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ふと目を覚ますと、自分は本を読みながら寝ていたらしい。下からはパンの焼けるいいにおい。
横を見るとパソコンディスクと大きな本棚が目に入った。
あのまま眠ってしまったのか・・・。
ボサボサの頭と顔を整えるため洗面所に向かう。ブラシをかけ、顔を洗い鏡を見る。そこにはロン毛の青年が写っていた。
(随分懐かしい夢を見たな)
現在の蔵馬。彼は色々あって人間として生活している。名前は南野秀一といい、母は再婚し、血のつながらない父と弟の4人で暮らしている。
下に降りていくと、義父はもう起きており朝食を取っているところだった。
「おはよう」
「秀一君、おはよう」
「おはよう、秀一もコーヒー飲む?」
「ああ、ありがと」
彼も食卓につき、食パンをトースターに入れた。ハムエッグにサラダ、スープといった朝食に彼が手を合わせて食べ始めた。
「秀一、今日は予定あるの?母さんたちはデパートに行ってくるんだけど」
「予定は特にないかな?家でごろごろしているよ」
「秀君はどうかしら?友達と遊びにいくのかしらね?」
秀君、秀一
実はこの2人の兄弟は同じ名前であった
なので、秀一と秀といった具合に彼らは分けて呼ばれている。
「オレは今日、留守番をしているからさ。秀のことも気にせず出掛けてよ」
「そう?何かお土産買ってくるわね」
「いいよ、子供じゃないし」
秀一は笑って答えた。
実は母と義父は彼が高校2年の時に再婚したのだが、彼が社会人になった今も新婚ほやほやなのである。
家庭が円満なのはいいことだーと彼も思う。
昔の彼なら”家庭”なんて考えたこともないーだが、脆弱だったあのころ一緒に暮らしていた栗毛の妖狐、樹利亜だけは別だった。
樹利亜との生活を終わらせてしまったのは自分。別れて暮らすようになって樹利亜はたちまち他の妖怪に襲われ亡くなってしまったが、彼の最初の家族といえば樹利亜だ。
最初の記憶は、ミルクの臭いだった。
銀の毛皮をもつ彼は生まれた時から狙われていた。あるとき、ボロボロになるまで逃げて隠れてた彼をみつけたのが樹利亜だった。
まだ赤ちゃんと言ってもいい樹利亜の口には先ほど、母親からもらったミルクがついていた。
それを蔵馬がなめとると樹利亜はびっくりして走っていってしまう。そのあと、樹利亜の兄弟たちと母狐がやってきて、彼を保護したのである。
暫く巣から出れないくらい衰弱していた蔵馬だったが、次第にほかの兄弟たちとも遊ぶようになり、そして大人になっていった。
蔵馬は常に強くありたいと願っていた。もっと早く走れるように。敵をやっつけられるように。ただの狐ではなく妖狐に。それが彼の願い。
願いがかなったのは、ある植物を食べたからである。苦くてとても食べられたものではなかったが、それを食べると妖力がました。そしてついに妖狐へと変貌をとげることができたのである。
そこから彼の人生は始まるはずだった。しかし偶然、樹利亜が他の雄に付きまとわれているのを見て、樹利亜も妖狐にすることに決めた。
そして2人の生活が始まったのである。
「秀兄ィ、パパとお母さんは?」
休みをいいことに、義弟の秀一が今頃リビングに降りてきた。
「町に出掛けたよ。今日はオレが留守番をしているから、出掛けてもいいぞ」
そう蔵馬が答えると「じゃあ、オレは友達んちにゲームやりに行くわ」と義弟は答えた。
勉強という二文字は彼の頭の中には存在しないらしい。
義弟はラップをかけられたおかずをさっさと胃袋に入れ、さっさと出掛けてしまう。
やれやれ・・・。
秀一はキッチンに残された皿やカップを洗いながらまた昔を思い出していた。
昔の彼は盗掘で生計を立てていた。それは樹利亜も知らなかったが、彼女には適当にある国のお使いをしているーなどと言ってごまかしておいた。
樹利亜のほうは針子の仕事をして小銭をもらい暮らしていた。
「ねえ、背中洗いっこしよ?」
小さいときは流していた言葉。
だが、流石に大きくなるにつれ樹利亜もそういうことを言わなくなった。彼女が女性になったときはショックだったらしく、丸まって泣いていたのを覚えている
そして自身の体の変化に戸惑っていた。
ある日、売る予定だった宝石を渡したことがある。樹利亜はとても驚いていて。
「こんな綺麗なの、蔵馬のお嫁さんに渡しなよ!」
と慌てて、返してきた。
そこで、自分は兄妹として見られていると気が付いた。
助けてもらった記憶は忘れていないが、樹利亜にしたら覚えていなかった。血が繋がっていないことを認識していなかったと知った時は蔵馬にとってはショックだったが、そのうち話そうーそう思っていた。
「蔵馬、今日お祭りがあるの。一緒に行かない?」
そう樹利亜が言ってきた。
正直くだらないし、行きたくもない。だが、樹利亜一人で行かせるわけにもいかない。
「ああ」
と言って、ついていった。
あたりには屋台が沢山でて、大盛況だ。樹利亜は飴を食べながら蔵馬に色々なことを話しかけてきた。
そして雑貨屋で足を止め、小さな指輪を見た。
それは、そんなに価値のある石でもなく細工が凝ったものでもない。それでも樹利亜はじっとみていた。
「欲しいのか?」
「うん」
彼女にしては珍しく主張した。
買ってやると凄く嬉しそうに、指輪を見ていた。
・・・あの指輪、どうしたっけ?
随分昔のことだ。記憶はあいまい。あの後、蔵馬として何千年も生きてきたのだから。