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ベルデはグラナード砂漠の中にあり、比較的新しい都市だ。もともとは荒涼とした砂原だったが、近年になって油田や古代遺跡が発掘されたこと、技術進歩で近くの湖から水を引く設備が整えられたことで、小さな村を形成した。それが50年ほど前の話で、今では高層ビルが建ち並び、緑地化に成功した箇所は公園として整備されているなど、すっかり観光都市として成功している。一面砂の海だった視界に、急に現れる著大なビル群には誰もが瞠目するだろう。
空港に降り立つと、果物を思わせる香りがした。機内で読んだガイドブックに「空港内に砂漠で育つ植物を集めた庭園がある」と記載されていたので、おそらくその香りだろう。砂漠地帯よろしく、視界は砂埃でわずかに霞んでいるが、風の音よりも出入りする人々の喧騒が目立つ。だが、わずかに汗ばむ空気は明らかに普段暮らしている街や飛行船の中と異なっていて、別の地域に来たことを実感させた。
ライセンスを使えば、面倒な入国審査や関税申告書は免除される。規制品の持ち込みに関する簡単なチェックだけを受けて、クラピカは到着ロビーを通過した。
「あ、クラピカー!」
正面からの声に顔を上げると、青年が2人立っていた。片方は逆立った黒髪と無垢な瞳が印象的で、こちらに向かって大きく手を振り上げている。もう一方はポケットに手を突っ込んだまま佇んでいるが、光を受けた銀髪がわずかに踊り、口元は綻んでいる。
「ゴン、キルア」と彼らの名を呼ぶと、黒髪の青年―――ゴンがこちらに駆け寄ってきた。それに銀髪の青年―――キルアが続く。
「久しぶり!」
「元気そうじゃん」
「ああ、ゴンとキルアもな」
彼らと会うのは1年ぶりだ。初めて会った頃はまだ少年だった彼らも、今ではすっかり青年という年齢になり、大分顔立ちが成長した。気付いたときには背も自分を追い抜いていて、ゴンには「なんか前よりクラピカの顔が近くて良いね」と言われた。元来の純粋さ故、幼さを見せていた彼は今やキルアよりも僅かに背が高く、肩も一回り大きく見える。対するキルアはゴンに比べると優形だが、雰囲気は牢乎だ。練達の士が見れば迂闊に手を出せない相手であることは一目瞭然だろう。
2人とも昼食がまだだというので、空港を出て近くのレストランに入った。さすが空港の目の前というだけあり、観光客の求める内装だ。全面ガラス貼りの店内にはオリエンタルリゾートを彷彿とさせる家具が並び、籐で編まれたソファには独自の柄で彩られたクッションが置いてある。傍の飾り棚には多肉植物と宗教画が鎮座して、異国情緒を醸し出していた。席は近くの公園を見渡せる作りになっており、ここが砂漠の只中であることをあまり感じさせない。
案内された席に着くと、ゴンがメニュー表を広げた。隣に腰かけたキルアとそれを眺めながら、見慣れないメニューに一喜一憂する。
「俺はラジャド牛のステーキ丼!キルアは?」
「俺もステーキ丼、大盛りで。あと食後に、デラックスバナナチョコパフェ」
「じゃあ俺もデザート頼もうかな。この『ラミントン』ってなんだろ?」
「知らね。頼んでみれば?」
「え~、知らない料理だよ?なんか怖くない?」
「お前んち行ったときだって、何使ってるかわかんねぇ料理ばっかで怖かったよ。けど、ミトさんとおばあちゃんが作ったの全部美味かったから大丈夫だって」
「それはちょっと違う気がするけど……クラピカはどうする?」
ゴンがこちらにメニューを差し出した。少し悩んで、その一角を指さす。
「私はたっぷり野菜のタコライスで。食後に馬茶を」
「……なんか健康的だね」
「栄養バランスに配慮した食事をしないと、私の主治医が癇癪を起こすのでな。食事や体調を報告しろと、毎日うるさい」
言って眉根を寄せると、ゴンがくすくすと笑った。
「レオリオ、クラピカのこと心配してるんだね」
「そういや前に『健康的な生活してりゃ、寿命なんか勝手に延びる』とか言ってたな。もう完全にクラピカの女房役じゃん」
「……よしてくれ、虫唾が走る」
にやにやと嗤笑するキルアの言葉に、思わず調理器具を持った上、エプロンとリボンを身に付けた長身の自称主治医を想像してしまった。「女房役」がそういう意味ではないことは理解しているのだが、ぞっとしない。
キルアが頭の後で手を組んで、座るソファに背を預けた。
「けど、一緒に住んでんだろ?」
「……同居を承諾しないと毎日1分おきに電話されそうな勢いだった。すぐにどうこうなるわけではないし、問題があったら相談すると何度も説明したんだが」
暗黒大陸からの帰還後しばらくして、念に寿命を賭けていたことがレオリオにバレた。知ったら小言を頂戴することはわかっていたため、念と寿命のことは誰にも言っていない。それをレオリオに知られたのは、絶対時間の使い過ぎで倒れた場所が、彼の勤務する大学病院に近かったことが要因だった。自分が運び込まれたことを知ったレオリオがクラピカを診察したところ、明らかに身体の働きが弱っていることに気付かれたようだ。
性質が悪かったのが、レオリオがそれを協会に報告し、周辺人物を抱き込んだことだ。目を覚ましたときにはゴンやキルアどころか、レオリオを査定していたチードルにまで話が広がっていた。レオリオには病院が崩壊する勢いで罵詈雑言を並べ立てられるし、チードルには「これほど無茶な念能力の使い方は、ハンター協会として容認できない」と言われた。何より、呆れた様子で肩を竦めているキルアの隣で、唇を噛んで不安そうにしているゴンの表情は堪えた。
それから医学的な問題と協会としての問題を淡々と説かれ、レオリオとの同居を提案された。その必要はない、体調が悪かったらすぐに報告すると訴えたが「お前の大丈夫はヒソカより信用ならねぇよ」と言われ、無理やりレオリオの住むマンションに自室を宛がわれ、挙句管理人に挨拶までさせられて今に至る。ちなみに病院で目を覚ましてから、管理人に挨拶をさせられるまでは約半日。異論を挟む隙さえなかった。
キルアが心得顔で頬杖を突いた。
「前科者は信用されないって、良い例じゃん」
「そうだね。ちゃんと自分を大事にしてこなかった、クラピカが悪いよ」
「……ゴンまで」
ゴンに戒められると、自分には何も言えなくなる。彼の言葉にはなぜか反論をする気が起きず、焦眉の気持ちがいつの間にか解かれる。それはゴンの無垢な目と心が、失った親友を思い出させるからかもしれない。
スタッフを呼んで料理を注文し、料理の感想や互いの近況を話しながら食事を摂る。ゴンはくじら島で過ごしながら、念を元のレベルまで戻すための修行をしているらしい。たまに知り合いの頼まれごとを解決したり、父の手伝いをしたりして日銭を稼いでいるそうだ。仕事で遠出をすることが多いが、育ての親である叔母には定期的に手紙を出すようにしているらしく「今日のことも手紙に書くんだ」と空港で購入したポストカードを見せてくれた。
一方のキルアは、テンプラーダ地方のセーダという町で妹のアルカと暮らしているらしい。セーダで暮らすことにした決め手が、年齢に関係なく入れるフリースクールがあったことで、普段は妹を通わせながら、キルアも興味のある授業には顔を出しているとのこと。アルカはフリースクールで、仲の良い友人ができたらしい。少しずつ自立していく妹のことを話しながら「嬉しいんだけど、なんかちょっと寂しい気もすんだよね」と言うキルアを見て、成長しても本質はあまり変わっていないのだなと思う。
食後のデザートと飲み物を口に運びながら取り留めのない話をしていると、キルアがふと気づいたように顔を上げた。
「そういや、なんか目的があってここに来たんじゃないの?」
「ああ、まぁ一応あるが。2人は?」
「俺たちは昨日の朝着いたんだ。だから実はもう結構遊んでる」
頷いたクラピカを見て、ゴンが口を付けていたアイス珈琲のグラスを置いた。氷同士がぶつかって涼しげな音を響かせる。なお、ゴンは珈琲にミルクのみを入れるようだが、キルアはポーションのミルクと角砂糖を3つずつ入れていた。もはや、珈琲の意味を成していないのではと思った。
そんな哀れな珈琲を作り上げた本人はそれを気にした様子もなく、残り少なくなったパフェを口に運んでいる。
「一応、ビスケに頼まれた宝石探しって用もあったんだけどさ。ぶっちゃけ、俺もゴンも探索に向いてる能力じゃねぇじゃん?宝石の情報なんて、ハンターサイト以外でどう探せば良いのかもわかんねぇし。まぁむしろ、宝石探しは遊びのついで。ビスケもその辺わかってるから、期待もしてないみたいだしさ」
「……私が探すか?」
「いや、いいよ。あんまクラピカに念使わせたくねぇし」
キルアが首を横に振る。隣のゴンが、それを満面の笑みで見つめていた。
「……何だよ?」
「ううん。やっぱりキルアも、クラピカのこと、心配なんだね」
「……当たり前だろ。友達……なんだから」
ゴンの言葉に、一瞬瞠目したキルアがふいと目を逸らした。吐息のような低声は照れ隠しだろう。外見は大人になっても、こういうところは愛らしいままだ。口元に手を当てて、くすりと笑うと、キルアがクラピカを睨みつけた。
「だから、何だよ!」
「キルアが私のことも友人だと思ってくれているとは思わなかった」
「はぁ?何それ?」
本意に反すると言いたげなキルアを一瞥して、クラピカは馬茶の入った湯呑を持ち上げた。
「てっきり、私とレオリオはゴンのおまけかと」
「おまけ程度に思ってんだったら、協力すんのに命かけたりしねぇよ!……仲間じゃん」
椅子から立ち上がると同時にばんと叩かれた机は、彼の不満の表れだろう。若干の怒気を含んでいた瞳は、やがて嘆息と一緒に伏せられた。納得いかないという表情で、キルアが再び席に腰を落ち着ける。
「てか、あんたがそう思ってんなら、俺もちょっと考えるけど?」
「いや、すまない。嬉しいよ、ありがとう」
もちろん、キルアの想いは承知している。ヨークシンで、彼は命を賭けて自分に協力してくれた。自らの心臓に念の鎖を刺すことに同意していたし、旅団の尾行をした上、人質にもなった。キルアが言った「お前が俺たちのことを仲間とも対等とも思えないなら」という言葉は、自分をそう思っているという証明だろう。
それをわかった上で少し冗談を言ったつもりだったのだが、冗談の下手な自分の言はキルアには通じないらしい。ただ、通じたらしいゴンはずっと彼の隣でにこにこと微笑んでいる。
巨大だったはずのパフェをぺろりと食べきって「そういうわけだから、クラピカの目的を優先してくれていい」と言うキルアに、クラピカは「ああ」と頷いた。
「目的と言っても大したことではなくてな。近くにあるプロメーロ遺跡を見に来た」
「あ、それって配管工の人が見つけたって遺跡だよね?そっか、この辺りだったんだ」
「なに?ゴン、知ってんの?」
キルアが目を瞬くと、ゴンも同じような表情をキルアに返した。
「え?キルア、知らないの?教科書にも載ってる有名な遺跡だよ?」
「……興味なかった」
バツが悪そうに、キルアの視線が明後日の方向に向いた。キルアは家庭の事情で学校には通っていないようだったし、受けてきた教育も特殊だ。先ほどのフリースクールの話でも、生物や物理の授業が面白いと話していたので、どちらかというと理系向きなのだろう。
これは、説明をした方が良いだろうか。
「ネルビオ族の王宮と言われている遺跡だ。だが発掘されたのは最近で、ペリキート湖からこの街に水を引く設備を作っている作業過程で発見された。プロメーロとはこの地方の言葉で配管工という意味があり、発見したのが配管工だったことから名づけられた。第五時代の前半に作られたとされているが、ネルビオ族の言語がまだ完璧に解読されていないことや、現代の歴史考証と矛盾が生じる点もあって……」
「あ~!わかった!わかった!」
クラピカが簡単に遺跡の説明をすると、キルアが両手をあげてそれを制した。
「今話したのはさわりだが」
「さわりだけで良いよ。行けばもっと詳しくわかるんだろ?」
キルアがもはや珈琲とは言えなくなった珈琲を飲み干す。クラピカもポットに残っていた馬茶を小さな湯呑に注いだ。
「ああ。一般に公開されている部分はもちろんだが、ライセンスがあれば公開されていない場所や遺物も見せてもらえるからな。それを楽しみにしてきた」
「じゃあ行こっか。えっと……ここからデシエルト方面行のバスに乗って、1時間くらいだね」
携帯電話で遺跡までのアクセスを調べたゴンが、画面をこちらに向けた。頷いて、クラピカは最後の馬茶を煽った。