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その日の夜、ルイスと久しぶりに二人きりの時間を過ごせたシャーリィは、感情の高ぶりを感じたまま日課である楽しみを堪能すべく地下室へと赴いた。
だが、そこで見たものは真っ二つにされたバンダレスと側に佇むベルモンドであった。
「ベル、何をしているのですか?私のおもちゃを壊したように見受けますが」
「ああ、悪いなお嬢。こいつは俺が斬った」
その言葉にシャーリィは眉を潜めた。
「ベル、これが私の楽しみであることは理解していますよね?」
目を細めてじっとベルモンドを見つめるシャーリィ。
「ああ、他の奴なら放っておいたんだけどな……『エルダス・ファミリー』に居た時バンダレスとは因縁があってな。お嬢のおもちゃだから我慢してたんだが、どうしても我慢できなくなったんだ。済まん」
ベルモンドは苦笑いしつつ、弁明する。
「ベルの因縁ですか……例の狙撃手さんは壊れてしまったから、彼は最後の一人だったのに」
シャーリィの瞳に怒りが籠る。
「悪かった、お嬢。だがどうしてもな……大事なおもちゃを壊しちまったこと、許してくれねぇかな?」
それでもベルモンドはいつもの調子でシャーリィに語りかける。
「……はぁ。これまでベルに助けられたことに免じて、今回は我慢します。次のおもちゃを手に入れるのを手伝ってくださいよ?」
内心複雑ではあるが、ベルモンドのこれまでの功績を考えて不問とすることを選んだシャーリィ。彼女は次のおもちゃを探すことを考えていた。
「それなんだが、教会の移設を検討してたよな?」
「はい、してますけど……」
突然話題が代わりシャーリィは首を傾げながらも答える。
「シスターの話じゃ、新しい教会に地下室は作らないそうだ。で、こっちは完全に破壊するんだとさ。もちろん備品なんかも処理するつもりだ。後片付けは任せときな」
「は……?そんな話聞いていませんが」
「そうなのか?てっきりお嬢に話は通してるかと思ったんだがな」
「何を勝手なことを……シスターに抗議してきます」
「おう。シスターならいつもの礼拝堂だ」
「……あとは頼むぜ、シスター」
肩を怒らせて足早に部屋を出ていくシャーリィの後ろ姿を見ながら、ベルモンドはそっと呟いた。
礼拝堂。カテリナはいつものように祭壇に腰かけて、勇者の像を眺めていた。
「シスター、お話があります」
ドアが静かに開かれ、シャーリィが礼拝堂には入りながら怒気を含んだ声をかける。
「先ずはただいま、でしょう?シャーリィ」
振り向くこと無くカテリナは言葉を返した。
「……失礼しました。ただいまです、シスター」
「お帰りなさい、シャーリィ。ルイスと久しぶりに過ごせてどうでしたか?」
振り向いたカテリナは、いつもと変わらぬ様子で声をかけた。それに戸惑いながらも、シャーリィは言葉を返す。
「とても楽しかったです、シスター。お時間を作って頂き感謝します」
「礼には及びません。最近は恋人らしいことをしていないでしょう?たまには息抜きをしなければいけません」
「ありがとうございます。ですがシスター、私から大切な息抜きのひとつを相談無く取り上げるのは如何なものかと思いますよ」
「何の話ですか?」
「ベルから聞きましたよ。新しい教会に地下室は作らず、ここも壊すとか。私の数少ない余興として認めてくださっていたと思っていたのですが?」
口調こそ変化はないが、言葉には怒気が含まれていた。
「その件ですか。そう言えばまだ貴女に話していませんでしたね」
「納得できる理由を聞かせてください、シスター。でなければ、シスターと言えど許せません」
「今後の組織のためです」
「……組織のため……ですか……?」
予想外の答えにシャーリィは戸惑う。
「シャーリィ、貴女の日々の頑張りによって『暁』はどんどん大きくなっています。既に人員は千人に届こうとしている」
「えつ……ええ。これからも大きくしていくつもりですよ」
「ですが、それ故に自分の振る舞いにも気を付けなければいけません。貴女は気前も良くて、働きにはしっかりと応えている。公務中はルイスを遠ざけて公私を別けている。まあ、レイミ相手には公私混同が見られますがそれは目を瞑ります」
「はい、ごめんなさい」
自覚はあるためシャーリィも素直に謝る。確かにレイミ相手には公私混同を行ってしまう。言ってしまえば甘いのだ。
幸いレイミもそれを心得ているので我が儘を言わず言動には気を付けているので、目立った問題は発生していない。
「離れ離れだった妹が相手なのです。そこは気にしませんし、新入りにも周知徹底させています。問題は、地下室で行っている貴女の楽しみです」
「なにか問題が?」
「ハッキリ言いましょうか、シャーリィ。あの趣味を、胸を張って公言できますか?」
カテリナは無表情のままシャーリィを見つめる。何処までも冷たい視線はシャーリィを怯ませるのに充分だった。
「そっ、それは……」
「現にあの趣味を知っているのは幹部でも一部だけです。ドルマン、ロウ、マクベス、エーリカなどは知らないでしょう。もちろんマーサも知りません」
「はい」
「ですが、人数が増えているのです。隠し通すことは不可能。そんな危険かつ猟奇的な一面があると知られれば貴女に対する認識を改めるでしょう。そしてそれは確実に不利な方へと変わるでしょう」
「……それは……だから、やめろと?」
「そもそも、始まりはルミを失ったことに対する復讐だったはず。復讐は果たせましたし、相手を拷問する必要はないでしょう。楽しさを否定するつもりはありませんが、狂人では巨大な組織を率いていくことは出来ません」
「シスター……」
これまで冷たい視線を向けていたカテリナは、表情を和らげる。
「ただし、これまで貴女の好きにさせていたのは私の落ち度。シャーリィに我慢を強いるのです。私も楽しみのひとつを我慢しようと思うのですが、どうでしょう?」
「シスターも、ですか」
「それなら不公平ではないでしょう?貴女にだけ我慢をさせるつもりはありません。内容はシャーリィが選びなさい」
「では禁酒を」
即答である。
「……分かりました。貴女が悲願を成就するまで酒を飲むのを我慢しましょう。だからシャーリィ、貴女も止めなさい。大丈夫、捕らえた敵の始末は任せます。要は長い時間を掛けて猟奇的な事をするのが問題なのですから」
「その時はじっくりやりますよ?」
「限度は弁えるように。アスカに見せられないような真似はしないように」
「基準はアスカですか……シスター、ベルと謀りましたね?」
「前々から問題視していました。彼は切っ掛けをくれただけです。私が止めるべきでしたが、ルミを失った貴女の事を思うと言えなかった。けれど、今は違う。貴女には皆が居る。なにより、レイミが居るのです。あんな趣味、捨ててしまいなさい」
「……確かに大切なものを傷つけられる度に、ルミのことを思い出してしまいます。でも……これを続けることで不利益が出るのなら我慢します。他の事で発散できるように頑張ってみます」
「それで良いのです。急に決めてしまったことは謝ります。けれど、今後を考えれば今しかないと判断しました」
「責めるつもりはありません。むしろ感謝します。もしレイミに知られたらと思うと、背筋が凍るような思いです」
「その事に気付けたなら何よりです。後始末は任せなさい。貴女が帰るまでに新しい教会を建てて今の場所は更地にします。貴女の趣味の痕跡は遺しません。後顧の憂いなく旅立ちなさい」
「ありがとうございます、シスター」
シャーリィはカテリナ、ベルモンドの説得に応じて我慢する道を選んだ。それが何を意味するのか、どんな影響を与えるのか誰も知るよしもなかった。