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みんなの視線が集まってちょっと緊張したけど、私は膝の上でモジモジと指を絡ませつつ意見を言う。
「縁って、無理矢理繋げるものじゃないし、無理矢理断ち切るものでもないと思います。……本当に酷い縁なら、縁切り神社とかにお願いしにいくだろうけど、それとは違うでしょう? ……何事も〝自然に〟でいいと思うんです。……宮本さんがとても前向きになった事は、凄く素敵な事だと思います。あなたみたいになりたいと思ったのも、本当の気持ちです。……気分を害したら申し訳ないんですが、そうなる過程に、無理矢理にでも自分を叱咤して『とにかく前を向け、上を見て笑え』って言い聞かせていた時期はありませんでしたか?」
彼女を見つめて言うと、図星だったのか宮本さんは気まずそうに目を逸らした。
「一度受けた深い傷って、ちょっとやそっとじゃ消えません。……『大丈夫』って自分に言い聞かせて、強制的に強くなった状態で、『もう何も気にしていないから、報告が終わったら関係を断ち切ろう』だと、……なんか……、違うと思うんです。上手く言えないんですが」
私は言葉を探し、さらに続ける。
「尊さんも、ずっと宮本さんの事で苦しみ続けてきました。少し前にあなたが残した手紙を読んで、嫌われていなかったと知って、とても安堵したと思います。でも同時に気付けなかった自分を物凄く責めました。……そんな強い想いがあるのに、今こうやって顔を合わせてお互いの無事を確認し合えて、『幸せそうで良かった』と分かったら、『じゃあ、これで』ってバイバイしちゃうの、……ちょっと違うなって」
チラッと尊さんを見ると、物言いたげな目で私を見ていた。
「私は尊さんの婚約者として、今後も宮本さん……、夏目さんご一家と関っても全然嫌じゃありません。だって既婚者だし、こんなに素敵な旦那さんとお子さんもいるし、よりを戻すなんてあり得ないって安心できていますもの」
そう言って、私はちょっと胸を張る。
「多分、尊さんも宮本さんも、当事者だからパートナーである私たちに、『嫌な思いをさせたくない』ってとても気を遣っていると思うんです。でも、実際に会って宮本さんがとても素敵な人なのは分かりましたし、知樹さんも尊さんがそういう男性じゃないと理解してくださっていると思います」
私の言葉を聞き、知樹さんはしっかり頷いた。
「だから、私たちは大丈夫だから、無理矢理ご縁を断ち切ろうとしなくていいんです。私はせっかく知り合えたんだから、夏目さんご一家がこれからどうやって過ごしていくか知りたいですし、お子さんたちの成長も知りたい。知り合った人には、幸せでいてほしいなと思うから、お互いに好意を抱いているのに無理に関係を断ち切る事はない。……って言いたかったんです。お別れするのは、どうしても関係が上手くいかず、生活に支障をきたしてしまうぐらいじゃないかな……って。その点、東京と広島だと基本的に遠方なので、普通に生活していれば接点はない訳ですし、頻繁に気にする必要もありません」
私が言ったあと、知樹さんが尊さんに向かって言った。
「僕が憎んでいるのは、君の継母と伊形社長です。君の境遇には同情しているし、当時の君には何もできなかったと理解しています。……だから、僕が速水さんを憎んでいると思わなくていいんですよ。……引け目を感じるのは理解します。会わせる顔がないと思っていたのも分かります。……でもこれ以上、罪悪感を引きずらないでください」
知樹さんに言われ、尊さんは吐息をつく。
「あなたを初めて見た時、上村さんというパートナーと一緒にいて幸せそうだと感じました。でも凜を見る目には、強い悔恨と罪の意識があって、今でも酷く傷付いているのが分かりました。……出会った頃の凜と同じ目です。深く傷付いて、それでも誰かを思いやろうとしている目。……僕、そういう人に弱いんですよね。自分で自分を責め続けるような人を、僕は責めません。……いつかその想いが軽くなる事を願うばかりです」
優しく言われ、尊さんは息を震わせながら吐いた。
「……知樹さん、聖人みたいな人だと言われませんか?」
泣きそうな顔で冗談めかした事を言う彼に、知樹さんは軽やかに笑う。
「教師をしていると、色んな生徒を見ます。子供でも嘘をつきますし、徒党を組んでいじめもします。家庭環境から、人を試すような行動しかとれない子、感情を言葉で説明できず、怒りや嘲笑で発散させようとする子もいます。……第三者がいれば『いじめの加害者、被害者』『この子は問題児』と言うでしょう。……ですが、僕は生まれてまだ十年も生きていない子たちが、自分たちの意志でそこまで歪むと思っていないんです。……家庭環境、SNSなどがもたらす情報、〝みんなが言ってるから〟に踊らされて、自分でよく考えずに上辺だけの行動をとろうとします。……だから僕は、人の本質を見ないと駄目だと常に自分に言い聞かせています」
まじめな顔で語る知樹さんは、教育者の顔をしていた。
「大事なのは、受け持っている子供たちがいかにまっさらな状態で教育を受け、将来大人になった時、より良い人生を歩める人になれるか。問題が生じても、どうやって解決していくかを教え、人の間で生きる術を学ばせていくんです。……僕は小学校教諭ですが、人生の土台となる部分を担っていると自負しています。……よく、子供の心は固まる前のコンクリートだと言われます。その時にできた傷は大人になっても消えないまま。僕たち教師は、その傷ができないよう、なるべくフォローして子供の心を守っていくんです」
「教育者って、大変ですね」
尊さんが言うと、知樹さんはニコリと笑う。
「ええ。でもやり甲斐のある仕事です」
コメント
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皆 人が良くて優しいですね…🥹 無理に絆を断ち切る必要は無いけれど、凛さんと尊さんの心の傷は相当に深く そんなに簡単に癒えるものではないと思います。 当面は自分達の幸せや生活を最優先にして、無理に関わりを持とうとしなくても良いのでは…⁉️ まだまだ時間はが必要ですが、凛さんと尊さんの心の傷が少しずつでも癒えていきますように…✨️ そして、それぞれ別の場所でパートナーや家族と共に 幸せに暮らしていけますように🙏🍀