「そんなに良いところなの?」
「うん、そりゃあもう。ここより緑が多くて、空気が澄んで。特にね、星がすごく綺麗なんだ」
「星が……?」
「うん。長野には日本で1番星が綺麗に見える場所があるんだよ。ガイドさんの説明が聞けたり、音楽やパフォーマンスのショーが見れたりする『日本一の星空ナイトツアー』っていうのがあってさ。標高1400メートルまでロープウェイで行って、暗くなると、すごく広い高原にたくさんの人が寝転んで空を見上げるんだ」
何だか希良君の話に引き込まれる。
「時間になったら一斉に周りのライトが消えて、それまで見えていたより遥かに綺麗に……美しい満天の星空が姿を現す。幻想的でさ、あまりに綺麗だから、みんな歓声をあげるんだ。運が良ければ天の川も見えるしね」
「素敵……そんな場所があるなんて」
話を聞いてるだけなのに、まるでそこにいるみたいな感覚になった。
「星たちに手が届きそうでさ。子どもの頃、寝転びながら、よく手を伸ばして掴もうとしたよ」
「すごく楽しそうだね」
「いつかさ……」
希良君は、足を止めて私のことを見た。
「雫さんと行きたいんだ。手を伸ばせば届きそうな壮大な星空を……あなたに見せてあげたい」
「希良君……」
「他の人じゃ嫌なんだ、雫さんじゃなきゃ。僕は……あなたとずっと一緒にいたい。ただそれだけなんだ。本当に雫さんのことが……好きだから」
そんな綺麗な星空……
私だっていつか見てみたい。
だけど……
それを希良君と一緒に実現することはできない。
胸が苦しいよ、本当に……ごめん。
「その顔を見たら全部わかるよ。雫さんには他に好きな人がいるんだね。きっと……あの社長さんだよね。榊グループの……」
希良君は優しい顔でそう言った。
「ごめんね。希良君の気持ちは本当に嬉しくて、一緒にいてすごく楽しかったんだ。それは嘘じゃない。最初は、本当に自分の気持ちがわからなかった。だけど、祐誠さんと話すうちに……私、やっと自分の素直な気持ちに気付けたの」
「そっか、そうなんだね」
「ごめんね……」
「あの人じゃ……僕や東堂さんには敵わないもんね。あんな魅力に溢れた男性、他には知らないよ。だから……」
唇を噛み締める希良君。
「負けは認める。勝てないよ……絶対に。でもね、雫さんを好きでいることは止められない。諦めるなんて嫌だから。好きで好きで仕方ない人を、すぐに心の中から消すことなんてできない」
「本当に……ごめん」
希良君は、少し泣いていた。
その顔を見てたら、つらくて苦しくて。
いっつも可愛い笑顔を見せて、私を癒してくれてたのに……
だけど、祐誠さんを好きな気持ちに嘘はつけない。
目の前で泣いてる希良君に何もしてあげられなくて、本当に……ごめんねって、心の中で何度も謝った。
「雫さん、今日は帰るね。また『杏』にパンを買いに行くから。それだけは許して……」
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