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#怪異
阿炎快空
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#ダークファンタジー
阿炎快空
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阿炎快空
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幸村さんは二人組に、
「ここを塞いだら、その子達を家に送り届けましょう。その後で、最後の門に向かいます」
と声をかけ、一人、鳥居の方へと歩を進めた。
作業員達が、鳥居の周辺からそそくさと退避し、僕らの近くへとやってくる。
幸村さんは鳥居の前に立つと、両手を合わせ、ぶつぶつと呪文のようなものを唱え始めた。
蒼梧は相変わらず、じっと鳥居を見つめている。
「なあ、君」
声をかけてきたのは、角刈りの男だった。
申し訳なさそうな低く抑えた声で、彼は続けた。
「今は辛いだろうが——君の苦しみは、すぐに終わるはずだ」
「そんなわけ——」
——ないだろ、と怒鳴ろうとした僕を、
「まあ聞いてくれ」
と制して、彼は続けた。
「門を全て閉じた後、汐里さんは土地神様の力を借りて、この世界の歪みを正すんだ。すると、連れ去られた君の友達——由宇さんは、もともとこの世にいなかったことになる」
「それは——みんなの記憶から消える、ってことですか?」
いいや、と男が首を振る。
「記憶だけじゃない。世界は書き換えられ、彼女がこれまで生きた痕跡も、全て消滅する。家族や友人も、彼女を喪った悲しみを忘れ、いつも通りの日常へと戻る。記憶を保てるのは、儀式に関わった一部の人間だけだ」
「それじゃあ……僕は?」
「正直、判定が微妙なところだが——土地神様にお願いすれば、記憶を消してもらうことは可能だ」
忘れる?
僕が、由宇を?
——気がつくと、僕はぽつりと呟いていた。
「……記憶を」
「うん?」
「記憶を消さないようお願いすることも、できるんですよね?」
「まあ、できるだろうが——正直、あまりお薦めはしないな」
溜息をつく彼の表情は狐面に隠れて見えなかったが、その声は深い憐みに満ちていた。
「すまないね、こんな事しか言ってあげられなくて」
そう言うと、彼は僕から視線を逸らし、鳥居の方へと顔を向けた。
頭の中に、再び魔女の囁きが木霊する。
——小娘が死ぬのは、あんたのせいだ。
僕は、拳をぎゅっと握りしめた。
角刈りの男が心配する通り、確かにこの記憶を抱えて生きていくのは、とんでもない生き地獄に思えた。
そうこうする間にも、幸村さんの詠唱は次第に大きくなっていき——やがて赤い鳥居が、ぼんやりと白く光り始めた。
発光する鳥居が端々から塵となり、宙に舞って闇に溶けていく。
その瞬間、僕の心は決まった。
僕は地面を蹴ると、鳥居に向けて走り出した。
角刈りの男が、
「お、おい!」
と焦った声で叫んだ。
鳥居は、前方の向かって右側——家と家との間の、細い路地の前に建っている。
そして鳥居から数歩離れたところで、幸村さんは儀式を続けていた。
幸村さんが異変に気が付き、こちらへと顔を向けた。
僕を見るなり、眉をしかめて詠唱を止める。
鳥居を潜るには、幸村さんをどうにかしなければならない。
脇をすり抜けるか――最悪、突き飛ばしてでも——
そんな物騒なことを考えていた僕だったが、実行する前に、僕の首根っこを誰かが掴んだ。
「こら、危ねえだろが!」
茶髪の男だった。
必死に振り切ろうとするが、見た目以上に強い力で、ぐいっと引き寄せられてしまう。
「暴れるんじゃあ——ぐあっ!?」
叫び声と共に、男が僕から手を離す。
つんのめった僕が振り向く前に、蒼梧の大声が耳に届いた。
「先に行けっ!」
どうやら、惚けた状態からは回復したらしい。
ありがとう、蒼梧!
心の中で感謝しつつ、僕は再び走り出した。
「おい!取り押さえろ!」
角刈りの男が、慌てて作業員達に指示を出す声が響く。
一方の幸村さんは、焦る様子もなく、ゆっくりとこちらに向き直った。
かと思えば、何やら両手で複雑に印を結び、小さく何事かを呟く。
途端——幸村さんまであと数歩というところで、僕の体は目に見えない何かに衝突した。
全身にバチリと電流のようなものが走り、背後へと弾かれる。
「うわっ——」
尻餅をつきつつも、僕は痛みを堪え、必死に前方を凝視した。
——見えた。
結界、とでもいうのだろうか?
道全体を塞ぐようにして、幸村さんの前方に、エネルギーの塊が壁をつくっている。
「くそっ——」
僕は立ち上がり、再び結界へと体当たりした。
しかし、結果は先ほどと同じだった。
「諦めなさい」
仰向けに倒れて苦悶の声をあげる僕に、静かな声で幸村さんが告げる。
「あなたの気持ちはわかります。しかし、その辛い記憶も——」
「——忘れるからなんだっていうんだ!」
僕は力の限りに叫んで、上体を起こした。
視界が滲んでいるのは、痛みのせいだけではない。
魔女、幸村さん、『囲』——そして、無力な自分。
全てが許せなかった。
「存在自体が無くなるだのなんだの——そんなの、僕らの——こっち側の、勝手な言い草じゃないか!記憶が消えようが、痕跡が消えようが、彼女はあっち側に——境の世界に、ちゃんと存在してる!魔女に拷問を受けて、あと数時間で無惨に殺されるんだ!そうだろ!?」
「それは——」
幸村さんが口ごもり、その表情が辛そうに歪む。
同時に、結界の力が弱まったのが僕にはわかった。
——幸村さんも、葛藤しているのだ。
ちょうどその時だった。
僕の背後から獣の咆哮のような雄叫びがあがったのは。
空気がビリビリと震え、全身が総毛立つ。
思わず振り返ると、そこには地面に倒れて呻いている『囲』の面々と、空に向かって吠えている蒼梧の姿があった。
どうやら全員、蒼梧に返り討ちにあってしまったらしい。
蒼梧が雄叫びをやめ、こちらに顔を向ける。
血走った眼球に、血管がびっしりと浮きあがった顔面。
いつもの蒼梧とは、まるで別人だった。
身を屈めた蒼梧が、幸村さん目掛けて疾走する。
——速い。
蒼梧の運動神経の良さはよく知っているつもりだったが、それはこれまでとは桁違いの、人間離れした動きだった。
一陣の風と化した蒼梧は、僕の傍らをあっという間に通過した。
バチイッ——結界が火花を散らす音が響く。
一瞬遅れて振り返ると、蒼梧の拳が、弱まった結界へと突き刺さっていた。
結界全体に、少しづつ罅が広がっていく。
「馬鹿な——」
信じられないといった表情で、幸村さんが呟く。
次の瞬間、結界が粉々になって飛び散り——衝撃で、幸村さんは数メートル後方へと吹き飛ばされた。
背中から地面に落ちた幸村さんが、苦しそうに呻き声をあげる。
あの様子では、すぐには立ち上がれないだろう。
「修、行くぞ!」
僕を振り返ってそう声をかける蒼梧の顔は、既にいつもの彼へと戻っていた。
僕は返事をする代わりに立ち上がり、門番の居なくなった鳥居へと駆け寄った。
鳥居の向こうは、あの日と同じ、濃い霧が漂っていた。
崩壊が進み、かろうじて門としての体裁を保っている鳥居を、蒼梧、そして僕の順で潜り抜ける。
門が閉じる寸前、幸村さんが何かを叫んだが、よく聞き取れなかった。
別に構わない。
どうせ、激励の言葉ではないだろう。
ごめんなさい、幸村さん。
きっと、正しいのはあなた達だ。
頭のいい大人だったら、こんな無茶な真似はしないのだろう。
けれども、残念ながら。
僕は馬鹿な中学生で——最悪なことに、恋をしていた。
【第一部・現世侵蝕 完】
コメント
1件
ああ、第一部完結……! 修くんの「記憶を消さない」という決断、本当に彼らしいなと思いました。正論よりも、由宇さんの存在そのものを信じたいっていう。蒼梧くんの豹変シーンも鳥肌ものでした。結界を拳で壊すなんて、普段の彼からは想像できない迫力。幸村さんたちの正しさと、修くんたちの正しさが交わらないもどかしさが、胸に刺さります。この先、二人がどんな選択をするのか、続きが待ち遠しいです!