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空港には巨大なバスターミナルがあり、デシエルト方面行のバスも出ている。本数も多く、少し待っているとすぐに目的のバスがやってきた。乗り込んで後方の席に腰を落ち着ける。プロメーロ遺跡が有名な観光地ということもあり、車内には家族連れやカップルが目立った。 近況や思い出話に花を咲かせていれば、1時間は短い。ビーノ区でバスを降りて、旧市街の門を抜ける。門の外には荒涼とした砂漠が広がっているが、その中に巨大な岸壁が聳えている。門をくぐったところでクラピカたちはマントを羽織った。ここから岸壁の裏側へ回り、狭い隧道を潜れば目的の遺跡だが、そこまで行くには10分ほど砂漠を歩く必要がある。「砂漠は風が強く、マントがないと目と口を開くことが難しい。あと水分補給も必須」とバスで教えられ、車内でマントと水を購入した。さすが観光地。なんとも商売上手である。

 隧道を潜ると、岸壁をくり抜いて造られた荘厳な建物が出迎えた。5階建てのビルに相当する高さがあり、それらはイオニア式の柱で支えられている。施された彫刻は雨風で削れているが、いずれも姸を競っていたのだろう。何を象ったのかわかる程度には、痕跡が残っていた。隣に並ぶゴンとキルアも、初めて見る遺跡に感嘆の声を上げている。

 遺跡は保護のための規定が設けられており、ガイドから説明を受けて内部に入る。建物の中は外より温度が低く、肌に感じる空気が変わった。足元には岩を削って作ったとは思えないほど見事なモザイクタイルがデザインされており、それは天井も同様だ。壁面には鳥と花、王らしき男性の意匠を凝らした絵が描かれ、王の近くには文字のような文様も刻まれている。鳥と花はいずれもネルビオ族にとって「王」を象徴するものであるため、ここが王宮ではないかと考えられているらしい。

 一通り公開されている場所を見学してから、スタッフにハンターライセンスを提示して、非公開の箇所を見せてほしい旨を伝える。すると手元にランプを携えた初老の男性に、奥に入るように案内された。

 非公開箇所は観光用に整備されていないこともあり、暗い。男性がランプで天井や床、壁面などを照らしながら詳細を説明してくれた。まだ調査の途中だが、見つかった遺物から察するにここは後宮だろうと専門家は考えているらしい。ゴンが「後宮って何?」と聞くと、キルアが「偉い人の奥さんとか子供が生活する場所だよ」と答えた。遺物は運び出して博物館に保存してあるとのことなので、男性に礼を言い、踵を返して博物館に向かった。

 博物館はビーノ地区の新市街にあり、遺跡から歩いて20分ほどだ。入口でライセンスを差し出して、遺物のある保管庫を見せてもらう。学芸員らしき男はクラピカたちに手袋とマスクを渡すと、書物以外は極力触れずに見てほしいこと、保管庫の温度と湿度は変えないことを伝えて出ていった。

 学芸員を見送って手袋とマスクを身に付けると、クラピカは保管庫内を見回した。さすが教科書に名を連ねる遺跡だけあり、遺物の数も膨大で保管にも配慮されている。写真は許可されたため、とりあえず興味のあるものを写真を撮ってまわり、じっくりと観察した。鳥と花を意匠としたものが多いが、中には杖や雲を模したものも見られる。彼らの信仰か何かだろうか。

 次に、隅にまとめられた書物に目を通す。書物といっても紙ができる前の時代の物のため、多くは1枚布に書かれていた。書物にはネルビオ族の文化等が記載されているようだが、判断できるのは絵のみで描かれている言葉は公用語ともクルタ語とも異なっている。決まった文法が見つかれば解読できると思ったが、それも見当たらない。世界中の言語学者が苦労する理由がよくわかる。

「クラピカって、こういうの好きだっけ?」

 不意にキルアの声に呼び止められて、クラピカは書物から顔を上げた。振り返ると、土製の食器らしきものを眺めているキルアの姿がある。

「こういうの、とは?」

「遺跡とか、民族言語とか」

「そういえばハンター試験のときも、古代―――なんとか族の刺青から、キリコの娘さんが演技してるって見抜いたよね」

「古代スミ族」

「そうだ、それ」

 羞恥を隠すように、ゴンが苦笑する。ゴンは出土した武器が気になっているようで、床に置いてある青銅製の短剣をしゃがんで観察していた。

 キルアの質問を頭の中で反芻して、クラピカは読んでいた書物を傍らに置いた。

「……もともと知らないことがわかるのは楽しいと感じる性質だった。公用語も、覚えるのは苦にならなかったしな」

「公用語?」

「ん?話していなかったか?クルタ族はもともと公用語と違う言語で、私の母語はクルタ語だ」

「ぜんっぜん気付かなかった……なんかお堅い喋り方するな~くらいにしか思ってなかったぜ」

「本で覚えたせいだろうな」

 目を丸くしたキルアを見て、くすりと笑う。

 特に遺跡や民族言語が好きかと問われると、正直わからない。ただ昔から「知ること」は好きだった。128人の人間と美しい森だけが世界だった自分にとって「外の世界」は憧れの対象だった。父の書斎に忍び込んで読書に耽り、自分の知らない知識がひとつ増えていくたび、外の世界を旅しているような気分になった。外出試験に合格して外の世界に旅立ったあとも、それは変わらなかった。一族を皆殺しにされてから、半分空疎な存恤のようになってしまったけれど。

「……昔、この世界には今より多くの民族が存在していて、プロメーロのように栄華を極めたり、ひっそりと暮らしたりしていた。だが、彼らも何らかの理由があって凋落し、文化も言語も消えた。残された痕跡から、彼らの生き方を知りたいと思う……滅びた理由も」

「……もしかしたら、クルタ族みたいに奪うために殺された民族もいたかもしれないね……」

 ゴンが目を伏せた。彼の見つめる床の短剣には、鞘がない。抜き身で持っていることが当然の文化だったのか、それとも剣を抜かなければならない状況になって放置されたのか。

 保管庫の中にはネルビオ族が生きていた証が、千万と残されている。これらが一般に流布している時代に繁栄した一族のものだとしたら、彼らの技術はかなり進んでいたと言えるだろう。しかしそれでも、彼らは消えた。滅びた理由はまだ解明されていないが、一族最後の1人となった自分を思うと、同じような滅び方をしたのかもしれないと考える。

 ゴンの呟きに、クラピカは小さく「ああ」と頷いた。

「旅団は緋の眼を奪って売りさばくために私たちを襲ったが、それ以前から緋の眼は『悪魔の使い』と言われて恐れられてきた。自分と違うものを排除しようとするのは、人の性なのかもしれないな……」

「……そういうもんだよ。人間ってさ」

 自分の背の向こうで、キルアが肩を竦める気配がする。

「俺んちに来る依頼はさ、大体は自分にとって邪魔な人間を消してくれってヤツ。邪魔ってのは、自分と全く同じか正反対か、そのどっちかなんだよね。民族紛争とか、そういうのは後者な気がする。相手の文化とか言葉とか、自分たちと違うものを根絶やしにしてやろうって」

 子供の頃の自分は、外の世界に対する憧れしかなかった。長老や父の言うような偏見や差別が仮にあったとしても、それを乗り越えられると信じていた。だが実際の世界はどうだ。理不尽に家族や友人を殺され、金のために奪われて売り捌かれる。同胞の瞳を美しいという理由で弄ぶ連中がいる。弾丸が飛び交い、命が紙切れよりも軽い世界がある。マフィアの若頭だったときには「気に入らない」という感情だけで命を狙われることが度々あった。キルアの言う「自分と全く同じか正反対の人間が邪魔に感じる」のは、自分が命を狙われた理由と同じで、ただの嫌悪感だ。個人的な嫌悪感が、時に何百という人を殺し、ひとつの文化と言葉を滅ぼす。

 キルアが、クラピカの近くに積まれていた書物を取って広げた。

「だからこういう形で残ってて、それを保存しようとしてくれる人がいるなら、滅びた民族もちょっとは浮かばれるかもね」

「皆、自分たちの文化とか言葉とかを、残してほしいって思ってたのかな?クラピカはどう?」

「いや……なぜだろうな。不思議と、そうは思わない」

 ゴンの問いに、クラピカは静かに首を振った。

「私は、自分がクルタ族であることを誇りに思っている。だからこそ、文化も言葉も、私と一緒に絶えるべきだと思う。少し過激だが―――心中に近い気持ちもかもしれない」

「心中ねぇ……」

 キルアが書物を閉じて、積まれた山に戻す。

 眼をすべて取り戻し、弔ったとき、自分が一族に対してできることはすべて終わったと思った。残すとか再興とか、そういった考えは全く浮かばなかった。というよりも「それが幸福である」という未来が想像できない。仮に子を残して、その子に緋の眼が発現すれば、かつてと同じことが起こるのではないかと、そんな想像は容易く浮かぶというのに。

 結局長老の言うことが正しかったのか、自分が掟を破ったからこんなことになったのか。あまり考えたくはないが、事実世界七大美色に数えられるほどの美しい眼を持つ一族など、いない方が世界は穏やかなのだ。

「ねぇ、クラピカ。クルタ語の歌とかってあるの?」

 不意に響いた無垢な友人の声に、クラピカは伏せていた睫毛を上げた。

「ん?まぁ、あるが……」

「今度教えてよ。言葉を覚えるのは難しいけど、歌なら俺も覚えられそうだし」

「ゴン、お前、話聞いてたか?クラピカは、文化も言葉も残したくないって言ってんだぜ?」

 クラピカが目を瞬いていると、キルアが呆れたように長嘆息を漏らした。それに対し、ゴンが「うん、それはわかってる」と頷く。

「でも、俺は残したいよ」

 ゴンの朴訥な瞳が、クラピカを見据えた。

「クラピカが話してた言葉、クラピカが育った場所のこと、クラピカが生きてきた証拠みたいなもの。俺は知りたいし、残したいし、大事にしたい。だってクラピカは、俺の大事な友達だから」

 ゴンの瞳は、黒く深い闇と同じ色だ。なのに、その闇の中には常に光が見える。出会った当初、ただ純粋だと感じていた瞳は、暗黒大陸から帰還して再会したときには少し変わっていた。忌避したいものを見た。理不尽を覚えた。しかし、それすらも受け入れてなお、質朴でいられる。

 それはまさに、自分が憧れた本の中の「ハンター」そのものだ。

「友達が大事にしてるものを大事にしたいって、何もおかしくないでしょ?―――って、まぁ、俺の我儘だけど」

 ゴンが照れたように頬を掻いた。最後の言葉は、あくまでクラピカの意志を尊重するという気持ちの現れだろう。

「それにさ、俺、緋の眼を世界七大美色……?に決めた人って、クルタ族を守りたかったじゃないかなって思うんだ」

「?どういうことだ?」

 クラピカは首を傾げた。その世界七大美色に数えられたことで、一族は滅んだというのに。

 ゴンが「えっとね」と、一度天井を仰ぐ。

「俺、ホルマリン漬けになった緋の眼を見たとき、全然綺麗だって思えなかった。こういうこと言うと、クラピカは怒るかもだけど―――気持ち悪いなってしか思わなかったよ」

 ゴンの言葉は正直だ。それに関して異論はない。そもそもどんなに美しいものだろうと、人体の一部だ。一般的な感覚から言って、気味が悪いと思うのは当然だろう。

「でも俺、クラピカの緋の眼は、綺麗だなって思う。まぁ、クラピカは怒って緋の眼になるから、不謹慎だっていうのはわかるんだけど。でも、今まで見たことないくらいの鮮やかな緋色で……なんていうのかな?クラピカの意志の強さとか覚悟とか、そういうの全部含んでこういう色になってるんだってわかるっていうか、色は鮮やかなんだけど、ちょっとだけクラピカの気持ちの度合いによって色が浮き沈みするのも綺麗っていうか……う~ん、言葉にするの、難しいな」

「……生きてる―――って、ことだろ?」

「うん、すごく簡単に言えばね」

 キルアのフォローに首肯するゴン。ただ、それだけでは本人は足りないようで、首を捻りながら言葉を探している。

「キルアが簡単に言っちゃったからもう簡単にするけど、多分世界七大美色を決めた人もさ、生きてるクルタ族の緋の眼を見て綺麗だって思ったんじゃないかな。ホントは『こんなに綺麗だから守ってほしい』って意味を込めて、世界七大美色にしたんじゃないかなって。クラピカの緋の眼見てると、そう、思うんだ」

 ゴンが莞爾として微笑む。それを見て、クラピカは自分の膝の上に置かれた手に視線を落とした。同胞の遺体を弔った、復讐のために人を殺した手。見えないけれど染み付いたような血の色。鏡で自分の緋の眼を見たときに、手に染み付いた色と全く同じだと思った。いつからだ。母や友人が興奮して見せる緋の鮮やかさを、美しいと思っていたのに。世界のすべてに悪意を求めるようになったのは。

 ゴンは、それを求めない。善意で世界を見ている。世界七大美色のひとつに数えられたことは、結果的に一族を滅ぼすことになった。だが、ゴンの言うようにそれは選定者の意志に反していたのかもしれない。忌避したいものを見た。理不尽を覚えた。それでも、善意で世界を見ているこの友人は、あっさりと自分が世界に抱いた厭世を剥がしていく。

 地獄なら見た。父や祖父の言うことも一理あると思うようになった。それが苦しいのは、怒りや悲しみではない。かつて読んだ本が教えてくれたように、それでも乗り越えられると信じている自分を捨てきれないからだ。


 残そうとは思わない。残ったところで、それが幸福であるという未来は見えない。それでも。

 

 クラピカはすうと息を吸った。記憶に馴染んだ音階を、忘れかけていた言葉と紡ぐ。荒涼とした大地を駆け抜け、地平線に辿りついた男が、どこかに自分を待っている人がいると感じ、自分の命が躍るような夢を語り、懐かしさを徐々に薄れさせていくという歌。優しく心地良いメロディは、故郷の森を思い出させた。お転婆だったが、家族への愛に溢れた母と、穏やかで懇篤な父。自分のために目と足を負傷した優しい親友。思い返すと、故郷のすべてを詰め込んだような歌だと思う。ただやはり、母が歌う方がずっと綺麗だ。

「……子供の頃、母がよく歌ってくれた子守歌だ。旅に出て故郷を忘れ、新しい土地で夢を語る人を歌っている」

「へぇ。ね、もう1回歌ってよ」

 強請られて1フレーズを歌うと、それを追うようにゴンが歌った。言葉がわからないせいか、1フレーズ歌うごとに頭の上に疑問符が浮かぶので、頷いて問題ないことを伝える。すると満面の笑みを浮かべて、前のフレーズと合わせて繰り返し歌う。母は歌が上手くて、子供たちに歌を教えることもあったが、まるでその風景を見返しているようだった。

 ゴンがキルアに駆け寄って、服を引っ張る。

「ほら、キルアも!」

「ええ~?俺もかよ!」

 顔を顰めつつもゴンと一緒に歌い始めたキルアを見て、クラピカは傍らに置いていた書物を元の場所に戻した。まだ十分に見られていないが、自分には「約束」がある。それを果たすのが先決だ。

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