けど、魔法剣があるんだから必要ないだろ?」
あの反則級の武器を扱えるのはシャーリィだけだしな。
「あれは奥の手です。相手の油断を誘うためにも、普通の分かりやすい武器を携行すべきと考えまして」
「まあ、確かに剣を腰に差してたらそれが武器だって思うよな」
「その通り。そしてその先入観を破壊した瞬間相手には隙が生まれます。そこを突けば、有利に立ち回れますからね」
シャーリィは剣術に心得がある。小柄な身体を身軽に動かす戦法はアスカと同じだけど、こいつはそこに充分に鍛えられた剣技を交ぜてくるから厄介なんだ。
「ああ、南方に行くからか。あっちには鉄砲は無いんだろ?」
「ええ、基本的には剣、槍です。飛び道具は弓ですね。そこに魔法が当たり前のように交ざるから厄介な相手なのです」
で、こんなデート?をやってるのには訳がある。二日前かな?ベルさんから呼び出されたんだ。
~二日前~
「なんだよ?ベルさん」
「ルイ、お嬢は明後日丸一日フリーだ。たまにはデートしてやれ」
「急だな、どうしたんだ?」
「別に変な意味じゃねぇさ。最近は特に忙しくて、二人の時間なんて取れなかったろ?」
「まあ……な」
「お嬢にも息抜きが必要だ。ルイと過ごす時間は癒しになるはずだ。夜までゆっくり楽しめ」
~現在~
明らかにベルさんはなにか隠してる。けど、馬鹿な俺にはそれを予想するなんて無理だ。それに、シャーリィとの時間が取れてなかったのも本当だしな。
「ルイ、どうしました?」
おっと。
「いや、何でもないさ。次はエーリカの店に行かねぇか?ほら、冬用の服を買ってやるよ」
「これで寒くはないのですが」
「まあまあ、俺の買った服を着てくれよ。男の見栄って奴だ」
「なんですか、それ。分かりました。私にはセンスがないので、期待しています」
うん、基本無表情だからたまに見せる笑顔が可愛い。
……惚気んなって?放っとけ……。
~夕方 教会地下~
薄暗い地下室は部屋全体に血痕が付着しており、様々な臭いが交ざり合った凄まじい異臭に包まれていた。部屋には多種多様の拷問器具が無造作に散乱していた。
その部屋にベルモンドがゆっくりと入室。惨状を見て苦々しく顔を歪める。
「お嬢の奴、派手にやってるな……」
「ひぃぃっ!?誰だ!?だれだあっ!!」
その中心にいた人物を見て、ベルモンドは哀れみすら覚えた。
全身を覆っていた筋肉は全て落ちて枯れ枝のように痩せ細り、全身に無数の傷跡と真新しい手当ての跡が複数遺されていた。
そして、両足は完全に破壊されていた。
「……無様なもんだな。いや、むしろ哀れにすら思うぜ。バンダレス」
「そっ……その声は……ベルモンドかっ……!?」
それは『エルダス・ファミリー』最後の幹部バンダレス。農園を襲撃して十数人を殺害。エーリカに重傷を負わせた男である。
「ああ、そうだ……お前を嗤ってやろうと思ったんだけどな。そんな姿見せられたら、その気も失せる。昨日も楽しんだみたいだしな」
「もう……嫌だ……嫌だぁあああっ!!いやだぁぁあああっ!!いやだぁあっ!!痛いのはいやだぁぁあああっ!!」
昨晩の話をすると、突然発狂し始めた。普通ならばとっくに狂っているような苦痛の日々であるが、バンダレスは並みより頑丈ゆえに正気を保っていた。
それが更に苦痛を増すことになったのである。
「ああ、だろうな。なぁ、バンダレス。昔馴染みの情けだ。ひとつだけ、願いを叶えてやる」
ベルモンドはそんなバンダレスを見ながら大剣を構えた。慈悲を与えるために。
「…………助けて……もう……」
バンダレスは弱々しく答えた。
「ああ、地獄で待ってろ」
ベルモンドは上段に構えた大剣を振り降ろした。それは因縁を断ち切るようにバンダレスを両断し、これにより『エルダス・ファミリー』は逃亡したエルダス以外全滅したこととなったのである。
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