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「ん、何? 焦げ、くさい……」
「起きたか、ねぼすけ」
ここがどこだか、わからない。
今が何時で、なぜ寝ていたのか、霧がかった頭では何もかもが不明瞭だ。
それでも彼女は目覚めた。
ベッド代わりの硬い地面。子供のように地べたで寝そべっていたらしい。あちこちが土まみれだが、今は異臭が気になって仕方ない。
自身を罵った声については聞き覚えがある。
生意気な双子、ミイトかモルカカだ。残念ながら声だけでどちらか判別出来ないのだが、そんなことはどうでもよかった。
何が焼けている?
落ち葉の類ではない。吐き気すら伴う悪臭だからだ。
思考は晴れずとも、この刺激臭には覚えがあった。
一年以上も遡らなければならなくとも、鼻腔がハッキリと覚えている。
何もかもが燃えていた。
愛着のあった、ぼろぼろの我が家も。
嫌いな男子が住んでいた隣家も。
男も。
女も。
子供も。
老人も。
山脈の小さな奥底で、ひっそりと住んでいた自分達が炎に包まれ焼かれていた。
「まさか!」
寝ている場合ではない。
リリはそう主張するように、黄色い髪を振り乱して体を起こす。
隣には予想通り、生意気な双子の片割れが寄り添うように立っていた。
オレンジ色の髪を頭頂部で団子のように丸めており、当人達はかわいいと思っているのだろうが、事実確かにかわいらしい。
表情に乏しいその顔は、普段と異なり神妙だ。弓を握るその手にも、ありえないほどの力が込められていた。
「リリ、手間が省けたよ。あいつらの方から現れやがった」
最小限な説明だ。
しかし、モルカカの発言はリリに状況把握を終えさせる。
「そう、ここが私達の死に場所。ミイト、あたいらもいくよ」
「あたしはモルカカ。ミイトはもう……」
ここはジレット監視哨。王国軍が常駐する軍事拠点であり、大森林の最東部に位置する。
二人の魔眼に映り込む、多数の炎。それは轟々と瓦礫を焼いており、練習場を兼ねたグラウンドもあちこちが黒焦げだ。
咳き込みたくなるほどの、煙たい匂い。条件反射のように涙が溢れそうになるも、二人は一滴も流さない。
多数の死体に囲まれて、人間と人間が戦っている。
眼をそむけたくなるような劣勢であろうと、殺し合いは今なお継続中だ。
真っ赤な火がゆらゆらと踊っている。
真っ赤な鮮血が、大地を赤く染めている。
ここには救いなど、ない。
強者が弱者を葬る。
この世界の縮図、そのものだ。
◆
時間はわずかに遡る。
仰々しいその建物は、軍人のための要塞だ。
正しくは、イダンリネア王国を守るための最前線基地であり、先制防衛軍がローテーションで派遣、常駐する。
頭上を見上げれば、大空は透き通るような青色だ。刻一刻と日没が近づいてはいるものの、その足音はまだまだ遠い。
軍人と魔女。相容れないはずの両者が、試合という形式で腕を競った。
結果は隊長の圧勝だ。実力の差を見せつけたと言っても過言ではない。
殺し合いではないからこそ、戦闘は大いに盛り上がった。
しかし、勝敗が決した以上、軍人達は持ち場に戻らなければならない。巨人族の襲撃がいつ起こるかなど、前もってわかるはずもないのだから。
彼らは油断などしていなかった。
突発的に開催された催し物に対して、感想を述べながらも気を引き締めた矢先のことだった。
ジレット監視哨は、バース平原とジレット大森林を繋ぐ関所のような場所でもある。
東には比較的平和な草原が広がっており、こちら側を警戒する必要はない。
ゆえに、西の森を監視することが彼らの任務だ。
魔物の多くが縄張りから動かないものの、巨人やゴブリンは例外ゆえ、それらの大移動には備えなければならない。
その行為を嘲笑うかのように。
もしくは、踏みにじるように。
始まってしまった。
腕に覚えのある軍人達でさえ、彼女らの接近には気づけない。それほどの走力ということであり、先ずは門番を務める男女が一瞬にして排除される。
虐殺は止まらない。
ある者は顔を潰され、ある者は蹴り殺される。
圧倒的な暴力だ。
迎え撃つために剣を振り下ろそうと、当然のように空振ってしまう。天と地ほどの差がある以上、反撃すらもままならない。
彼女らは数の上では劣勢であっても、それを感じさせないほどに軍人達を屠り続ける。
周囲が無人となった以上、状況把握は必須事項だ。
六人の襲撃者は、ただの跳躍で建物の屋上に上ってみせる。
彼女らは全員が魔眼の持ち主だ。その瞳で壮大な景観を渡すも、十二個の瞳は眼下の空き地に獲物を捉える。
「やーっとババアの許可が出たからってんで攻め込んでみたけど」
「王国軍ってことの程度なんだ~、ざっこ」
「数も少なくない?」
「まだ二十人しか殺せてない」
「ふん」
偽りのない感想だ。
魔女の里を滅ぼした時ほどの高揚感は得られていない。
つまりはそういうことであり、それぞれがそれぞれの言葉で愚痴る。
そんな中、リーダー格の魔女だけは責務に忠実だ。
「王国軍だけじゃない。なんで魔女がここに? 王国にもいるの? それとも、あの時の生き残りかしら? みんな、青髪のちゃらっぽい男だけは侮らないように。強くはないけど、多分、弱くもない」
赤髪の女が驚く通り、真下のグラウンドには軍人だけでなく魔女が四人も居座っている。軍服を着ておらず、出で立ちはこの六人と大差ない。
そうであろうと、やるべきことは確定済みだ。
「どうせ全員ぶっ殺す!」
「そーでーす」
「余裕っしょー」
「あのおっさんは壊しがいがありそう」
「ふん」
遊びに来たわけではない。
イダンリネア王国を滅ぼすための足掛かりとして、ここを一掃するつもりだ。
つまりは殺す。
一人残らず、殲滅する。
そのためのアプローチはいくらでも思い浮かぶのだが、その魔女が選んだ手法は非情だった。
「そう……ね。オリガ、先ずはここを更地にしなさい。私は一旦下がって、逃げる奴がいたら個別に始末する」
「あいよ」
このやり取りをえて、六人は五人へその数を減らす。赤髪の魔女が宣言通りにその場から後退したためだ。
同時に、短髪の女が古傷だらけな右腕を突きあげる。髪は雪のように白く、対照的に半袖のニットとホットパンツは共に黒一色だ。
オリガと呼ばれた魔女の動作が何を意味するのか、第三者には知る由もない。
しかし、彼女が白く輝きだしたことから、予想の難易度はぐっと下がる。
「魔法で……」
「何をするつもり?」
青髪の男が隊長のマーク。巨漢ではあるのだが、その肉体はどちらかと言えば細身だろうか。
それでも最低限の筋肉を備えており、その腕力は人間一人をヌンチャクのように振り回すことが可能だ。
誰よりも長い黒髪が副隊長のコッコ。鋼鉄製の両手剣を携えており、その重量ゆえに本来ならば大人でさえ持ち上げられない。
しかし、彼女は右腕だけで構えており、その切っ先はぶれることなく屋上へ向けられている。
二人は地上から敵の姿を見上げるも、今は立ち尽くすことしか出来ない。
可能ならば迎え撃ちたいのだが、地の利は魔女の方にあり、ましてやその内の一人が魔法の詠唱に取り掛かってしまった。
出来ることは、せいぜいが身構えるくらいか。出方を窺いながら、魔法の発動を見守るしかない。
その悪手を嘲笑うように、魔女が準備を整えてしまう。
「片っ端から死にやがれ。グラットン」
五秒間の詠唱が終わる直前、オリガがその名を口ずさむ。
グラットン。上位に位置する攻撃魔法の一種。頭上に巨大な岩をいくつも作り出し、それらを隕石のように地上へ落とす。
その破壊力は絶大だ。
そうであると、次の瞬間に実演される。
太鼓の音を聞いて、軍人達が次々と建物の中から飛び出すも、間に合わなかった者達は助からない。
あっという間だ。
石造りの巨大な軍事基地が、降り注ぐ岩達に押し潰され、削られ、砕かれる。
屋根も。
壁面も。
支柱も。
その全てが連鎖するように倒壊した。
その場に居合わせる全員を怯ませるほどの爆音と、目を閉じたくなるほどの砂ぼこり。
グラウンドに残っていたマーク達と、避難が間に合った軍人達は、ただただ立ち尽くすことしか出来ない。
果たして、何人の部下達が巻き込まれてしまったのか?
隊長は己の無力さを噛みしめながら考えてしまう。
その数は少なくないはずだ。周囲には副隊長のコッコと魔女四人以外に、十数人しか見当たらない。
しかし、望みはまだある。埋もれながらも息をしている者達がいるだろうと考え、一歩を踏み出したその時だった。
「ゴミ掃除は念入りに、だ。おまえら、今回はどいてな」
声の発生源は瓦礫の中から。
そうであると裏付けるように、五人の魔女が残骸を押しのけ姿を現す。
同時に、その内の四人がその場から去るも、白髪の魔女だけは動かない。
グラットンという強力な魔法で、仲間だけでなく自身さえも巻き込んだ。足元の建物を破壊する以上、着弾地点に立っていれば当然の結果だ。
基地の倒壊時に魔女達も落下したが、汚れただけで外傷は見当たらない。
そうであろうと、次の一手は例外だ。オリガが新たな魔法を発動させるよりも早く、四人は避難を選んだ。
二手目の詠唱は、先ほど同様に五秒。長くはないが短くもない、そんな時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
「インフェルノ」
希望を刈り取るように。
弱者を嘲笑うように。
白髪の魔女は両腕を組んだまま、手続きを完了させる。
その結果が真っ赤な火柱だ。取り壊された建築物の四方に、巨大な炎が四本、噴火するように出現した。
触れることは当然ながら、近づくことさえためらわれる。
それほどまでに熱い。離れていても圧迫感を抱くほどの柱ゆえ、炙られる覚悟がなければ歩み寄ることさえ困難だ。
インフェルノ。攻撃魔法の一種。上位に位置するこれは、火の属性を司る強力な殺傷手段であり、火柱を生み出すだけの魔法ではない。
「全部燃やす!」
白髪の魔女が苛立つように叫ぶ。
それを合図に、状況は一変してしまう。
四本の業火が、引き寄せられるように中心へ向かいだす。
そこには詠唱者でもあるオルガが笑顔のまま立っており、合流した炎が彼女をあっさりと飲み込んでしまう。
地獄のような光景だが、この魔法はまだ終わらない。
次の瞬間、肥大化した火柱がその密度に耐えかねて、炎を四方へ分散させる。
地面も。
倒壊した建物も。
魔法の使い手さえも、例外なく焼かれている。
つい先ほどまでは、無機質な土地だった。ジレット大森林を背に、関所としての機能を併せ持った軍事拠点だったのだから、殺風景な景観はむしろ当然か。
しかし、今は真っ赤に燃えている。
この状況には、生き残った軍人達も息を飲むしかない。
「なんて、ことだ……」
隊長のマークは誰よりも困惑してしまう。
鼻腔を刺激する強烈な異臭は、少なくとも三種類が合わさった産物だ。
焦げる大地。
溶ける瓦礫。
そして、肉が焼ける際の、食欲をそそるあの匂い。
建物の倒壊に巻き込まれた軍人達が、瓦礫に埋もれたまま丸焼きにされてしまった。
グラットンの大岩に潰された死体であろうと。
建物の崩壊後に圧迫死した者も。
そして、生き残っていた者は這い上がることすら叶わぬまま、例外なく黒焦げの焼死体に調理された。
その数は十や二十では済まない。
それをわかっているからこそ、隊長は眩暈を覚える。
生存者はゼロではない。
自身を含めれば十人以上は数えられるものの、第四先制部隊の総数は八十人。
つまりは、瞬く間に六十から七十人ほどが殺されてしまった。
あまりに悲惨な被害規模だ。
この世界には傷を癒す魔法はあれど、死者を蘇らせる手段は見つかっていない。
つまりは、死んだ部下達は蘇らない。
この事実が、マークから戦意を消し去る。
怖気づいたという意味では、周りの軍人達も同様だ。辛うじて生き残れたが、この惨状を目の当たりにした以上、どうしても足が震えてしまう。
唯一の希望は、敵の数が一人減ったことか。
オリガと呼ばれたその魔女は、自分の魔法で今も焼かれている。
立ったままの丸焼きだ。頭を前後させ、体を捻っている理由は、悶え苦しんでいるのだろう。
その予想は、あっさりと覆させてしまう。
「ひゃはは! 熱い! アツイ! こうでなくっちゃ!」
悲鳴のような笑い声。発生源は、炎の中からだ。
このタイミングで、他の魔女が再集結を果たす。
「サドなのかマゾなのか、ほーんと謎」
「オリガちゃん楽しそー」
「案外生き残ってる」
「ふん」
建材が積みあがった小山の上で、魔女達が地上を見下ろしている。
現在進行形であちらこちらが延焼中だ。足の踏み場などないはずだが、五人は二本の足でしっかりと自立出来ている。
「ふぅ、楽しめたぜ」
まるで埃を払うように、その魔女は自身の炎を吹き飛ばす。
黒い衣服は焼け焦げており、脱いだら二度と着れない程度にはボロボロだ。
当然ながら、顔面も含めて全身が焼けただれている。重度の火傷ゆえに命に関わるはずなのだが、オリガの笑顔は崩れない。
自分ごと、この地を焼却してみせた。狂人ゆえの破天荒な破壊行為だ。
その甲斐あって、彼女らの目論見は成就した。
ジレット監視哨の壊滅。
もはやここは軍事拠点ではない。活動の要となる建物が木っ端微塵に砕かれた以上、軍人達に残された選択肢は撤退のみだ。
しかし、魔女はそれすらも許さない。
「残りも俺がやっちゃうぜ?」
「ダメに決まってるじゃん。馬鹿なの? こいつらはワタシに譲りなさいよ。かわいいかわいい、マリリンちゃんにね」
オリガの提案を否定するように、別の魔女が一歩を踏み出す。
共闘こそがベストのはずだ。
にも関わらず、獲物の独占を欲してしまう。自信の表れであり、同時に退屈しのぎも兼ねている。
「ち、しゃーねーか。譲ってやるよ」
力関係は対等のつもりだが、オリガはあっさりと引き下がる。上位魔法を二発撃ち込んだことによる満足感も去ることながら、年下らしく年長者を敬った。
「みんなもいいよね? マリリンちゃんが一番かわいいんだし」
この問いかけに対し、異論は出ない。
ゆえに、マリリンと呼ばれた魔女が、瓦礫の上でゆっくりと歩みを進める。
五人の中で最も小柄ながら、あふれ出る殺気は遜色ない。
薄紫色の髪を両耳付近で束ねており、俗に言うツーサイドアップという髪型だ。
着ている衣服は、ダボっとした麦色のチュニック。一見すると華やかながらも、凝視するとツギハギだらけ。裕福でないことは間違いない。
瞳の虹彩部分に赤色の線で円が描かれており、彼女の瞳も当然のように魔眼だ。
もっとも、マリリンの外見的特徴がその瞳の異質さを打ち消してしまう。
言い換えるなら、それ以上に目を見張る部位があるということだ。
それは、彼女の顔面。他の四人もそうなのだが、マリリンに関しては古傷の数が尋常ではない。
額。
右頬。
左頬。
鼻。
顎の下。
至るところに、切り傷のような何かが上下左右に走っている。
魔物の爪に切り裂かれたのか?
刃物で斬られたのか?
どちらにせよ、痛ましいほどの傷跡だ。
普通ならば、ありえない。この世界には回復魔法が存在しており、魔療系の人間に頼めば治療はあっさりと完了する。
そのはずだが、マリリンの顔には無数の古傷が残ってしまっている。
それさえなければ、この魔女は可愛らしい顔立ちだったのだろう。自称するほどには、自慢の美貌だ。
「髪もやっと伸びてきたし、これからもっとかわいくなるの」
魔女は歩く。
紫色のミドルヘアーを揺らしながら、生存者の元へ歩み寄る。
話し合うためではない。
ジレット監視哨を通過するためでもない。
一方的に殺すためだ。
そうであろうと先ずは挨拶から始まる。
もっとそれは、一方的な情報開示でしかない。
「はーい、こんにちは。五十三番の栄えある裏方、かわいいかわいいマリリンちゃんでーす。あ、あんた達は名乗らないでいいから。興味なんてないし」
瓦礫とその下に埋まる焼死体を踏みしめながら、女は名乗りを上げる。
しかし、返答など待たない。やるべきことは明白ゆえ、淡々とその命を奪うだけだ。
「うん、周囲に逃亡者はなし。だけどティットスは後ろで待機したまま……。はぁ、相変わらず真面目なことで。だったらこっちはこっちで楽しんじゃおっと。やっちゃえ、タビアガンビット」
独り言の終了と同時に、虐殺は再開される。
標的は、彼女から見て最も左に位置する、怯えた女軍人だった。
何の前触れもなく、その女性は爆発に巻き込まれた。
爆弾を抱えていたわけではない。
足元に地雷の類が設置されていたわけでもない。
それでも爆音と風圧は本物であり、軍人は悲鳴すらあげられずに絶命する。
部下の身に何が起きたのか?
副隊長のコッコは唖然としながらも言い当てる。
「既に飛ばしてた? こいつは探知系」
探知系は戦闘系統の一つであり、実は冷遇されている。
なぜなら、戦闘時に役立つ戦技ないし魔法を習得することが叶わないからだ。
その名の通り、周囲の索敵に特化した役割であり、視力の強化や自身の気配を薄めることが出来る。
そして、タビヤガンビットと呼ばれる戦技こそが、探知系における切り札と言えよう。
幻影のような、緑色の鳥を生成。それを使役し、空から周囲を見渡すことで探索に役立てる。
実は、それだけではない。
この鳥は同時に爆弾でもある。標的にぶつけるだけで爆破できるのだから、狙われた側はたまったものではない。
「正解! かわいいかわいいマリリンちゃんは探知系でーす。自己紹介も済んだことだし、ここからはビシバシ! 殺してあげるね」
茶化すような言い回しだ。
しかし、本心であることに変わりない。
タビヤガンビットで一人殺したとは言え、眼前には十を越える軍人が立ち尽くしている。
加えて魔女が四人もいるのだから、数の上では完全に劣勢だ。
それでも仲間の加勢を拒否した理由は、単なるわがままか。
もしくは、自信の表れか。
「イーヒッヒ!」
腰から下げた鞘から短剣を引き抜くと同時だ。マリリンが嬉しそうに駆けだすと、次の瞬間には新たな死体が出来上がる。
その軍人は、顔、胸、鳩尾の順に三か所を刃で刺された。
無防備ではあったが、自身が狙われているとわかっていれば、身構えるつもりでいたのだろう。
しかし、それすらも間に合わない。
魔女の動きはそれほどまでに速く、敗者は三か所の傷口から出血しながら、力無く崩れ落ちる。
炎に包まれたここは、ジレット監視哨。イダンリネア王国から遠く離れた、重要な前線基地。
長年、巨人族の侵攻をここで阻止してきた。
常駐する軍隊は第四先制部隊。魔女の護衛にも携わった、優秀な八十人。
しかし、その数はあっという間に減らされた。
生存者はたったの十人そこら。
もはや風前の灯火だ。
彼らは非力な民ではない。祖国を守るために研磨し、巨人族との戦争に耐えうるほどの強さを身につけた。
それが何だ? そう嘲笑うように、魔女が一人、また一人とその命を摘み取る。
跡形もなく破壊された、彼らの基地。轟々と燃える光景は、ここが地獄であることの証か。
闘争を求める者にとっては理想郷なのだろう。
少なくともその魔女は、誰よりも活き活きと軍人を殺している。