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「見ない顔だね。あ、もしかしてクインテッド君じゃない?」
もう一人の髪を結った女性が、彼の前に立つ。
長いしっぽのような髪を揺らしながら、彼を見つめる。
「え、結構イケメンさんじゃない?」
「そうかも。イケメン君だね」
二人の女性は彼を囲んでいる。
ニヤけた顔を隠すみたいに、口元に手を置きながら笑っている。
けれど、彼は二人を見上げる事はしない。
ずっと、俯いたまま座っている。
「ねえ、どうしてここで座ってるの?保健室入らないの?」
私はドキッとした。
「扉も開けっ放しだし。先生はいないの?」
気の強めな女が室内に入ってくる。
私は保健室の扉にかかっていたカーテンに、
身を隠す。
「うーん、先生いないかもねー」
室内を躊躇いなく進んでいく彼女。
私は目を瞑ったままバレない事を祈るしかなかった。
窓越しで彼女らを見るほどに、私はこの場はに不必要な存在だったんだ。
「うん…いな…」
言葉はそこで途切れた。
まるで何かを見つけたように、沈黙が降りる。
「ねえ、何してんの」
勢いよくカーテンが捲りあげられる。
開けた目の前に、彼女は立っていた。
「ねえ」
彼女は、怪訝な面持ちでこちらを見つめてくる。
私は声にならなかった。
「っと…え…」
「なーに?なんでそこにいるの?先生は?」
不機嫌をむき出しにした彼女は、顎先で答えろと言ってくる。
「し、しらな…い」
「あれじゃない。先生に嘘でもついて空けてもらったんでしょ。ここ」
室内に髪を束ねた彼女も入ってくる。
二人に逃げ場なく、囲まれてしまう。
「じゃあ、なんでここなの」
「あれでしょ。そこにいるクインテッド君と何かするつもりだったんじゃないの?」
「ふーん、破廉恥なことするんだね」
二人は私を穴が空くほど睨みながら、嘲笑している。
「あー、転校生同士だから仲良くしたかったとか?」
「にしても、いきなり保健室に連れ込みはちょっと…」
「そうだよねー、何が理由でもねえ」
三日月のように細まる目。口は引き裂けるほどにつり上がっている。
露骨な軽蔑だった。
その感じの悪さに、私は二人を押しのけて保健室から出ていった。
彼さえも置き去りにしたままで。
「えー酷い、クインテッド君置いていっちゃうんだー」
背後から廊下に向かって投げ出される悪口。
校内に響き渡るようなそれは、私がここにいては行けないと自覚させるアナウンスのようだった。
私は耳を塞ぐよりも先に、廊下をかけていった。
聞きたくないより、その場にいたくない。
誰とも一緒にいたくない。
私一人だけで充分だから。
だから、ミリーを手放せないし、話しかけてしまう。
それは彼にだって、同じことだった。
そこまで書いて、筆を止める。
「はぁ…」
今日起こった出来事を日記にまとめていた。
「嫌だなぁ…」
書き留めると、その情景が浮かんできてまた嫌な気持ちを思い出してしまう。
けれど、思うことを書き出さないと悪夢を見てしまいそうだった。
これの繰り返しを、もう一時間以上続けている。
「ねえ、ミリー助けてよ。無理だよ」
うさぎの愛くるしい見た目も、今は何も思わなかった。
「なんで、よりによって今日会うの。最近まで静かにしてたのにさ…」
膝元に向き合うミリーの表情は変わらない。
慰めにも乏しいものだ。
せめて、ペットのような愛情表現さえあれば今より、独り言扱いされないと思うのに。
「肝心な時、人って助けれてくれないんだよね」
保健室を出ていく時、彼の横顔が焼き付いていた。
涙は流していなかったけれど、何も変わらない無表情で。
「きっと、私の事もどうでも良かったんだよね」
はっきりと言葉に出してみると、寂しいと感じた。
けれど、彼のことを思い出す。
「そういえば、私だって彼の事を助けなかったんだよね」
車椅子を席の後ろに忘れたままにしたこと。
階段から降りる時、一切を助けなかったこと。
「私だってサイテイな人かもね」
ミリーを背徳心のまま抱きしめる。
いつもよりも抱き心地が良くない。
「今日は一緒に寝るのやめよっか…」
ミリーを背後のベッドに置く。
私はポケットから物を取り出す。
それは昨日の夜にしたためた彼への手紙だった。
署名に、私の名前が刻まれている。
「これを彼に渡すつもりだったんだけどな」
待って。会って初日でこれは重いかな…?
ふと冷静になって自分を見つめ直す。
持病を何とかしてあげたい。
いつだって、誰にだって私はそう思ってる。
でも、人との付き合い方が上手く行かないの。
「こんな物を渡そうとするから、いけないのかも」
いつだって私は、出来事も思う事も紙に記す癖があった。
気付いたら書いてしまってる。
それはきっと持病じゃなくて、癖だと思う。
私は机上にある日記を手に取る。
一枚一枚のページの書き方が全くの別物になっている。
これを書いてる時が一度も思い出せたことはない。
真っ黒に塗りつぶされたようなページ。
綺麗な文字が隙間なく並んでいるページ。
乱雑に筆の線がはみ出しているようなページ。
文字が小さすぎてスカスカのページ。
その日の気分で殴り書きをしたり、詩人のようなリズムに乗った書き方をした日もある。
「これが病気…。そう思ったら楽になるのかな」
誰も私の話を聞いてくれない。
だから、代わりにミリーに話すだけ。
それは病気でもなんでもないから。
この学校は生徒を何も見てないだけ。
持病持ち扱いをして、生徒同士を軽蔑し合わせるのだ。
そして、先生たちはそんな生徒達を一切目に映さない。
私はこれ以上考えるのをやめた。
いつの間にか手に持ち直していた筆も、机上に投げ出す。
「さ、寝よう。また憂鬱な明日を頑張って生きようね」
ミリー。
口にしなかっただけ偉いと思いながら、私は眠りについた。