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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

53 - 始めるために、終わりにしよう。それがどんなに辛くても……ぐすんっ①

2025年09月16日

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アシェルの腕の中で気を失ったノアは、夢の中をさまよっていた。



明け方なのか夕方なのかわからない暁と藍が混ざり合う空間で、ノアはてくてくと歩く。


誰かが泣いているのだ。壊れてしまうんじゃないかと心配するくらい悲痛な声を上げているから、どうしたの?と声をかけてあげたい。


ふわふわとする地面を歩を進めるたびに、泣き声はどんどん大きくなっていく。


歩調を速めた先に、しゃがみ込んでいる少女を見つけ、ノアは小走りにそこに向かった。


「あの」

「……ごめんなさい……ごめんなさい」

「えっと、もしもし」

「ごめんなさい、ごめんなさい。どうか許して」


少女は泣きながら、謝罪の言葉を紡いでいる。


しかしそれは、ノアに向けてのものじゃない。少女はノアが声を掛けても、こちらをチラリとも見ようとしない。完全なるシカトである。


(戻ろっかな)


心の隅でそう思うノアだが、ここは夢の中。現実世界ではないから戻りたくても、どこに行けばいいのかわからない。


それに、やっぱり泣いている少女を見捨てることはできない。


「あのぉー……どうされ……っ!?」


また無視をされないよう少女の肩に手を置いた瞬間、ノアは息を呑んだ。


(あ、この人、もう一人の私だ)


手のひらに軽い衝撃が走った瞬間、少女の記憶が怒涛のように流れ込んできて、ノアは全てを理解した。


人となり、短い生涯を終えた精霊姫の魂は、しばらく人間界に留まり、愛する男の傍にいた。


だから知ってしまったのだ。二人だけの恋の結末が、愛する男を縛る呪いになってしまったことを。


娘の死を嘆き、悲しんだ精霊王は、遣る瀬無い気持ちを人間への憎悪に変えた。


娘を奪った人間が憎い。人間なんかがいるから、娘は死んでしまった。人間など消えてしまえばいいと、ガチで怒り狂った。


純愛から一変して、人類滅亡の危機になってしまった事態に、精霊姫の恋人だった男は焦って、困って、頭を抱えて──怒りをおさめてもらおうと必死に説得した。


しかし男は、絶対に謝罪しなかった。


男にとって精霊姫との恋は、一生に一度の特別なものだった。誰かに頭を下げなければならない罪深いものではものではなかったからだ。


たとえそれが精霊王の怒りを助長するものであっても、どうしても譲れなかった。それで殺されても、仕方ないと思えるほど。


その信念が伝わったのかどうかはわからないが、精霊王の怒りは全人類から、男一人に縮小した。


『娘が生まれ変わるまで、子々孫々に至るまでこの地で精霊たちに尽くせ。そして娘が約束通り人として生まれ変わったのなら──その時は命ある限り娘に尽くせ』


精霊王は男にそう告げた。怒りと悲しみを綯い交ぜにした低い声で。


それから男は一つの国を作った。精霊たちが悪いものに脅かされないように。ここが精霊たちにとって、最後の楽園になるように。





「……私はそんなこと望んでいなかったの」


精霊姫は、嗚咽交じりに言った。


えっぐえっぐとしゃっくりをあげて、溢れ続ける涙を手の甲で拭いながら言葉を続ける。


「私はただの人になって、あの人にまた会いたかっただけなの。同じものを見て、感じて、何気ない日常の中で笑い合って、時には喧嘩して、仲直りして、また笑って。そんなことを繰り返して同じ速度で年を重ねていきたかっただけなの」


精霊姫の記憶を覗いて、彼女の願いを聞いて、ノアはみんな自分勝手だなと思った。


大事なことを伝えずに死んでしまった精霊姫も、怒りを押し付けた精霊王も、我を通した初代国王も。


みんなみんな自分勝手だ。でも、そこに悪意は無かった。誰かを想う気持ちしかなかった。


ノアは、未だメソメソ泣いている精霊姫をぎゅっと抱きしめる。


「泣かないでください」


務めて優しい口調で囁いた途端、精霊姫はびくりと身を強張らせた。


「え?……あ、あなた……っ……どうしてここに!?」


どうしてと聞かれたって、こっちが教えて欲しい。


などとつい憎まれ口を叩きなりそうになる自分をぐっと堪えて、ノアは顔を上げてくれた精霊姫ににっこり笑みを浮かべた。


「はじめまして、ノアです」

「……私は、ニヒ」


もともと一つの魂なのかもしれないが、自己紹介は大事だ。


精霊姫は、とても可憐で美しい少女だった。


月明かりのような深みのある銀の髪。憂いを帯びた青紫色の瞳。陶器のようなつるりとした肌に、花びらのような小さな唇。


人間が精霊を描こうと思ったら、お手本にするような容姿だった。とどのつまり、ノアとは全く違う。


ノアは、それが嬉しかった。これっぽっちも似ていないのなら、今思っていることが精霊姫が持つ感情ではなく、自分だけの感情だと確信を得ることができるから。


「ニヒさんの記憶を見せてくれてありがとうございます。……あの、えっと……ニヒさんが泣いている理由も良くわかりました」


と言ってみたけれど、たぶん全部は理解できていないのだろう。


実際に自分は誰かと死に別れたこともないし、死んだ後に望まぬ展開になったことも、自分の力じゃどうすることもできない状況に陥ったこともない。


何よりニヒみたいに、号泣するほど激しく後悔することだってなかった。そうならない選択を、ずっとしてきた。


だからやっぱり、ニヒの気持ちを理解できていない。


そんなノアでも、既に決めていることがある。


後でどんな事実が出てこようとも、それを選ばなければ、きっと後悔するものだ。


「ニヒさん、あのですね」

「うん」

「私が全部終わりにします」

「……え?」


きょとんとするニヒと、にんまり笑う自分。


全く違う表情になって、ノアはこの決断が誰の影響も受けていないものだと実感する。


「私ですね、今、諸般の事情であなたが愛した人が作ったお城にいるんです。でもってその人の子孫と婚約者の状態にいるんです」

「へ、へぇー」


ニヒが曖昧に頷いてしまうのは、自分の説明に問題があるのだろう。


でもこれ以上上手く説明ができないから、ここは無理矢理にでも納得してもらうしかない。なにせ重要なのは、この続きだから。


「でも私はその人とは結ばれません。ニヒさんのお父さんには悪いですけど、私はお城を去ります。だから安心してくださいね。ニヒさんの愛した人の子孫を縛るようなことにはなりませんから」


一気に言い切った後、ノアは笑った。


この決断が最良だとは思わない。他にもっといい案だってあるだろう。もしかしたら、無意味に終わるかもしれない。


でも、娘のニヒが壊れるほど泣いて訴えているというのに、父親である精霊王に届かないということは、言葉で説得したって無理なのだろう。


だから強硬手段に出るしかないと、ノアは結論を下した。


笑みを浮かべながら、鼻の奥がつんとした。胸を鋭い爪で引っかかれたような痛みが走った。


けれどノアは、全部全部、気付かないフリをした。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

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