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「今日は僕のおごりでいいからね」
「……いや、んなこと言われても。こりゃ、一市民からしたらハードル高すぎるだろ」
後日、神津の誘いで俺と高嶺、そして颯佐は食事をする事になった。
またただの居酒屋かと思ったら、全個室の高級焼き肉店で、向かいの席に座っている高嶺と颯佐は萎縮してしまっていた。別に彼らも無理をすれば食べられないことないだろうにと思いつつ、俺の給料では絶対無理だと早々に給料闘争から離脱した。
誘った本人の神津はそれはもう上機嫌で、終始ニコニコとしており、逆に気持ちが悪かった。
「……てぇ」
「ハルハルどうしたの? 腰おさえて」
「いやぁ…………」
あの日、結局俺は朝方まで愛され続けたわけで、おかげで俺は腰痛に悩まされていた。普段デスクワークばかりしているせいか、体力が衰えている気がした。
そして、あの日を境に毎日のように求めてくるようになり、神津の性欲と体力には白目を剥くしかなかった。侮っていた。
だが、毎回気持ちよく、快楽を身体にたたき込まれているような感覚があり、胸もひりひりとして痛い。兎に角、愛された。嫌っていっても「イイの間違いじゃない?」と勝手に解釈されて、揺さぶられて、ドロドロに溶けるんじゃないかってぐらい甘い甘い快楽を塗り込まれて。
そりゃ、腰も死ぬよなという話である。
颯佐は不思議そうに、俺を見ていたが、全て理解したとでも言うように人差し指を立てた。
「分かった! 仲直りしたんだ! ハルハルとユキユキっ!」
と、大きな声を上げる。
俺は慌てて颯佐をおさえるが、颯佐は何故か自分事のように嬉しそうな顔をしていた。
「つか、別に喧嘩してねえし」
「じゃあ、レス期……抜けたって事だな。毎日、愛し合ってるのかよ。お熱いなあ」
「高嶺!」
ハンッと鼻で笑う高嶺をみて、無性に腹が立ったため、颯佐に怒ったのにもかかわらず俺はギャンギャンと叫んでしまった。それを今度は神津に制され、俺はため息をつきながら着席する。
おすすめのメニューが運ばれてくるまでまだ時間があり、ゆっくりと話す時間はあるようだった。きっと、こいつら食べ始めたら無言になるだろうから。
そんなことを思いつつ俺は咳払いをする。
「何か、お前らにも気ぃ遣わせちまって悪かったな。ま、まあ……その、元通りに戻ったつうか、改めて恋人だってわかり合えたっつうか」
「春ちゃん可愛いんだよ? 今はツンツンしてるんだけどね、ベッドの上では―――」
「だ――っ! 言うな、神津っ!」
さすがに、同期とはいえ友人とはいえ、そんな話しを聞かれたらたまったもんじゃないし、言われたくないと、俺は神津の口を両手で押さえた。神津はもごもごと苦しそうにしていたが、にぃっと垂れ目な目をさらに細めて悪い顔をしたかと思いきや、ぺろりと俺の手のひらを舐めた。
「ッ!?」
「春ちゃんかわいい」
茶化すように笑う神津をみて、怒りが湧いたがこんな高級店で暴れるわけにもいかず、俺はどうにか自分を抑え再び着席する。
元はと言えば、全て神津が悪い。
けれど、実際ベッドの上では俺も神津を求めているわけで、相互同意の上だから仕方がないといえば仕方ない。
しかし、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいし、俺はむすりとした顔で頬杖をつく。
まあ、もうバレバレなので隠す必要も無いのだが……
「あー……大丈夫だ、明智。俺達は聞いていないからな。お前が、ベッドの上では素直って言うこと、聞いてないからな」
「高嶺、お前絶対聞いてるだろうが!」
高嶺の言葉に颯佐はうんうんと何度も首を縦に振っていたが、絶対に聞いていたに違いない。
俺は二人を睨みつけていると、高嶺は肩をすくめながら、グラスに入ったビールを口に含む。そんな俺達の会話を神津は楽しそうに聞いていて、何かを思い出したかのように鞄の中を漁っていた。
「そうだ、三人にプレゼントがあったんだった」
そういって、神津はあるものを取りだし机の上に置いた。
「んだよ、これ」
机の上に置かれたのは、透明なキーホルダーのようなものだった。中には、色とりどりの花が入っているが、大きさ的に造花かも知れないと思いつつも、その花に見覚えがあり、俺は神津の方を見た。
「ジニアのクリアリウム。お揃い……とか、仲のいい友達としてみたかったから」
と、神津はごにょごにょと口を動かしながら、照れくさそうに笑った。
すると、隣に座っていた颯佐が手を伸ばして、それを取った。
神津も可愛いところあるなあと思いつつ、俺も一つ取ろうとすれば、「春ちゃんはこの色ね」と黄色の花が埋め込まれているキーホルダーを手渡した。一応、一人一人色が違うのだと、俺は納得しつつ、自分の手元にあるクリアリウムを見つめた。
(おそろい……)
それは、なんだかくすぐったいような感覚がして、俺は無意識のうちにそれをぎゅっと握りしめていた。
俺は黄色、颯佐は白、高嶺は赤、神津は翠だった。その配色と形から、ジニア……百日草であることが分かる。英名は確かジニアだったとぼんやり思いだしながら俺はそれを眺めた。
何故これを神津が選んだかは分からないが、唯一見覚えのあった花なので、俺は少し笑えてきてしまった。
友人がいなかった神津が、初めて出来た友人のために贈るプレゼント。そう考えると、嬉しい気もした。俺も神津も、十代の時に青春を謳歌できなかった。俺はしなかったという方が正しいが、この二人に出会ったことで、青春というものを知った気がする。
友人とは良いものだと、俺は改めて思った。
「ふーん、神津にしてはいい趣味じゃねえか。で、じに……なんだっけ?」
高嶺は、颯佐から受け取ったクリアリウムを手にとってまじまじと見ながら、神津に尋ねた。神津は、その言葉を聞いて苦笑いを浮かべるとゆっくりと口を開いた。
「ジニア。和名は百日草だよ。春から秋にかけて咲く、キク科の植物の一つなんだよ」
「へえ……」
「まあ、これは造花だけどね」
「なるほどなぁ。にしても、なんでこれにしたんだ?別に他でも良かったんじゃねーの」
「ううん、これがよかったんだ。だって、ジニアの花言葉は―――」
「『不在の友を思う』、『変わらない心』、『別れた友への想い』」
俺は、思わずそう口にしてしまた。
高嶺と神津だけではなく、颯佐も俺の方を向き不思議そうに俺を見つめていた。
俺が花言葉を知っているから驚いたのか、何なのかは分からないが、知ってて悪いかよ、と睨んでやれば三人ともプッと笑い出した。
「さすが、春ちゃん。実家が花屋さんなだけあるね」
と、神津はにこにこと笑って言った。
「ちげえし、ただ覚えてただけだよ。詳しくねえ……つか、神津の方がそう言うの詳しいじゃねえか」
そう返してやれば、神津は確かにね。とまた笑う。
(『不在の友を思う』、『変わらない心』、『別れた友への想い』……どっちかっつうと、マイナスよりの言葉が多い気がするが)
そう思いつつも、俺は口には出さず、神津にもらったクリアリウムを眺めていた。透き通る美しさと、丁寧に作り込まれた百日草の造花には言葉が出なくなった。よくこんなにも綺麗なものを探してこれたと、感心してしまう。
神津の「皆の喜ぶ顔が見たい」という意思も伝わってきて、お揃いとか恥ずかしいと思ったが、これはこれで悪くないと思えた。
そうしているうちに、肉が運ばれてきて、高嶺と颯佐は先ほどまで萎縮しまくっていたくせに、目を輝かせた。
「肉!」
「さっきも言ったとおり、僕のおごりでいいから。沢山食べてね」
「は! じゃあ、滅茶苦茶高い奴頼んでやるぜ」
と、高嶺は張り切ってトングをカチカチと鳴らしていた。
高嶺が大食いであることは俺も颯佐も知っていたため、神津の財布が心配だった。だが、神津は大丈夫だというように、俺達にも遠慮せず食べてね。と神津は優しく言ってくれた。
テーブルに並べられた、脂ののった高そうな肉たちはどれも美味しかった。颯佐も高嶺もその味に大満足なようで、終始笑顔が絶えなかった。
俺は、そんな二人の会話を聞きつつ、神津の方を見れば、彼はとても嬉しそうに、そして楽しそうに笑っている。
「本当にいいのか? 高嶺、彼奴凄え食うけど……お前金」
「そんなこと心配してるの? 春ちゃん、大丈夫だって、僕は『元』だけどプロのピアニストだから、お金はたっくさんあるよ」
「だけどよ………」
「そうだぞ、明智! んなこと言ってたら食いっぱぐれちまうって!」
食べさせてもらっている身のくせに、そんなことを言う高嶺を颯佐は自分も食べつつ軽く小突いた。
俺はもう一度神津をみて、本当にいいのかと尋ねる。
確かに、神津の昔の稼ぎからしたらこれぐらいどうってこと無いんだろうけど。
「それに、美味しいもの春ちゃんに食べて欲しい。それで、笑顔になってくれたら僕それで十分だから」
と、神津は俺の頬を撫でた。
そういうことなら、と恥ずかしくなって神津の手を払いつつ目の前に置かれた赤い肉をトングで掴んで網の上に乗せた。それを見て、神津は嬉しそうに目を細めた。
「また、こうして皆で集まって食べに行ったり、遊びに行ったりしたいな。僕、そういうの疎いから、連れて行ってくれると嬉しい」
「おうよ! 今度こそ、ボルダリングいこうな!」
「オレは、オフロード付合って欲しい!」
「俺は、神津がいきたい所なら何処でも」
俺達はそんな風に未来の話をしながら、笑い合った。
同期と、恋人と。
同い年の大人四人が集まって馬鹿をするのもいいものだと思いながら、俺達は目の前でこんがりと焼けていく肉をひっくり返しながら沢山の約束をした。
これからも、何歳になっても馬鹿をしていようと、笑っていようと――そんな、平凡で、幸せな未来の約束を。