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第2話:最初の提出
「“能力”って……何を出せっていうんだよ……」
朝、父・タカユキの低い声が小屋に響いた。
テレビは何も映していない。ただ黒い画面の中に、薄く“命”と“能力”という文字だけが静かに揺れていた。
「走る速さとか? 頭の良さ?」
カナが言うと、母・ユミが首を横に振った。
「そんなの……どうやって渡すの? どうやって戻るの?」
答えはなかった。
昼過ぎ。風が止み、空がわずかに開けた。
父が「見てくる」と言い残して、外へ出た。
雪原の中央、昨日と同じ場所に、あの石のライオン像が座っていた。
雪に半ば埋もれたその体は、昨日よりもさらに傾いているように見えた。
石の表面には、長く裂けたような新しいヒビ。
右目の光が、一瞬だけチカチカと点滅した。
そして、像の口から――また、あの声。
「本日、最初の提出を……待つ」
「命でも。能力でも。どちらでも……かまわない」
それだけを繰り返す。
まるで自分でも意味がわかっていないかのように。
その夜、小屋に戻った父の顔は、青ざめていた。
「……俺の“記憶力”を、提出する」
「昔のことは、もうどうでもいい」
母が叫んだ。「勝手に決めないで!」
「カナやソウタが何かを失うより、俺のほうが――」
テレビが急に明るくなった。
「提出、受理」
「能力《記憶保持レベル:中》が雪山に還元されます」
その直後。
小屋の窓から見える雪が、形を変えた。
風が渦を巻き、真っ白な空間に、黒い人影のようなものが浮かび上がった。
顔もなく、声もない。ただ、どこか父に似た背中をしていた。
夜9時。
テレビが再び点灯する。
「本日の死者:1名」
「祈り……受理:マシロ ソウタ」
「視線を逸らした者:未登録家族1、氷化完了」
画面の下に、名前のない“死者”の映像が映った。
男が、像を睨むようにして、吹雪の中で立ち尽くしている。
次の瞬間、音もなく全身が氷に包まれた。
そして、何もなかったかのように雪が降り積もった。
「ソウタ、祈ったの?」
カナが聞くと、弟はうなずいた。
「こわかったから……でも、ライオンに“ありがとう”って言ったら、あったかくなった」
テレビは消えた。
カナは、ライオン像のほうを思い浮かべた。
雪に埋もれ、無表情で壊れかけたあの像は、
今夜もきっと、ただそこに座り続けているのだろう。
何を思うこともなく。
ただ、“提出”を待ち続ける。
家族の中で何を守るか。
それを決めるのは、命令ではなかった。
――それぞれの祈りの形だった。