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「いっぱい歩いたね」
「三宮でブラブラするの久々やもんなぁ。あ、コーヒーでも飲もうか」
立ち寄ったカフェで一緒にコーヒーを飲んだ。
時間がどんどん過ぎていく。
私は今夜、目の前で笑っている大切な伴侶を自己都合で切り捨てて行かなければならない。そう思うと足が震えた。でもそれを悟られないように必死で笑った。生きた心地がしなかった。
震えが止まらないので手洗いに立った。鏡を見ると若干青い顔をした自分が映っている。こんなことじゃだめ…!
なんとか気持ちを奮い立たせ、軽く化粧直しをして席へ戻った。
「ごめん。やまねんさんに呼び出されたから、悪いけど先に帰ってて」
「わかった。先に帰ってるね」
光貴はやまねんさんから徴収がかかったようだった。良かった。これ以上ふたりでいるとボロを出してしまいそうだったから、ひとりになれたのは好都合。JR三宮駅から兵庫駅まで電車で帰った。
今日は光貴の好きな夕飯を作ろうかな――そう思いながらスーパーで買い物していると、光貴から連絡があった。
『今どこ?』
「あ、兵庫駅前のスーパー。夕飯の買い物が終わったところだよ」
電話を受けたのは丁度スーパーを出たところだった。
『すぐ近くやから迎えに行くな。そのまま待ってて』
スーパーの先にある交差点に立っていると見慣れた愛車が到着した。
「きてくれてありがとう! 会えて嬉しい!」
助手席に乗り込んで新鮮な刺身を買えたことを報告すると、光貴はとても喜んでくれた。夕飯はお寿司にすることになり、帰り路にあるスーパーで海苔やすし酢、刺身を買い足した。
家に帰ってからキッチンへ一緒に並んで手巻き寿司が出来るように準備して、仲良く食べた。
私、今日いちにち、普通にできていたかな?
怪しまれなかったかな?
光貴の笑顔の裏が見えなくて、怖くて、彼を愛せなかった罪悪感に押しつぶされそうになるのを必死で堪えた。
私は今、地獄の舞台にたったひとりで立たされている。
行きも地獄、帰りも地獄、失敗しても地獄――
なら、博人と過ごす地獄を選びたい一心で笑顔の仮面を張り付けた。
この舞台での失敗は許されない。チャンスは一度きり。決して観客(こうき)に演者(わたし)がだまし討ちにしようとしていることを、悟られてはいけない。
笑顔でお寿司を一緒に食べている私の腹の底を。
あなたを捨て去ろうとしている私の心を。
ぜったいに、見抜かれてはいけない――