テラーノベル
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美冬は槙野の膝の中でタブレットを見ていた。
槙野は先程から美冬の髪を触ったり、後ろからきゅっと抱きしめたり、胸に触ってぺしっ! と美冬に、はたかれたりしている。
マンションの中で休日を過ごす二人はリビングのソファの上でぴったりとくっつきながら結婚式をあげる場所について、検討していたのである。
ぴったりと……と言うよりも槙野が美冬を足の間に置いて、美冬は槙野を背もたれ代わりにしているような状況なのだけれど。
「ホテルのチャペルとかかなー」
「まあ、それがいちばんいいだろうな?」
「祐輔の都合のいい所があるんじゃないの? 取引先とか……」
槙野は少し考えるような様子を見せた。
「取引先はあるが、決めるなら明確に理由があった方がいいな。むしろ、彼女がここがいいといったので。くらいの」
確かにいくつもある取引先の中からここ、と決めるのであれば、きっちりとした理由付けが必要になるのかも知れなかった。
「ふーん……会場見に行ってみる?」
「確かに。そうだな」
それで、ブライダルフェアとかそんな時に見に行くのかと思えば、槙野はさっさと秘書に電話して、見学の手配をしてしまったのだ。
「美冬、今日の午後からすぐ見に来ていいと言ってる。支度するか」
──早っ!
祐輔のあまりの早さに戸惑うけれど、美冬は最近はそんなのにも慣れてきたように思う。
(この人こういう人だもの)
いいと思えば即座に身体が動く。身体を動かして判断するから会社では部下からの信頼も厚い。
もちろん美冬もなのだけれど、なんとなくそれは分かるような気がしたのだった。
抜かりのない祐輔の秘書が、美冬がタブレットからメールで送ったホテルを何ヵ所か手配してくれていた。
それを二人で見学して、最後のホテルのラウンジでアフタヌーンティーセットをいただきながら、どこがいいかを検討してゆく。
「ここ……かな?」
「二番目のところ、美冬すごく気に入っていただろう?」
それは本当だ。
ホテルの敷地内に素敵なチャペルがあり、迎賓館と呼ばれる建物があって、そこで披露宴ができるということだった。
正直、とっても惹かれた。
「でも、建物同士が遠すぎるわ。お客さまの中にはお年を召した方も多いし、移動は少ない方がいい。ここは建物の横にチャペルがあるし格式もあるもの」
ほっそりとした美冬の手を取った槙野は人目も憚らずにその手に唇をつける。
「うちのお嫁さんマジで出来すぎ。そういうことなら、そうしよう。その優しさに惚れなおす」
こっちはその甘々に戸惑うんですけど。
結婚式の準備は会場、ドレスも含めて順調に進んでいた。
また、コラボ企画の方もSNSなどと連動させながらキャンペーンも順調に進んでいると報告を受けていた。
デパートの店頭でも、企画についてお客様から尋ねられたりすることがあるようで、やはり年齢層が若い方が興味を持っているようだったという話も聞いている。
美冬も『ケイエム』で取り扱うコラボ商品をいくつか見せてもらったが、今までのミルヴェイユと少し違ったデザインも取り入れられていて、面白いなと感じた。
新しいデザインでありながら、それでいてコンサバティブなミルヴェイユの雰囲気は残っていたりする。
これならば、お客様にも楽しんで頂けるかも、と美冬は商品の発売を楽しみにしていたのだ。
商品サンプルの何点かは持ち帰って美冬も自分で着てみたりしている。
そして槙野からはパターンオーダーの話も具体的に進めようと言われていて、今度はそのシステム作りについて、社内で検討を始めているところだ。
そんな中である。
「美冬、ちょっと相談したいことがある」
深刻な顔をした石丸に声をかけられた。
「少し時間をもらいたいんだけど、いい?」
「もちろんよ?」
石丸がこんな風に言うのは時間をきちんと作ってほしいということだ。
美冬は秘書に言って時間を確保してもらった。
そうして時間になって美冬を訪ねてきたのは、深刻そうな石丸と綾奈だったのだ。
コラボ企画で何かあったんだろうか?
二人の雰囲気を見て一気に美冬は不安になった。
「二人でどうしたの?」
二人は社長室のソファに座っても、まだ口を開くことはなかった。美冬に促されて、ようやく話し始める。
「美冬……僕のデザインを盗まれた……」
「え? どういうこと?」
そういうことが起こらないようデザイン室については、他の部署よりもセキュリティを強くしてあるのだ。
「だって、デザイン室のセキュリティは……」
一緒に来ていた綾奈がソファから降りて床に膝と頭をつける。
「美冬さん! 申し訳ございません!」
「綾奈さん……!?」
「すべて私の監督責任です!」
床に頭を擦り付けんばかりにしているので、美冬は慌てて綾奈のそばに行って膝をついた。その肩が震えている。
そっと肩に触れて、顔を上げさせると綾奈はボロボロと涙をこぼしている。
「綾奈さん? どうしたの?」
「うちのスタッフの一人が、石丸さんのデザインをコピーしたのです」
発覚したのは、コラボ商品の納入があって『ケイエム』の店頭に商品を見に行った時だったという。
店頭を見せてもらっていた石丸が見覚えのあるデザインが商品として店頭に並んでいるのを見て、分かったことだったのだ。
確かに以前『ケイエム』の商品は数ヶ月ですべて入れ替わるということも聞いていた。
今回の商品は並んだばかりだったから気づいたことだけれど、売れてしまっていれば、再販はしない『ケイエム』なのだ。分からないことだっただろう。
それだけが不幸中の幸いだったのかもしれなかった。
しかしだからといって、もちろんやっていいことではない。
責めたい気持ちもあるけれど、綾奈が悪いわけでもない。
「商品はすぐに店頭から撤去しています。他にもないか、今確認を進めています」
「分か……りました」
頭が働かない。
「木崎社長は?」
「報告しました。今、うちは『グローバル・キャピタル・パートナーズ』の資本が入っています。そのためGCP(グローバル・キャピタル・パートナーズ)にも相談中です」
「あ……今回のコラボについても、そうだっけ? GCPに確認した方がいいのかな」
その時、秘書がドアをノックする。
「社長、お客様です。槙野副社長と木崎社長です」
「ちょうど良かったわ。入っていただいて」
秘書の案内で社長室に入ってきたのは、真っ青な顔の木崎社長とその後ろに堂々たる雰囲気の槙野だった。
槙野の姿を見ただけで、美冬は力が抜けそうなのだが、グッと堪える。ここでふにゃふにゃしているわけにはいかない。
「椿さん、事情は聞きました」
低くてキリッとした槙野の声。
槙野はこの場では美冬のことをあくまでもミルヴェイユの社長として扱ってくれていた。
「状況を整理したい」
「お願いします」
美冬もお腹にグッと力を込める。
「まず事実だ。盗作があったというのは本当ですか?」
槙野の質問に綾奈が答えた。
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