テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
翌朝。
空は薄曇りだった。
農園のトマトに、
昨夜の雨粒がまだ残っている。
Pizza guyは籠を抱え、
黙々とバジルを摘んでいた。
地下礼拝堂で眠ったせいか、
少しだけ身体が軽い。
だが首筋には、
まだ熱が残っている。
「……面倒くせぇ体」
ぼそ、と呟く。
その時。
背後で、
ぱた、と羽音がした。
「しつこいな」
振り返りもせず言う。
ストリガは石壁の上へ腰掛け、
楽しそうに笑った。
「挨拶くらい優しくしなさいよ」
「吸血鬼に礼儀求めんな」
「偏見ねぇ」
風が吹く。
長い黒髪が揺れ、
金色の瞳が細められる。
だが今日は、
いつもと少し違った。
妙に静かだ。
挑発するような空気が薄い。
Pizza guyは眉をひそめる。
「……なんだよ」
ストリガは空を見上げた。
「今日はお別れに来たのよ」
「?」
「もう帰ろうと思って」
さらりと言う。
「またあなたが死ぬ頃に来るわ」
「縁起でもねぇな……」
だがストリガは笑うだけだった。
吸血鬼にとって、
人間の寿命なんて瞬きみたいなものだ。
その感覚が、
少しだけ腹立たしい。
「……」
沈黙が落ちる。
ストリガはしばらくPizza guyを見ていた。
観察するみたいに。
不思議そうに。
やがて、
ぽつりと言う。
「ねぇ、人間」
「なんだよ」
「あなた、本当にこのままでいいの?」
Pizza guyが顔を上げる。
ストリガは頬杖をつきながら、
静かに続けた。
「ひとつ、教えてあげる」
金色の瞳が揺れる。
「ノスフェラトゥの血を飲めば、あなたも吸血鬼になれるわよ」
「彼と同じ、“怪物”に」
風が止まった気がした。
Pizza guyの手が止まる。
「……は?」
ストリガは肩をすくめる。
「古代種の血は特別なの」
「完全な変異には条件がいるけど、あなたなら多分すぐ馴染む」
「毒、かなり回ってるもの」
冗談みたいに言う。
だが目は笑っていない。
「吸血鬼になれば老いない」
「飢えはあるけど、死なない」
「永遠に一緒にいられる」
その言葉が、
妙に胸へ残った。
永遠。
死なない。
ノスフェラトゥと、
ずっと。
頭のどこかで、
地下礼拝堂の音が蘇る。
“ずっと飢えているだけだ”
“だから、お前の作る食事は嫌いじゃない”
あの静かな声。
「……」
Pizza guyは黙り込む。
ストリガは小さく笑った。
「悩む顔するのね」
「いや……」
喉が渇く。
「そんな簡単に言うなよ」
「簡単じゃないわ」
ストリガの声が少し低くなる。
「吸血鬼になるって、“飢え”になることだもの」
彼女は石壁から降りる。
ゆっくり近づき、
Pizza guyの胸元を指先で軽く叩いた。
「あなた、今でも禁断症状で苦しんでるでしょう?」
「……っ」
「それが永遠になるの」
金色の瞳が細まる。
「人間の食事だけじゃ満たされない」
「血を欲しがる」
「壊したくなる」
「食べたくなる」
その声は、
どこか寂しかった。
まるで自分自身へ言っているみたいに。
「ノスフェラトゥは多分、あなたに勧めないわ」
「どうして」
「愛してるから」
即答だった。
Pizza guyの心臓が止まりそうになる。
ストリガは苦笑した。
「自分と同じ飢えに落としたくないのよ」
「……」
「でも同時に、あなたが死ぬのも耐えられない」
風が吹く。
長い髪が揺れる。
「だからあいつ、これからどんどん壊れるわ」
その言葉は、
妙に静かだった。
そして。
ストリガは数歩下がる。
「じゃあね、ピザ屋さん」
「……」
「最後に忠告」
彼女は笑った。
いつもの妖しい笑み。
「“永遠に一緒”って、そんな綺麗なものじゃないわよ」
黒い霧が舞う。
身体が少しずつ溶けるように消えていく。
消える直前。
ストリガは小さく呟いた。
「……でも、少し羨ましい」
その声だけが残った。
静寂。
風が農園を揺らす。
Pizza guyはしばらく動けなかった。
手の中のバジルを見つめる。
吸血鬼になる。
ノスフェラトゥと永遠に生きる。
その選択肢が、
頭から離れない。
その時。
背後で、
土を踏む音がした。
「……何を言われた」
低い声。
振り返ると、
ノスフェラトゥが立っていた。
赤い目が静かにこちらを見ている。
だがその奥には、
隠しきれない不安が滲んでいた。
まるで。
答えを聞くのが怖いみたいに。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
10,618