蓮 side
蓮 🖤『いいよ…君の思う通りにやってご覧よ』
昼間の温かさが嘘のように、めっきり寒くなった東京の夕暮れ時、街を行き交う人々は寒そうに肩を縮こませて家路を急ぐ。嬉しそうに絡んだ顔が、何処かで待つ誰かへ向けられているのだと思うと少し羨ましかった。
〝ピンポーン♪〟不機嫌そうな顔をモニターに映し出したのは愛しい人だった。…思っていたより数倍早かった来訪に少し戸惑った。まさか帰ってすぐにウチを訪ねてくるなんて〝どうぞ〟たったの3文字に不快感を露わにした愛しい人は、無言で画面から消えると暫くしてから再び不機嫌そうにインターホンを鳴らした。
いつからだろう翔太との間に生まれた軋轢は次第に深くなり今となってはその原因の根本が何処にあるのかさえ俺には分からなかった。ただ愛し愛されたい一心で己の欲望のままに走り続けた。きっとこの長い片想いはそろそろ終わりが近いのだろう。
蓮 🖤『今晩は翔太…珍しいね一人で俺の家に来るなんてよく亮平が許したね』
翔太は無言でベレー帽を机の上に置くと、恐怖からか震える手を隠すように膝の上に拳を作って戻した。俺の事を恐怖の目で見るようになったのはいつからだった?過去の人だと思うようになったのはいつから?あんなに愛し合った二人の心が離れたのは何が原因?沸々と湧く答えのない問いは俺の心を暗く長いトンネルに置き去りにし、独りぼっちにした。
翔太💙『亮平に何した?』
蓮 🖤『それ本当に聞きたくて言ってる?』
〝質問してるのはこっちだよ〟いつもは柔らかい笑顔で穏やかな性格の翔太は、今日はいつになく不機嫌で神妙な面持ちでじっと俺を見据え答えを待っている。そうさせているのも俺が原因であるという事に喜びを覚えるくらいには頭がイカれてる。
蓮 🖤『翔太がなかなか俺の元に来てくれないんで阿部ちゃんと3人はどうかなって提案したんだよ。断られたけど…身体の相性は悪くないみたいだ』
こう言う時に涙を流すのは逆効果だ。必死に奥歯を噛んで涙を堪えるのもね。ぷるぷると肩を震わせ堪えた涙が一筋流れると、と目処なく溢れ出る涙は枯れる事を知らない。机の上にぽたぽたと落ち続けた。長い沈黙の中に翔太の嗚咽だけが静寂を破ると俺は静かにそれを見守った。
この物語の主人公は俺じゃない翔太、君だよ…君だけがこの物語の結末を知っている。
椅子から立ち上がり夕飯の食べ残しのスープを温め直した。翔太と暮らしていた時から愛用していた彼の大きめのマグカップにスープを注ぐ。目の前に差し出された翔太の大好きなスープに泣き腫らした目を向けた。憔悴し切ったその目に少しの光が差したように見えた。
蓮 🖤『温かいうちに食べなさい…夕飯食べたの?』
首を横に振った翔太に〝おにぎり食べる?〟と聞くとコクリと頷いた。塩むすびと子持ち昆布のおにぎりを出すと小さな口を目一杯開けて頬張った。もう泣いていなかった。何か憑き物が取れたように無心で食べ続けた翔太は〝おにぎりもう一個ちょうだい〟と言って腹を満たすと、それまで呼吸を忘れていたかのように思いっきり酸素を身体に取り込むと真っ直ぐと俺を見据えた。
翔太💙『亮平に手を出さないで』
蓮 🖤『翔太次第だね』
翔太💙『そんなんで俺を手に入れて蓮は幸せなの?虚しくない?俺の気持ちはどうでもいいの?蓮は自分さえ良ければそれでいいの?』
蓮 🖤『その問いに応える必要ある?随分と長い事俺はその答えを分からずにいる。それくらい君に夢中だし自分でも怖いくらいにどうしようもないんだよ?』
翔太は〝分かった〟とだけ言うと椅子から立ち上がり玄関に向かった。帰るのだろうか…追いかけるべきだろうか?掴んで無理やり捩じ伏せても戻らない、翔太の心を傷付けるだけの行為を俺はまた繰り返すのだろうか。玄関からすぐに戻ってきた翔太は大きな荷物を抱えてリビングを通り抜けると空き部屋を開けた。
翔太💙『今日からここに住むから』
蓮 🖤『はぁ?』
翔太 side
一度決めた事は誰が何を言おうが曲げない。だから亮平には何も言わずにここへ来た…我ながら頑固だ。客間のベットに座ると静まり返った室内を見渡した。今俺に襲いかかってきているのは後悔だけだった。なんて事しちゃったんだ・・・
蓮 🖤『翔太入るよ?』
思わず身構えると、少し悲しそうな顔をした〝ちゃんと説明してもらわないと…隣座っていい? 〟さっきまで冷徹で冷酷だった蓮は優しい表情で俺の事を見ると少し離れて隣に座った。
翔太💙『答えが分かったんだよ…好きの向こう側…だから暫くここで暮らすよ』
蓮 🖤『あーえっと…益々意味がわからない』
翔太💙『お前が俺に指一本触れる事なく過ごせたらお前のものになってやる…そう言う事』
蓮 🖤『どういうこと?』
想いは目に見えない。好きだとか愛してるとか言葉にしないと相手に伝わらないし、受け手もまた然り。随分と俺達は言葉にする事が苦手な生き物らしい。実は先日亮平と喧嘩をした。きっかけは些細な事だった筈なんだけど嫉妬心から生まれたのは独占欲だった。また蓮の時と同じ過ちを犯すんじゃないかと不安に駆られた俺は亮平から距離を取り逃げた。
亮平 side
ユニット曲のMV鑑賞会を終えてからと言うもの、翔太は明らかに不機嫌になり俺から距離をとるようになった。何でも蓮をイヤらしい目で見てるだの、誘ってるだの要するに分かりやすく嫉妬している。そんな姿も可愛らしく暫く放っておいたら余程怒っていたのか翔太は家には帰らずホテルに泊まるようになった。仕事に託けてそのまま放置していた。同居を開始して初めての大喧嘩だった。メールも何の連絡もよこさず、そんな翔太に俺も少し腹を立てて盛大に無視を決め込んだ。
質問はありますか?
ファン♡『最近ハマってる人やモノはありますか?』
翔太💙『阿部亮平』
ふふっ//突如始まったInstagramの質問箱。
旅スノのロケを2日前に控えたその日、就寝しようと布団に入ったところで〝ポロン♪〟と通知音が鳴った。久しぶりに見る翔太の言葉に胸が躍った。
蓮 🖤『もしかして二人喧嘩してるの?』
ライブ練習で蓮と二人きりでスタジオで過ごしているとそんな事を言われた事もあった。嬉しそうに二人の恋の行方を見守るこの男、きっとそのまま別れてくれればなんて思っているのだろう。
蓮 🖤 『火種は小さいうちに消したほうがいい。元カレからのアドバイス…なんちゃって』
思いもよらない蓮の優しい反応に戸惑った。寂しそうにか細い声でそう言った蓮を少しだけ不憫に思った。でも、正直仕事上での蓮との絡みに嫉妬されても…釈然としない思いをずっと抱えて過ごしていた。
ファン♡『おやすみって言って』
翔太💙『おやすみって言って』
ふふっ//翔太のファンへの返しはユーモアがあり見ていて凄く楽しかった…と同時に暫くぶりの翔太の言葉に胸がざわざわと音を立てている。俺はもう何日も翔太と会話どころかメールだって出来ていないのに…少しファンの子に嫉妬してしまっている自分がいる。
〝会いたい〟
亮平💚『好きな人に素直になれませんどうしたらいいですか?』
気付いたら質問BOXに投稿していた。どうせ読んでもらえないだろうけど、モヤモヤした気持ちをスマホの文字に託した。
翔太💙『渡辺を見習え』
はあ?意味わかんない…
翔太は昔から自分の言葉で想いを伝えるのが上手な人だ。自由奔放と言えばそうなのかもしれないが、その奔放さは愛嬌があり、たくさんの人を虜にする。俺みたいに頭で考えて行動するタイプの人間は彼の事を少し羨ましいとさえ思う事がある。自分の気持ちを包み隠さず〝嫉妬心〟を剥き出しにして腹を立てて帰って行った翔太の後ろ姿が思い出された。
愛おしいその後ろ姿を〝可愛い〟と素直に言えていたならこんな喧嘩みたいな気まずい事にはなっていなかったかも知れない。
亮平💚『仲直りの方法を教えて下さい』
翔太💙『素直になれば?可愛いのに』
ムカつく…たったの4文字〝会いたい〟が言えない俺は素直なんて程遠い。
亮平💚『可愛くなくて悪かったな』
スマホをぶん投げて布団の中に潜った。大人になればなるほど自分の素直な感情を表立って出せなくなった。それは翔太に対しても同じで相手のことを思う余り、会いたいとか、何処か行きたいとか、何かして欲しいとかそんなことを言うのは我儘な気がしてどんどん言えなくなっていた〝会いたいよ…〟
翔太💙『誰に?蓮?』
とうとう夢にまで登場してきた…?ゴソゴソと布団をかき分ける音がして頭だけひょっこりと顔を出すと1週間ぶりの翔太はいつの間にか明るい髪色に変わっていて色白な肌にマッチして凄く似合っていた。それほどまでに顔を合わせていなかった事に少しショックを覚えた…
翔太💙『随分と間抜け面だね//俺で合ってる?会いたい人?』
亮平💚『思い過ごしだよ///』
ほらまただ全く素直じゃない。〝そう…〟悲しい声でそう言った翔太がベットから離れて行く〝じゃあ俺だけだった?会いたかったのは…ごめんねやっぱり帰る〟ずっと言えない4文字を翔太は後も簡単に言っちゃうんだ…待っても、帰らないでも、愛してるも何で喉奥に支えて出て来ないんだ?寝室を飛び出し躊躇いがちにリビングを覗き込むともうそこには翔太は居なくて玄関で動く人影に、胸が苦しくなった。本当にどっか行っちゃう…素直になれ亮平。
玄関の扉を静かに開けて覗き込むと座り込んでスニカーを履く翔太の姿があった。その寂しげな姿に自然と足は動き、背中に抱き付くと涙が溢れた。
亮平💚『ごめんなさい//会いたかった…です』
翔太は俺を気遣って、涙を見ないように腕を伸ばして頰を撫でるように涙を拭き取ると、後頭部に回した腕を引き寄せ唇にキスをした。久しぶりの抱擁に息があがり貪り合うと蕩けた顔の翔太の頰はほんのりピンク色だった。
翔太💙『スニカー履いてきて大正解////サンダルならとっくに帰っちゃってたよ?』
亮平💚『バカ////帰る場所はココだろ』
翔太💙『うん//ごめんなさい抱っこして連れてって//いっぱい甘えたい////』
お猿さんみたいに俺にしがみ付いて離れない。小さなお尻を包み込むように抱き抱えるとベットに横にする。ちゃんと正面から見て初めて気付いた。
亮平💚『酷い顔してる…寝てないの?』
目の下には隈が出来て少し頰もコケテ痩せたように見えた。翔太はバツが悪そうに苦笑いすると〝会いたくて…ね分かるでしょ〟何でもかんでも素直に言える子だと思ってた。
翔太 side
恋って人を強くするとかって言うけど、俺には当て嵌まらないらしい。亮平を好きになってから、亮平に近付く輩は全て敵に見えたしいつも不安で仕方がなかった。蓮と付き合っていた時と同じようにように自分の中に蠢く独占欲や嫉妬心が日に日に増していく。蓮と別れた時のように気持ち悪がられたら嫌だし嫌われたくない、自分を良く見せようするあまりいつしか素直な翔太くんは臆病者になっていったんだ。
翔太💙 『蓮、不思議だね大切な人が出来ると人って臆病になる。好きになってもらいたくて、自分と同じ分量の好きを求めて身体を貪り合うんだ…この形のない〝好き〟や〝愛〟を有形として残したい、喜びやドキドキ高鳴る胸の鼓動を愛する人に伝えたいあまり、身体を求め繋がろうとする。それを超えた先にあると思うんだよね向こう側の世界が・・・』
蓮の家で過ごすかわりに、俺には指一本触れない事を条件として蓮の〝本気〟を見せて欲しいと提案した。俺はいいんだいくらでも傷付いて。でも亮平が傷付くのは見ていられない。俺が原因なら尚のことだ…我慢ならない。この変態の事だきっと我慢できずに触れてくる。一世一代の賭けをこんな事に使ってい良いのだろうか…もう後に引けないところまで来てしまっている。
蓮 🖤『いいよ…君の思う通りにやってご覧よ…だけど、勿論亮平も同じ条件なんだろうね?』
翔太💙『ん?』
まぁまぁ間抜けな声が出た。意外とこいつは頭のいい変態だった〝亮平も翔太には触れたら駄目だろ?じゃなきゃフェアじゃない〟ご尤もだ…墓穴を掘った。
翔太💙『いやそれは…俺たちは付き合って…』
蓮 🖤『君の本気を見たいな?じゃなきゃこの提案に乗るメリットが俺には何もない。このままこの家に閉じ込めてもいいけど、それをしないのは君の心を本気で手に入れたいからだ。俺は構わないよ3人で暮らす未来もきっと楽しい』
〝ダメ…絶対にこれ以上亮平傷付けたら許さないから〟俺のこの決断が逆に亮平を傷つける事になっていないだろうか。不安で胸が苦しい…〝期限を設けようリミットは?〟
翔太💙『亮平の誕生日まで…』
涙が頰を伝う。自分で提案して泣くだなんて情けない。伸びてきた蓮の腕が顔の前で彷徨っている〝まだ触れても平気?〟蓮は頰を伝う涙を拭き取った。
翔太💙『ごめんなさい//最後に亮平に会いたい』
蓮 🖤『それはずるいよ…じゃあ明日から始めよう。1時間だけあげる…会ってお別れしておいで』
玄関に座り込んで靴を履く俺を立ったまま見守る蓮は立ち上がった俺のおでこに優しくキスをした〝珍しいね翔太がスニーカー履いてるなんて〟視線がぶつかり頰を撫でた蓮は昔と同じ優しい表情で目尻を下げて笑った。
翔太💙『これ履いてると引き止めて貰えるんだよ…俺ってセッカチだろ?まあ今夜は引き止めてもらえなかったけど‥.家を出て行く俺に気付かないくらい亮平を傷付けてしまった』
勿論蓮の元へ行く事に迷いも恐怖もあった。亮平でも佐久間でもどちらでも構わない…引き止めて欲しかったのかもしれない。靴箱から取り出したのはいつものサンダルじゃなくてスニーカーだった。
ふふ…バカだな夕飯を買いに行くと言って出掛けたくせに引き止めようもないじゃないか。
傷付くのは俺だけで十分だ〝キッカリ1時間分かってるね〟深く頷きもう一度スニーカーの紐をキュッと結び直すと蓮のマンションを後にした。
向かいの公園を突き進んで家路を急いだ。佐久間の運転で蓮のマンションを訪れた亮平とすれ違っていたなんて知りもせずに、必死で走りマンションへ着くと誰も居ない二人の寝室で一人膝を床に付けて泣き叫んだ。
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ちょっと時系列が…😅もう一度頭から読むねw