テラーノベル
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ギシ、ギシ、と鉄のタラップが不気味な悲鳴を上げる。
錆びついた手すりを掴みながら甲板へ踏み出すと、潮風の匂いに混ざって、ツンとする強烈な薬品と鉄の匂いが鼻を突いた。
「気をつけて登っておいで。ここはもう、普通の人間が立つ場所じゃない」
頭上から校正者の声が降ってくる。
見上げると、彼の掲げるランタンの光が、濃霧の中で不気味な円を描いていた。
操舵室へと続く重い鉄扉を開けた瞬間、突風とともに大量の「紙片」が吹き出してきた。
操舵室の中は、天井から床までびっしりと、古びた原稿用紙や新聞記事の切れ端で埋め尽くされていた。
羅針盤も、操舵輪も、すべて黒いインクの文字に侵食されている。
『寒い』『助けて』『帰りたかった』――。
そこに書かれているのは、かつてこの海で消えていった人々の、行き場のない言葉の群れだった。
それらが生き物のように蠢き、僕の足元から這い上がってこようとする。
「これが、僕が毎日向き合っている『誤字』の山だ」
操舵室の中央、羅針盤の前に立つ校正者が、冷ややかな瞳で僕を見つめていた。
「間違った記憶、歪められた過去。放っておけば、これらは現実の歴史すら書き換えてしまう。尊はいつも、自分の命を削りながらこの不必要な文字を『削り落として』いたんだ。君にその作業ができるかい?」
校正者が鉄筆をかざすと、足元の紙片が一斉に裏返り、鋭い刃物のような紙の波となって僕へ襲いかかってきた。
「くっ……!」
僕は咄嗟に腕で顔をかばいながら、ポケットからルービックキューブを取り出した。
カチリ、カチリと激しく回転するキューブ。
「消すだけが……校正じゃないはずだ!」
僕は叫んだ。
「あの人は、ただ文字を消していたんじゃない! 不要なノイズを消しながら、残された人たちが前を向けるように『正しい物語』を書き足していたんだ!」
『――その通りですよ、助手くん』
不意に、脳裏に黄泉國さんのあの呑気な声が響いた。
『間違いを指摘するだけの校正なんて、ただの意地悪ですからね。そこに愛ある「直し」を入れてこそ、一流の編集者というものです』
手の中のキューブが、眩いばかりの緑色の光を解き放った。
光の波が操舵室を包み込み、襲いかかってきていた紙の波を、一枚、また一枚と穏やかな光の粒子へと変えていく。
暴れていた文字たちは、静かに朝の空へと溶けるように消えていった。
静寂が戻った操舵室で、校正者はぽかんと口を開けていたが、やがて「ははっ」と短く乾いた笑声を漏らした。
「……消すのではなく、受け入れて整える、か。あいつ、君に本当に良いことを教えたんだな」
校正者は手に持っていた鉄筆をポケットに仕舞うと、羅針盤の台座から一枚の折りたたまれた紙を取り出し、僕に手渡した。
「約束通り、三枚目の『初稿』だ。尊が命を懸けて集めようとした、彼自身の始まりの物語……持って行きなさい」
受け取った紙には、またしても黄泉國さんの赤字で、次の目的地を示す記号が刻まれていた。
「ありがとう……」
僕が深く頭を下げると、校正者はランタンを小さく振った。
「旅を続けなさい、執筆者くん。十一人の記憶が集まった時、君はきっと、尊がなぜ姿を消したのか……その本当の理由を知ることになる」
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ねぇみんなぁひまぁ
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コメント
3件
みぅです🤍🥀 第19話、読み終わりました……。 「消すだけが校正じゃない」ってセリフ、すごく刺さりました。黄泉國さんの言葉ともリンクしてて、この物語のテーマがちゃんと一つに繋がってる感じがして。ルービックキューブで紙の波を光に変えるシーン、映像が浮かぶようで綺麗だったな。 それにしても、校正者が「君に本当に良いことを教えたんだな」って言ったところ、なんかじんわり来ました。尊さんが命懸けて集めた“初稿”、次はどこへ連れて行かれるんだろう……続きがすごく気になります🌙 誤字報告、了解です📝