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「……ぁ、は……、っ……」
熱の去った地下室の空気は、どこまでも頽廃的で、重苦しい静寂を連れて戻ってきた。
カチ、カチ、と遠くのどこかで、古ぼけた時を刻む音が聞こえる。
しかし、床一面に広がったルビー色の海と、そこに沈む数千万の価値を失ったガラスの破片が、今ここで起きた暴挙が現実であることを冷酷に証明していた。
マフィオソの指先は、昂りの余韻に微かに震えながらも、未だチャンスの濡れた髪を強く掴んでいた。
その握力は、支配者の執着そのものだった。
己のすべてを曝け出させ、余裕を剥ぎ取り、その喉元に牙を立てたというのに、胸の奥を焦がす渇きは一向に癒える気配がない。
むしろ、目の前の男の熱い肌に触れれば触れるほど、底なしの沼に沈んでいくような狂おしい独占欲が、彼の理性を内側から削り取っていく。
「……チャンス」
掠れた、低音の声がチャンスの胸元に吸い込まれていく。
マフィオソはゆっくりと顔を上げ、チャンスの口元を封じている斜め縞のネクタイへと手をかけた。
すでに二人の熱い吐息と汗、そして飛び散った赤ワインで赤黒く染まり、上質なシルクの光沢を失ったそれを、指先で引き解く。
スルリ、と布地が滑り落ち、ようやく自由を得たチャンスの唇が、暗闇の中に露わになった。
その唇は、マフィオソの激しい執着を物語るように、うっすらと充血し、熱い名残を纏っている。
「……はぁっ、……ひどい、な。ボス」
ネクタイから解放されたチャンスの第一声は、掠れ、それでいて酷く艶気を含んでいた。
トレードマークのサングラスはいつの間にか床のワインの海へと沈み、露わになったその瞳は、いつもの軽薄な光など微塵も残っていない。
ドロドロとした情欲の熱に浮かされながらも、自分を組み敷くマフィオソの顔を、値踏みするように、そして狂おしいほどの愛おしさを込めて見つめ返していた。
「喋れない間、あんたがどんなにエロい顔して俺を見てたか、教えてやりたいよ」
「黙れ……。また口を塞がれたいのか」
「いいぜ、何度でも。……でもさ、もう気づいてるんだろ?」
チャンスは拘束を解かれた両腕を、ゆっくりと、マフィオソの腰へと回した。
ワインで濡れたスーツの生地越しに、チャンスの掌の熱が、マフィオソの背中へと直接伝ってくる。
「あんたが俺を追いつめて、支配したつもりになってるかもしれないけど……。あんた自身も、もう俺の仕掛けた罠から、一歩も出られなくなってんだよ」
「……っ」
マフィオソの切れ上がった眉が、ピクリと跳ね上がる。
図星だった。
この男を黙らせるため、その傲慢な余裕をへし折るために動いたはずの手が、身体が、今やチャンスの存在なしには、これ以上の高揚を貪ることもできなくなっている。
冷徹なドン・ソネリーノをこの頽廃的な暗闇に引きずり下ろし、ただの飢えた男に変えたのは、間違いなくこの目の前のペテン師だった。
「お前は……どこまでも不遜な男だな」
「あんたのそういう、プライドが高くて綺麗な顔が、俺のせいでグズグズに崩れるのが……たまんなく好きなんだよ」
チャンスは低く笑うと、回した腕に力を込め、マフィオソの身体を自らの胸へと強く抱き寄せた。
床のワインがバシャリと音を立て、二人の濡れた身体が再び隙間なく重なり合う。
先ほど激しく情熱をぶつけ合ったばかりの身体の奥底から、信じられないほどの、さらに深い熱源が、じわじわと激しく燃え上がるのが分かった。
衣服の隙間から覗く、ワインに汚れたチャンスの肌。
そこへ、マフィオソは今度は噛み付くのではなく、慈しむようにゆっくりと唇を寄せた。
「……明日の朝、お前をどう処刑するか、今から考えておく」
「へえ、楽しみにしてるよ、ボス。……その前に、今夜はまだ、俺を帰さないんだろ?」
「当然だ。代償の支払いは、まだ終わっていない」
暗いガス灯の光の下、二人は再び、どちらが捕食者で、どちらが獲物かも分からなくなるほどに、深く、激しく、お互いの存在を貪り合うようにして、唇を重ね合わせていった。
地下室の闇は、二人の狂おしい吐息をどこまでも深く飲み込み、その夜が明けるのを拒むように、静かに深まり続けていた。
#1x1x1x1
ゆ(旧「ゆゆゆゆ」)
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