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目覚めると昼前だった。久々に光貴とふたりで裸のまま眠った。時間をかけて長く愛されたので、気怠く、起き上がるのが辛かった。
あれだけの愛を光貴から受けても私の気持ちは変わらない。鬼畜としか言いようがない、最低な人間なのだと改めて思った。私は博人じゃないと愛せないとわかったから。
今日は朝から身辺整理をしなくちゃいけないのに、昼過ぎまで寝てしまった。
でもそれが却って怪しまれず、普段通りに出来ているような気がした。
ベッドの中でぼんやりしていると、光貴が私の顔を覗き込んできた。
「なあ。律。デートしよう! 僕、今日のラジオ収録まで、久々にフリーの時間があるから。律の好きなんもの、なにか食べに行こう!」
「うん、行きたい!」
身辺整理よりも光貴に怪しまれない方が先決だ。今まで光貴に誘ってもらって嬉しかった時の記憶を手繰り寄せながら笑顔で答えた。
ああ、笑顔が引きつらないかな。私、ちゃんといつものように笑えてる?
こんな嘘を平気でついて光貴を裏切らなきゃいけないなんて。心が苦しい。もう全部なにもかも投げ出してしまいたくなる。
「律、早く用意して行こう」
それにしても…。光貴にどんな心境の変化があったのかな。
今まで頑なに私の名前は呼ばなかった。「おい」とか「なあ」とか、そんなに名前を呼ぶのが嫌なのかな、っていうくらい避けていたのに…どうしたんだろう。
やっぱり私と博人の関係に気づいてる?
だから無理やり抱こうとした?
気づいているのに、敢えて言ってこないだけ?
泳がされてる?
それとも私の考えすぎで、裏切りには気づいてない?
不安になり過ぎているから疑心暗鬼になる。
「ほら、行こう。早く準備してや」
「あ、うん、ごめん。すぐ用意する!」
光貴との最後のデート、完璧にやり通さなきゃ。
疑われたりしないように。
支度をして愛車で三宮に向かった。阪急三宮駅を超えて南側にある商店街で遅めのランチをご馳走してもらい、ウィンドウショッピングをした。三宮センター街やセンタープラザで街ブラ。ひとたび中に入ると結構なディープゾーンが並んでいる。地元民しか寄らないようなコアなショップが立ち並ぶ。
バンドをやっていた若い頃はそれこそよくこの楽器屋へ通った。ギターの弦を買いに来たり、楽器を見たり、毎日が輝いていた青春時代をふたりで過ごした。
楽器屋にはふたりで何時間も居座れる自信がある。譜面や雑誌を見たり、楽器そのものを見るだけで楽しくなるから。
久々に楽器店に訪れると、私たちがいちばん通っていた大きな楽器屋はなくなっていた。時代の波には逆らえなかったのだろう。閉店してしまったようで、シャッターがぴっちりと閉じていて薄暗かった。かつて賑わっていたあの光景はもう二度と見ることができないのだと思うと、胸中に嵐が吹いた。
「残念やな」
「そうだね」
すぐ近くにある中古CDショップはまだ営業していたが、客足はまったくなく、ここもいずれ淘汰される予感がした。詩音がいなくなり、私の気持ちが光貴から離れてしまったように、同じ場所に留まることの難しさを目の当たりにした。
「中、入ろっか」
「うん」
特別欲しいものはなかったけれど、店内に足を踏み入れた。所狭しと並んだCDショップは光貴の実家を彷彿(ほうふつ)とさせた。近所の御用聞きみたいな小さなお店。CDや本、細かい文房具まで置いているあのお店が私は大好きだった。光貴はいつも私のために、RBのポスターやポップを取り置きしてくれていた。懐かしいあの頃の記憶が蘇る。
特に欲しいCDはなかったが、ついいつもの癖でRBのCDを探してしまった。もちろん陳列棚にRed BLUEの欄などなく、辛うじて数枚のアルバムがその他扱いとなって隅の方へ雑に追いやられていた。どんなに栄光を掴んだバンドでも、活躍を続けなければこうやって忘れられていくのか。
特になにも買わずのCDショップを後にして、他のディープゾーンを堪能た。最後に立ち寄った怪しげなアンティークショップで、光貴がギター型のオブジェを気に入っていた。私が買ってプレゼントしてあげたら喜んでくれた。
久々のデートは純粋に楽しかった。それに、初めて光貴の方から腕を組んでくれた。嬉しいというより複雑な気分になってしまい、申しわけなく思った。