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「さて、どうしたものか。」
大吾は『大きな』執事のデザートについて悩んでいた。
『大きな』執事は、自分の嫌いな食べ物に対する察知能力に長けている。
嫌いな食べ物が入っている時は、匂いを嗅いだだけで拒否してしまう。
さらに、カロリーの低いものでお腹を満たすことに対しても辟易している。
ひと昔前に流行った豆腐ハンバーグを作ろうとしたことがあったが、
「それはハンバーグじゃない。豆腐でしょ?」
と切り捨てられた。
同じように、彼がデザートと認めた上でカロリーを抑えたものとなると、とても限られてくる。
フルーツも添えてあるものであれば良いが、メインではあまり食べたがらない。
どうしよう。大吾は手詰まりになり、思考が止まった。
すると、大きな足音と共に陽気な庭師がやって来た。
「大吾さん、さっきはありがとうございます。作戦は大成功でしたよ!」
「やぁ、それは良かったね。僕の方もカロリーの低いもので彼の空腹を満たせたから良かったよ。」
「それにしては浮かない顔してますね。何かあったんすか?」
大吾はかいつまんで事情を話した。『大きな』執事のデザートを作らなければならなくなったこと。
なるべくカロリーの低いものでなければならないこと。
大豆食品やフルーツ、彼の嫌いなものでは食べてくれないこと。
陽気な庭師はふむふむと話を聞いていた。
すると、何か良いことを思いついたのか、不敵な笑みを浮かべながらある案を提案してきた。
その提案に、始めは聞くだけ程度に伺っていた大吾も、話を聞いているうちにこれしかないと思ってきていた。
「酢矢くん、その食材は潤沢に手に入りそうなのかい?」
「いま注目を集め始めてますからね。知り合いに専門の業者がいるので、連絡してみますよ。まだ一般の人には受け入れられてないので、数はあると思います!」
「助かるよ」と大吾は庭師に感謝をし、「あいつに食べさす時は絶対呼んでくださいね」と先程よりもさらに不敵に笑っていた。
翌日、時期も良かったみたいですねと、割引してもらったという食材を抱えて持ってきた。
「よくこんなに手に入れられたね、ありがとう。でも敬介くんにどう食べさせようか。」
大吾は『大きな』執事に悟られずにどう提供すれば良いか、これといったアイデアはまだはっきりと浮かんでいなかった。
「それなら任せてください。あいつのことなら熟知してますから。あいつの好きなものに似せちゃえば良いんですよ。」
陽気な庭師は含み笑いと共に、『大きな』執事の大好物に見せかけるアイデアを大吾に提示した。
「確かにそれなら食感も似せることができるかもね!」
大吾は早速調理にとりかかった。「まずは明日の朝市で魚市場に向かわなきゃね。」
ー翌日ー
「よし、これで完成だ。」
塩見大吾は目標達成のための準備が完了したことに対する安堵感と、『大きな』執事がなんの疑いや違和感を感じることなく食べてくれるのかという不安、背徳心、高揚感、悔恨、様々な感情が入り乱れながら少し興奮状態になっていた。
「大吾さん、ついに完成したんですね!」
調理場の熱気と薫りを察知したのか、したり顔の庭師がやってきた。
「見た目はいい感じだろう?」と大吾もしたり顔で完成したものを披露した。
軽はずみな庭師は「めちゃくちゃ美味そうですね」とキラキラした目で喜んでいると、「それは良かった」と大吾は満面の笑みで答えた。
「そんなに美味しそうなら、ぜひ味見役を頼みたいな。酢矢くんの案だし、僕は味見で少し食べたから他の人の意見も聞きたいな。」
「えっ?」
したり顔の料理長と、しまった顔の庭師を調理場の熱気と緊張感が入り混じった空気が包んだ。
「えっと、俺がこれ食べるんですか?」
急にテンションが下がった庭師は、念のためという空気感を出しながら確認した。旧友に対してしかけるはずのいたずらが、まさか自分に降りかかってくるとは想像もしていなかった庭師は、現実を受け止められないでいる。無言で了承を迫ってくる料理長に対し、いまだかつてないほど追い詰められた庭師の頭は回転していた。どうすればこの食物のようなものを食さずに済むか、この場で得られる情報をかき集める。時間も限られている中、意を決していつもの調子に戻しながら言葉を発する。
「いやいや、こんな大きなの食べれませんよ!脂元の分もあるし作るのも手間かかっちゃうでしょ?大吾さんの味見だけで十分ですよ。」
料理長の顔色を窺うように発せられた言葉に、まるで台本が用意されていたかのように大吾は返答する。
「それはそうだよね。そう思ってちゃんと味見用に小さいのを作ってあるんだ。こっちは2匹で作ってあるから安心してよ。」
頭の中に万事休すの四文字が取り囲んだ。逃げられないことを悟ったのか、意を決して初めから用意されていた椅子に腰を掛ける。目の前にディップソースに使用されそうな小さな器に、少量のソースとタルタルがしっかり用意されている。ダメもとで、追加のソースを要求してみるが、素材の味を確かめて欲しいと一蹴されてしまう。いつもならポジティブな意味であるはずの、出来立てという言葉がなぜか生々しく聞こえ、決心していたはずの心が激しく揺れ動く。
しかし見た目は誰もがそれと認識するものであり、香りもまさにそれである。腹を決めた庭師は目を閉じ、目の前にあるものが誰もがそれと認識するものであると頭の中で繰り返し唱える。言霊の力を借りた庭師は決心が揺らがないように目を閉じたまますぐさま口の中に入れ息を止めて咀嚼する。しかし息が続くはずもなく、途中で息継ぎをしてしまう。観念して本来の目的である味を確かめる。1回2回と咀嚼を繰り返すうちに、目を閉じてしかめっ面だった庭師の顔が驚きの表情に変わっていく。
言葉で確かめるまでもない庭師の反応に、先ほどよりも優しいしたり顔で庭師を見つめる大吾は、携帯を手に取り『大きな』執事を呼び出す。