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広島護国神社は、戦没者を祀った神社だ。
自分の願いを優先するより、まず追悼と日頃の感謝を捧げ、それからこのささやかな幸せと平和が続きますように、と願った。
そのあと、夏目さんたちにご飯に誘われ、帰り道の平和大通り沿いにある『牡蠣と肉と酒 MURO』にお邪魔した。
お子さんはまだ四歳と二歳なので、宮本さんのお母さんが迎えに来て、預かってくれた。
一瞬だけ挨拶をしたけれど、宮本さんと雰囲気がそっくりな、細身でキリッとした感じのマダムだった。
お店はどうやら旦那さん――、知樹さんの行きつけらしい。
梁が剥き出しになった木製の屋根がお洒落な、モダンなカウンター席やテーブル席のあるお店で、お肉から牡蠣料理、サラダに揚げ物など、何でもある居酒屋スタイルだ。
生牡蠣は美味しいし、牡蠣フライもお肉も天ぷらも、何でも美味しい。
さんざん食べて飲んで……としたあと、ビールで顔を赤くした宮本さんが笑った。
「今回は来てくれてありがとうね。本当に会えて良かった。私も心の中で一区切りつけられた気がする」
「俺もだ」
尊さんも頷き、私は彼のスッキリした横顔を見て微笑む。
宮本さんはさらに続けた。
「来てくれて本当に感謝してるし、今まで沢山伝えたように、速水くんには感謝はすれど、怒ってなんかない。……でも、もうこれで最後にしよう」
やんわりと告げられ、尊さんも「そうだな」と頷いた。
「俺から連絡した事で、多少なりとも動揺させてしまったと思う。ご家族や土地のお陰で今を生きられていても、俺の存在で過去を振り向かざるを得なかったと思う。本当に申し訳ない。言ってしまえば、誤解を解く事と自己満足のために訪れたと言っていいのに、よく会う気持ちになってくれたと思う。……それに知樹さんだって、俺の事を快く思っていなかっただろうに、よく受け入れてくれたと思います。本当に心から感謝します」
そう言われ、知樹さんは穏やかに笑った。
「凜と出会った時、彼女は人間不信になっていました。海を見てボーッとしていたから、なんだか放っておけなくて。ナンパと思われてもいいから、声を掛けて連絡先を交換して、何回か会っていくうちに少しずつ心を開いていってくれました」
彼は思い出すように目を細め、小さく笑む。
「最初は手が付けられないぐらい動揺していて、衝動的に何かしてしまいそうな感じがあったから、『何かあったら俺を頼って』と言って、精神科に通うのも、夜に心細くなった時も、すべて付き合いました。……そうやって信頼関係ができて、凜に何があったのかを聞きましたが、……彼女は速水さんの事を一言も悪く言っていませんでした。……だから、彼女を傷つけた人たちには怒りを抱いていたけれど、〝東京の気の合う同僚〟には特に怒っていなかったんです」
宮本さんはひたすら「自分はもう大丈夫」と言っていたけれど、こうやって側で支えてきた知樹さんの言葉は重みがある。
このまま綺麗にお別れしても良かったけど、知樹さんとしては「うちの凜はこれだけ傷付いていた」という現実を私たちに知らせたかったんだと思う。
宮本さんは「言わなくていいよ」と夫を小突いていたけれど、知樹さんは動じていない。
「過去の話をして、喧嘩を売りたい訳じゃありません。凜に去られた速水さんもとても傷付いたでしょうし、裏切られたと感じたかもしれない。……二人とも、お互いの気持ちを知らずに別の場所でズタズタになっていたんです。……その話を聞いて、僕は『残酷な運命だな』と感じました。事件さえなければ、二人は東京で結婚していたかもしれない。……でも、いくら二人が想い合っていても、お互いを憎んでいなくても、凜と速水さんの線は途中から逸れていったんです」
知樹さんは両手の人差し指をくっつけて動かし、途中から両側に離していく。
「離れてしまった線は、こうやって交わりましたが、お互いに伴侶となる存在がいる以上、以前のような交わり方ではありません」
知樹さんは両手の人差し指を、上下にずらした状態で同じポイントに重ねる。
「二人ともこれからはお互いのパートナーと共に歩み、それぞれの人生を歩んでいくんです。人生にはこういう事が多くあると思います。男女だけでなく、友人や家族、親戚でも。『昔はあれだけ仲が良かったのに、今は疎遠になってしまった』とか、『同じ学校に通っていた訳じゃないに、今はこんなに仲がいい』とか。……だから、今はそれぞれの生活を大切にしましょう。『会わないほうがいい』じゃなくて、まず自分たちの生活を優先するんです。無理に距離を作ろうとしたら、また何かが狂ってしまうかもしれない。……凜だって、『もう会わないほうがいい』というのは、思っている事と多少ニュアンスが違うよね?」
知樹さんに優しく尋ねられ、宮本さんは「……そうだね」と頷く。
「こうして十年ぶりに再会したのも何かの縁と思いますし、時々、年賀状とかやり取りをする程度なら関わりを持っていてもいいと思います。無理矢理に縁を絶ちきって、思い出して言いようのない感情に囚われるぐらいなら、年に一回近況報告をしたほうが、お互い安心できるんじゃないですか?」
彼の提案を聞いて、私は小さく挙手した。
「それ、私も賛成です」
コメント
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お互いのパートナーや家族との幸せを大事にして、、これからばそれぞれ別の人生を歩んで行くことになるけれど… 無理に関わりを止めなくても良いし、自然体で良いのでは?と思います🍀✨️