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古びたネジで動くカラクリみたいな彼を、そっと支える。
すると、差し出した手をそっと握られる。
「え…?」
思わず驚きを漏らしてしまう。
角張った大きな手が何も言わずに、包んでくる。
私の手を握りながら、もう片方の手は床で彼自身を支えている。
「どうして握るの…?」
私は戸惑いながらに聞く。
彼は、地面と向かい合わせに目を閉じたり開けたりしている。
その動作に意味はないように見える。
「ねえ聞いてる?こんなこと、初めてなんだけど?」
反応は帰ってこない。
未だ輝きの失われた目。無表情で変わらない彼。
これはもう、何かを表現しているのではないか。
そう思うまでに、彼は彫刻のような完成品に見える。
「はぁ…もういい?」
私は彼から手を引いて、立ち上がる。
あっさりと離れて垂れる手に、寂しさを感じたような気もした。
それを振り払って、彼に話す。
「とにかく、あなたは怪我してるかもしれないから次の授業は休んでてね」
立ち上がろうとしない彼に、手を差し伸べる。
「ほら、早く立って。いつまでもこのままじゃいけないでしょ?」
彼の表情は俯いていて見えない。
せめて、yesかnoか、意思表示をして欲しいものだ。
彼の視界に映るように、手をパタパタと動かす。
ようやく気付いたのか、私の手を取り、弱々しく立ち上がる。
「もう大丈夫?いやダメか。怪我してるなら保健室に行ってよね」
私が手を離しても、彼は自立出来ていた。
「一人で行ける?」
その言葉に彼の瞳がいつになくはっきりと揺れていた。
私が何か言ってしまったように見える。
私は自分が言った言葉を思い返す。
けれど、何もしていないはずだった。
「ねえ、それってどういう事なの?」
地に落ちているエメラルドを拾い上げるように、
彼の焦点に入り込む。
その時、瞳は一瞬だが私を映した。
けれど、消える炎のようにそれはすぐに閉じられる。
「言いたい事があるなら、言葉にしたらどう?」
追い立てるつもりも急かすつもりもない。
彼が先程から口を動かしている事には気付いていた。
「声に出すことが怖い?言葉にしたくないの?」
彼は無表情ではなくなっていた。
苦しい。
そんな感情が私には伝わってくる。
「無理して言わなくてもいいよ。あ、言ってもいいけどね。苦しむくらいならって意味だよ」
濁ったエメラルドは、磨けば綺麗になる。
それは汚れや傷を浮かせてからでも間に合う事。
「いつでもいいよ。大丈夫。まずは、保健室に行こっか」
そっと彼の手を引く。
私に身体を支えられながら、手すりを掴む彼。
「っ…たっ…」
耳に届く小さな声。
何かを伝えようとしてくれている。
それさえ分かれば、今は充分だった。
保健室へ着く頃、彼は扉の前で崩れ座っていた。
「ちょっと、立ってよ。目の前だからって気抜かないでよ」
腕を引き上げ立たせようとするが、びくともしない。
私は諦めて保健室の扉を開ける。
「先生、怪我人を連れてきました」
声とともに室内に入るが、先生が見当たらない。
「あれ、なんで先生がいないの…」
先生が、席を外しているなんて初めての事だ。
「もお!これじゃあ、私一人で連れていかなきゃダメじゃん?」
自分を奮い立たせるために言ったわけじゃない。
肝心な時に、先生が役に立たない文句を零したのだ。
「ね、だから自分で立ってくれる?クインテッド君」
ネジが取れたカラクリを動かす術を私は知らない。
と言いつつも、廊下で座っている彼を放置することも出来ない。
彼の腕を引っ張れるだけ引っ張ってみた。
「ほ…らっ早く!」
途端、腕を弾かれる。
私は驚いて腕を引っ込める。
「え、今叩いた…?」
意味が分からず彼に聞くが、弾いた本人も固まっていた。
「いや、なんで弾いたまま固まってるのよ」
振り払った腕をそのままに、無表情だった。
ただ、口を固く結んでいるのが見える。
「もしかして、痛かった…?」
黙って伏せられる目に、肯定だと分かった。
伝えたいことはそれだったようで、腕をだらんと垂れ下げる。
「ごめん、そういうつもりじゃなかったの。早くこっちに来て欲しかっただけ」
保健室の中を指さす。
正確には、ベッドで横になって欲しいと伝えた。
そのまま少しの沈黙が流れる。
けれど、彼は頷かなかった。
その時、鐘がなった。
三時限目終了の合図だった。
「え、嘘でしょ。もう終わったの?」
結局、三時限目は欠席という形になってしまった。
体育館の方から、男女の話し声が聞こえてくる。
「え、やだ。こんな所見られたくないんだけど!」
声や足音は迫ってくるばかりだった。
「ねえ、お願い立って?私は目立ちたくないんだよ」
彼の元へしゃがみこみ、必死に懇願する。
ただでさえ、人と上手く付き合えず友達がいない。
だから、独り言も言ってしまうし、ミリーにも話しかけてしまう。
ミリーと彼は似たようなものだった。
「ねー、そう思うよねえ。今日の授業ほんっとキツかったー」
体育館の出口前に女性の声が響く。
その先に繋がる廊下で、私達はただ座っていた。
見られたらなんと言われるか、分からない。
私はただでさえ、相手にされないのに彼といれば余計に…。
「あっれ、貴方だーれ?」
一人の気の強めな女性が話しかける。
「見ない顔だね。あ、もしかしてクインテッド君じゃない?」
もう一人の髪を結った女性が、彼の前に立つ。
長いしっぽのような髪を揺らしながら、彼を見つめる。