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第51話 〚夜空に咲く前の鼓動〛(人混み・視線・不穏)
人混みは、ますます増えていた。
屋台の呼び声、
浴衣のすれ合う音、
遠くで試し打ちの花火が鳴る。
澪と海翔は、
手を繋いだまま歩いていた。
「……大丈夫?」
海翔が小さく聞く。
「うん」
澪は頷く。
「迷子には、ならなそう」
その言葉に、
海翔は少し安心したように笑った。
――その時。
「……あら?」
聞き覚えのある声。
振り向くと、
そこにいたのは担任だった。
「二人とも、来てたのね」
浴衣姿の二人を見て、
どこか嬉しそうに目を細める。
「……こんばんは」
澪が少し緊張しながら挨拶すると、
担任はくすっと笑った。
「いいじゃない。青春って感じ」
そう言ってから、
少しだけ声を落とす。
「人が多いから、気をつけなさいね」
「はい」
海翔がしっかり答える。
担任はそれ以上何も言わず、
「楽しんでね」とだけ残して、人混みに消えていった。
――その直後。
澪の背中を、
ぞくりと冷たい感覚がなぞる。
(……?)
視線。
はっきりとは分からないのに、
“見られている”という感覚だけが、確かにあった。
澪が、
無意識に海翔の方へ一歩寄る。
その瞬間。
「……澪」
低い声。
振り向いた先に、
恒一が立っていた。
マスク越しの目が、
真っ直ぐ澪を見ている。
「……偶然だね」
静かな声。
海翔の手に、
澪の指がきゅっと絡む。
「……こんばんは」
澪は、短く答えた。
恒一の視線が、
二人の繋いだ手に落ちる。
一瞬だけ、
空気が張りつめる。
「花火、もうすぐだね」
恒一はそう言って、
意味の分からない笑みを浮かべた。
海翔は一歩前に出て、
自然に澪を庇う位置に立つ。
「……俺たち、行くので」
恒一は何も言わない。
ただ、ゆっくりと瞬きをした。
「そっか」
それだけ言って、
人混みの中へ紛れていく。
――その様子を、
少し離れた場所から見ていた影があった。
「……今の、恒一だよね?」
えまが低く言う。
「うん」
しおりが頷く。
「空気、やばかった」
みさとは不安そうに澪の背中を見る。
「……大丈夫かな」
その隣で、
相馬玲央(そうま れお)が静かに言った。
「探して正解だったな」
五人の視線の先には、
まだ気づいていない澪と海翔。
夜空には、
まだ花火は上がらない。
けれど、
何かが始まる直前の音だけが、
確かに鳴っていた。
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