テラーノベル
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こういうところが美冬が槙野を尊敬しつつ、大好きだなあ……と思ってしまうところだ。
「好きにしていいなんて言われることはないからね、しかも糸目は付けないなんてデザイナーとしては嬉しすぎる案件だな。どんな高いマテリアルでもいいんだよな。愛されてるよ。自信持っていいんじゃない? それにちょっとくらいは付き合ってあげたら?」
──ちょっとくらい? あれってちょっとくらいなのかしら?
一方の石丸はフランス製のレースとかいいよなぁとなんだか嬉しそうだ。
デザインするドレスのお金に糸目を付けなくていい、というのがよほど楽しいことらしい。
美冬の方はフランス製のレースと聞いて背中がぞくりとしてしまった。
一体、いくらのドレスを作るつもりなの!?
「うん、一日しか着ないからね?」
「せっかくなんでいいやつ作ろうな!」
人の話聞いてる?
せっかくの機会なので、美冬は石丸に聞いてみることにした。
「ねえ? 諒は今はいいなあって思う人はいないの?」
いつものように石丸はそういう質問をすると、すん……とした顔になる。
「美冬さあ、ちょっと前までそういうの言われるのすごく嫌がっていたじゃない? 自分が結婚するとなったらそういう質問も平気なわけ?」
「そういう訳ではないんだけど」
「他人に余計なお世話してないで、自分のこと考えなよ」
石丸はため息をついた。
そうして、来客用のソファから立ち上がる。
「今日は気分が乗らない。デザイン室に戻る。美冬も後でおいでよ。コラボ商品が届いているから」
デザイナーの繊細な神経を逆撫でしてしまったのかもしれない。
「うん。ごめんね」
「美冬、僕は美冬のことがすごく好きだ」
「え?」
美冬はどきんとした。
まさに槙野に指摘されたことだったからだ。
「誤解しないでね。それは恋愛感情ではなくて、そうだな……美冬のことは妹のようにも兄のようにも思う」
あ、兄? そこは姉であって欲しいんだけど!
「美冬の気風の良いところは姉ってより兄貴っぽさを感じることがあるんだよね。美冬がずっと恋愛できなかったのもそれだと思うよ。それには気づいてた。美冬より男前な男性なんてあまりいないよ」
男前だと思われてたのか……。
「女の子っぽさよりも、しっかりしているところの方が目につくし、その明るさに負けないような人もなかなかいない。槙野さんはそれを超えられる稀有な人だ」
確かに頼り甲斐、という点では槙野は美冬なんてはるかに超えている。
「綺麗なものを見れば綺麗だと思う。美冬みたいに明るい人はいいなあとも。でも恋愛感情は生まれない。むしろ教えて欲しいよ。僕並みに恋愛になんて興味がなかったはずの美冬がどうして槙野さんをいいと思ったのか」
王子様のような麗しい見た目なのに、石丸は恋愛が分からないというのだ。
──そうか……分からないから恋愛してなかったんだ。
選り好みしているわけではなかったと知って、美冬はなんとも言えない気持ちになった。
「最初は怖かったの……」
部屋を出ようとしていた石丸は足を止めた。そうしてゆっくり美冬を振り返る。
「祐輔って顔が怖いじゃない? それに諒だって知っているでしょ? 最初、シナジー効果が見えない! とか怖い顔して腕とか組んじゃって感じ悪かったわ」
それを聞いて足を止めた石丸はふっと笑った。
「そうだったね」
「でも、面倒見良くて、強くて、優しくて……いろんなところを知っていったら、一緒にいたいなって思ったのよ。お互いに事情はあったにしても」
「ちょっと待って美冬。事情ってどういうこと?」
ん? あれ? 口が滑った?
にっこり笑っている石丸には逆らえない雰囲気があった。
「事情? そんなのがあったとか聞いていないんだけどね?」
「い……言ってなかったかなー」
「聞いてなかったよね?」
笑顔の石丸がすごく怖い。
お人形か二次元的に整った顔で笑ってるのに目の奥が笑っていないのは、相当に怖い。
全ての事情を聞いた石丸は大きくため息をついた。
「会長も美冬も槙野さんも、本当に呆れた。結果オーライだったから良かったものの……」
「だから最初におじいちゃんに会わせたのよ」
その美冬の感覚も間違っていない。
会長である椿がダメだと言えば、それは成功することはおそらくないのだ。
今回の件に関しては、最初に椿会長が槙野の人物を見定めていた。
美冬も会長も槙野も三人とも勘の良さは侮れない。その三人がそれぞれにGOを出した結果がこれなのは、例え最初に事情があったにしても確かに納得の結果なのだった。
「だから結婚までの期間が妙に早かったんだな。お互いに、事情があったから」
その通りではある。
けれど美冬は石丸に誤解されたくはなかった。
「最初はそうだったけど! でも、今は違うよ? 祐輔のこと本当に大好きって思える。ちゃんと婚約者だって思っているから」
「羨ましい」
「え?」
「羨ましいと言ったんだよ。嫌なところも嫌いなところもちゃんと見て、それでも好きだって言える関係にまでなったってことだろう? 羨ましい以外の何物でもないね」
「羨ましい……の?」
石丸は軽くため息をついたあと、美冬が驚くほど華やかな顔で笑った。
「結婚おめでとう、美冬。とてもお似合いだよ。幸せになりなよ」
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