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放課後、夕陽が黒板の端を照らしていた。

日下部が先に帰った教室で、遥はまだ一人、椅子に座っていた。何も考えていないような目。けれど、全てを拾ってしまう目。


「──いたんだ」


その沈黙に割り込むように、背後から蓮司の声。


遥は、わずかに顔を上げたが、振り返らなかった。


「ひとりの時間、好きだよね。……誰もいないと、落ち着く?」


蓮司は、ゆっくり歩いてくる。その足音が、床に微かに響く。


「今日、教師と日下部が話してたよ。“遥くんと距離を取るべきか”って。……笑えるよね。あの教師、あいつのこと“いい子”だと思ってたのに」


遥は何も言わなかった。目を伏せたまま、拳だけが机の下で固く握られていた。


蓮司はその隣の席に座った。距離が近い。


「──ねえ、遥。おまえ、自分がどれだけ“気持ち悪い”って思われてるか、ちゃんと知ってる?」


遥の背筋がわずかに跳ねる。


「日下部が、まだそばにいるの、不思議でたまらないんだよ。だって普通、あそこまで見られてたら、離れるでしょ。“あいつのせいで巻き込まれてる”って、誰だって言うのにさ」


蓮司は声を低めて、ゆっくりと囁く。


「ねえ──あいつ、ほんとに“守ってる”の? それともさ、“おまえがあいつを支配してる”っていうのが、ほんとのとこじゃないの?」


遥の指先が、机の縁を強く握りしめる。


「日下部は、どこまで見てるのかな。おまえの中の……ほんとの部分。たとえば、“壊してしまいたい”とか、“壊されたい”とか、そういうの──」


その瞬間。


遥は、静かに立ち上がった。


蓮司は一瞬黙ったが、顔は笑ったままだった。


「怒るんだ。……でも、おまえが一番そう思ってるんでしょ。“自分が壊れてて、誰かを巻き込む”って」


遥は何も言わなかった。


ただ、その目は蓮司をまっすぐに見ていた。

沈黙のまま、けれど、何かを決して受け入れない意志がそこにあった。


──そして、そのまま何も言わずに、教室を出て行った。


蓮司はその背を見送りながら、わずかに頬を歪めた。


「……ああいう目、嫌いじゃないけどね」


その声には、僅かに熱があった。



──その夜。


遥は、自分の部屋の天井を見つめながら、動かずにいた。


“気持ち悪い”


誰かに言われたことじゃない。

ずっと前から、自分が自分に言っていた言葉。

誰よりも早く、自分にそれを突きつけてきたのは、自分自身だった。


でも──


日下部だけは、それを口にしない。

どんなに歪んでいても、沈黙していても、拒絶しても。


「……なんで、あいつは壊れねぇんだよ」


天井に向かって、声にならない声が漏れる。


そのとき、スマホが震えた。

画面には、日下部の名前。通知は一つのメッセージだけ。


「明日も、教室で待ってる」




遥は画面を見つめたまま、何も返さなかった。

けれど、指先が、わずかに揺れた。



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