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車で走ること20分ほど。

距離はそうないはずなのに、都内の移動は時間がかかる。

特に急いでいるときに限って渋滞に巻き込まれたりして、気持ちは焦るばかり。


「そのまま奥へ回ってください」

「はい」


SPの山本さんから「移動中は携帯を通話のままスピーカーをオンにしていてください」と言われ、その指示に従った。


病院の建物をぐるっと回りこんだところにあるVIP入り口。

我が家も入院するときにはここを使わせてもらうから、何度か訪れたことのある場所。

それでも、今日は特別に人が多い気がする。


「入口に車を止めたらそのまま降りていただけますか?」

「いいんですか?」

てっきり萌夏を降ろしたら帰れと言われるものと思っていた。


「はい。大旦那様から許可をいただいておりますので、萌夏様とご一緒においでください」

「わかりました」


こんな非常時に萌夏との同行を許すからには、俺の素性もすでに調べていることだろう。

平石の跡取り息子の存在を好意的に受け止めたのか、あるいは物の数にもならないと相手にされなかったのか、桜ノ宮家の意図はわからない。


「遥」


ん?

色々と考えを巡らせていると、一緒に車から降りた萌夏の足が止まっていた。


「どうした?」

「怖いよ」

震える声で言う萌夏。


「大丈夫、俺が付いている」


俺は萌夏の手をギュッと握りしめた。



***


「萌夏さん、お待ちしていました。・・・あっ」

迎えに出ていた副院長が、俺の顔を見て固まった。


副院長の専門は小児科で、子供の頃病気がちだった俺の主治医。

ここ10年ほどは診察を受けていないが、生まれてから中学に入るくらいまではずっとお世話になっていた恩人だ。


「先生、お久しぶりです」

俺はペコリと頭を下げる。


「本当に久しぶり、大きくなったねえ。それに元気そうだ」

「はい、おかげさまで」


本当に、先生がいなかったら今俺はここにいないだろう。

わずか1000クラムほどの未熟児で生まれた俺の命を救ってくれたのが先生だった。

そして、俺を生んだ母の最後を看取ってくれたのもこの病院。

ここは俺にとっての原点だ。


「あんなに小さかったのに」

副院長が感慨深げに俺を見ている。


きっと子供の頃の俺を思い出しているんだろう。

なんだかこそばゆい。


「萌夏さん急ぎましょう」

立ち止まってしまった俺たちに、背後から声がかかった。


「すまない、行こう」


思わず今の状況を忘れそうになっていた。

俺は萌夏の手を取り早足で病院の中へと向かった。


***


病院最上階の特別フロア。

このフロア全体が1つの個室となっていて、ここにいる限り外部の人間と顔を合わせる事は無い。

子供の頃俺も何度かここに入院した。その頃は贅沢だなんてことよりも周りに子供たちがいない寂しさが勝っていつも母さんにわがままを言っていたっけ。


「ここから先は萌夏さんお1人で」

SPに言われ俺は足を止めた。




すぐ近くの応接室に案内され腰を下ろしたものの、やはり萌夏のことが気になる。

そして、こんな時についてきてしまった自分の行動を少しだけ後悔した。


萌夏を黙って連れ去った桜の宮家のやり方に不満がないと言えば嘘になる。

あまりにも横暴ではた迷惑な行動だし、本気で仕返しをしてやろうかと考えたこともある。

でも、萌夏と話をしていて気持ちが変わった。


無理やり犯罪のように連れてこられたのに、萌夏はとても楽しそうに話をする。

おじいさまとあんなことをした。おばあさまとこんな話をした。

そう言っている萌夏の声は電話の向こうからでも幸せそうで、時には嫉妬してしまうくらいだ。


萌夏も俺も、お互いを思う気持ちに嘘はない。

ずっとそばにいたいと思う気持ちも同じだと思う。

それでも、今の萌夏にとって唯一の肉親となった桜の宮家は特別な存在なのだろう。


トントン。

「失礼いたします」


ドアが開き、先ほどまで一緒だったSPの山本さんが入ってきた。


***


「もうじき桜ノ宮様がいらっしゃいます」


桜ノ宮様?

それは桜の宮家のご当主、萌夏のおじい様?


「あの」

固まってしまった俺に、山本さんがもう一度声をかけた。


「ああ、はい。萌夏のおじいさまですよね?」

「いえ、大全様ではなく創士様がいらっしゃいます」


創士様。

それは、桜ノ宮創士。現当主ってことか。


さあ、萌夏にとってのおじさまが一体どんな話が合って俺の前に現れるのか。どちらかというと悪い予感が大きいが、今はおとなしく対面するしかないだろう。

こんな大変な時に、病院までついて来てしまったのは俺の非常識。

思いが募った結果だったとしても、非難されて仕方ない行動だと思う。

そんな俺に会おうと言ってくださる。

もちろん歓迎されるとは最初から考えていないが、お叱りを受けてでもお目にかかりたい気持ちはある。



「お見えになります」

山本さんが部屋のドアを大きく開け、壁側に一歩下がった。


ゆっくりと近づいてくる数人の足音。

絨毯張りの廊下を踏みしめて体格のいい男性が二人現れ、山本さんと並ぶように壁側に控えると、

穏やかな表情で、男性が部屋に入ってきた。


***


「お待たせしたね」


きっとこの人が桜ノ宮創士さん。

桜の宮家の現当主で、萌夏にとっては血のつながらないおじさま。

年齢は・・・50歳くらいだろうか。

ほりの深い整った顔立ちで、身のこなしも優雅。

醸し出す雰囲気は、冷静であまり感情を表に出すタイプには見えない。

ただこの部屋に入ってきた瞬間、俺を見て表情が固まった。

それはほんの一瞬の出来事で、きっと誰も気づかなかったと思う。

でも、俺は見逃さなかった。


「観察は終わりましたか?」

ニコニコと人のいい笑顔を向けられ、

「すみません」

とっさに頭を下げた。


つい凝視してしまった。

初対面の目上の人に対して失礼な行動に、謝るしかない。


「いいんですよ。人に見られることには慣れています」

「・・・すみません」


俺だって世間からは注目される家に育ったと思っている。

不自由さを感じることもなくはないし、なんで俺ばっかりと思った時期もある。

しかし、宮家の方々のご苦労とは比べ物にもならない。

宮家の方々は存在そのものが公なんだから。根本的な意味での自由やプライベートはない。


「本当はお父様がお目にかかりたいと言っていたのですが、こんな時だから」


お父様って言うのは、萌夏のおじいさまのことだろう。


「いえ、僕の方こそこんな時について来てしまってすみません」


「いいんです。僕もあなたにお会いしたかったから」

聞こえてきた声にどこか含みがあって、俺は顔を上げた。


「初対面ですよね?」

今まで会った記憶はない。


「一度だけ、君がまだ赤ちゃんだった頃君のお父さんと一緒にいるときに会っています」

「そうでしたか。それは失礼しました」


おかしいなあ、父さんは何も言っていなかったけれど。


***


「それで、おばあさまのご容態は?」

SP達も部屋を出ていき創士さんと2人になってから聞いてみた。


「先ほど息を引き取られた」

「えっ」


すでに亡くなられていたとは思わなかった。

萌夏の奴、きっと泣いているだろうな。


「今はお父さんと萌夏さんでお別れをしているよ。本当の意味での血縁者はあの二人だから」

「はあ」


そう言えば、創士さんはお婿さんだって聞いたな。


「この病院の院長先生がお母さんの主治医でね。最後も看取ってくださったんだ」

「そうですか」

「院長は君のお父さんの親友だったよね?」

「ええ。よくご存じですね」


父さんとここの院長は幼馴染で、俺がここで生まれたのもそんな縁。

妊娠とともにがんを患っていることを知った生みの母が治療よりを出産を優先したいと言ったのを唯一聞き入れてくれたのがこの病院だった。


「生まれる命もあれば、旅立つ命もあるってことだね」

「・・・」


俺は返事に困ってしまった。

さっきから、創士さんの発言には何か含みがある。

創士さんは何かを知っているけれど、言えないでいる。そう感じた。


「お別れにはもうしばらくかかるから、少し話をしてもいいかなあ?」


唐突な申し出に、俺はただ見つめ返すことしかできない。


「そんなに警戒しないで。少し昔話をするだけだよ」

「は、はい」

不安はあるものの、とりあえず返事をした。


***


桜の宮家の前当主夫人がなくなったとなれば報道陣も集まってくる。

すでに病院の周りにも人が増えてきた。

今病院の上層階は桜の宮家の関係者とその警備の人間であふれている。

俺にとってここは完全なアウェイ。場違いな存在に間違いない。

そこで桜ノ宮の当主から一体何を聞かされるのか、想像もできないし、いい予感は一ミリもしない。


「僕も、この病院には少しばかり縁があってね」

先ほどまでのキリッとした顔より少し砕けた表情になって、創士さんは話しだした。


「こう見えて僕は十代から二十歳過ぎまでモデルの仕事をしていたんだ。意外だろ?」

「そう、ですね」

確かに整った奇麗な顔立ちだと思うけれど、初耳だ。


「そのころ、僕には長く付き合っている彼女がいた。まだ子供のくせに仕事をして一人前のつもりになっていた僕に唯一苦言を言ってくれるような強い女性だった。金持ちのお嬢さんなのに驕ったところがなくて、彼女の前では素の自分でいられた」


誰にだって忘れられない恋の一つや二つはあるだろう。

創士さんにだってそんな人がいても不思議じゃないし、いない方が不自然だ。

でも、創士さんは今俺に何を話したいんだろうか。


「十代の頃は2人ともモデルの仕事をしていてよく顔を合わせていてね、側にいるのが当たり前になっていた。でも、モデルなんて人気商売だから二十歳を過ぎたら急に仕事がなくなった」

「へえー」

厳しい世界なんだな。


「彼女はしっかり者だったからモデルの仕事もしながら大学にも行っていて、就職と同時に芸能活動はやめて社会に出た。一方俺は酒とギャンブルと借金にまみれて酷い生活を送っていたんだ。それでも彼女は俺を見捨てずに気にかけていてくれた」


ここまで聞いて、話の終着点が見えない俺は急に不安になってきた。


***


先代当主の奥様であるおばあさまがなくなって、喪主として忙しいはずの創士さんがなぜ俺にこんな話をするのかがわからない。

創士さんの口ぶりや表情からは俺に話したいんだという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。

でも、その意図が分からない。


「その彼女が、ここで亡くなったんだ」

「えっ?」


なんだか急に背筋がゾクゾクした。

何かが繋がるような予感が・・・


「彼女が亡くなった時僕はアルコール依存症治療のための病院に入っていて、彼女の死を知ったのは大分後になってからだった」

「それって・・・」


「彼女が命と引き換えに子供を産んだと聞いたのは妻と結婚して桜ノ宮に入った後だった」

「それじゃああなたが」

俺の父親ですか?

そう言いかけて、怖くて聞けなかった。


「正直、当時の記憶は曖昧なんだ。何度か関係があったのは事実だが、ほぼアルコール中毒のような状態ではっきりしたことは覚えていない。すまない」

申し訳なさそうに、創士さんはうなだれた。


酷い話だと思う。

あまりにも無責任で、腹立たしいとさえ感じる。

親としての責任が果たせないのに、何で子どもなんか作るんだよ。無責任に生むんじゃない。

そう叫びそうになった。


「何で、今更言うんだよっ」

立場もわきまえず強い言葉を投げつけた。


「すまない」

創士さんが深く頭を下げた。


***


「今日俺に話したのは、告白してすっきりするためですか?」

俺にしては珍しく冷たい言葉になった。


「まさか、そこまでバカじゃない」

「じゃあなぜ?」

黙っていれば済むことをなぜ今言うんだよ。


真っすぐ睨むように見る俺に、創士さんは困ったような表情をした。


「このひと月、萌夏さんにはずっとお母さんの側にいてもらった。おかげでお母さんは安らかに旅立つことができたんだ」

「そうですか」

それはよかった。


「まだお父さんもいらっしゃるからこのまま桜ノ宮に残ってもらいたい気持ちもあるんだが、それではあんまり虫がいいと思ってね」

「それじゃあ」

「僕の養女として、桜ノ宮の人間として、平石に嫁がせたいと思うんだがどうだろう?」

「そんなこと、できるんですか?」

「もちろん。だてに当主をしているわけじゃない」


もしそれが可能なら、俺と萌夏は一緒に暮らせる。

桜ノ宮の人間として認められればおじいさまにだっていつでも会えるわけだし、すべての問題が解決するように思う。


「ただし、その場合僕が君の義父になるわけだが、いいのかい?」


ああ、なるほど。

だから創士さんはわざわざ話をしたんだ。


「すぐには無理でしょうが、いつかお義父さんと呼べるように努力します」


「ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」


色々と思いはある。

不安だってないわけじゃないが、今は萌夏との未来だけを考えよう。

複雑な気持ちのまま、俺は創士さんを見つめた。

好きになってもいいですか? ~訳あり王子様は彼女の心を射止めたい~

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