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治療用ベットに莉子と並んで腰掛けると、私の傍らに、冷たい麦茶を乗せた丸盆を置いて、折原詩織が、「すいません。午後の診療前は、いつも白川先生が昼寝をしているので…」と言い訳をする。
私も慌てて、「こちらこそ、連絡もせずに押し掛けて申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
ベットの前には、白川時雨と折原詩織が丸椅子に並んで座っている。
「あれから、何も問題はありませんか?」
笑顔で訊ねてくる白川先生に、これ以上ご迷惑をお掛けするのもどうかと思ったが、旦那が言うように、この件が相談できるのは白川先生しか居ないと思い直して口を開いた。
「あれから怖くなって、パソコンもスマホもネットには接続していないので、私達は大丈夫だと思います。
でも、私にハビーデスチャンネルを勧めてくれたママ友が自殺してしまったんです」
この告白に、折原詩織が「あっ!」と口を押さえる。
笑顔を消した白川先生が、「その方は、ハビーデスチャンネルを利用していましたか?」と聞いてきたので、「私には必要ない、と言っていましたがハビーデスチャンネルの内情に凄く詳しかったので、たぶん使っていたと思います」と素直に答えた。
「その方のお名前は?」
「片岡舞子です。
私より一つ歳上で、莉子と同じ歳の子供が居ました。
だから、よほどのことがない限り自殺なんてするはずがないんです。
お葬式で、他のママ友と話をしたんですが、もう一人自殺したママ友が居ると噂していました。
しかも、二人とも衝動的に自宅マンションから飛び降りたそうです。
私には、とても偶然の一致とは思えなくて…」
「その人も、ハビーデスチャンネルを利用していたのですか?」
白川先生にこう聞かれて、「私は、直接お会いしたことがないので、はっきりとは言えませんが、他のママ友の話では、片岡舞子にハビーデスチャンネルを教えたのが、その人だったそうです」と、これも素直に打ち明ける。
私の言葉に、二人は真剣な表情で考え込んでいた。
「あれから、ハビーデスチャンネルの運営先を見つけようと、色々と当たってはみたのですが、海外のサーバーを幾つも経由しているので、特定することが出来ませんでした。
警察などの捜査機関なら、情報開示請求で突き止めることも可能でしょうが、サイトの運営自体に違法性がないので捜査機関には頼めないのです。
ただ、今回は自殺者が二人も出ているので、マスコミに情報を流せば動いてくれるかもしれません。
しかし、その場合は被害者の方も、あのサイトを利用していたと世間に知られてしまうので、少なからずダメージは受けると思います」
白川先生の言葉に落ち込んだ私は、「やっぱり、未然に防ぐのは難しいですね…」と呟いた。
「それに、デバイス毎の雨を祓っても意味がありません。
アクセスすれば、そのデバイスに再び雨が宿ってしまうので、発信元を叩かなければこの雨が止むことはないでしょう」
その場が暗くなってしまったので、雰囲気を変えようと折原さんが、退屈そうにしている莉子に声を掛けてくれる。
「あら?莉子ちゃん、今日は可愛いお守り袋を着けているのね。
お姉ちゃんにも見せてくれる?」
こう言われた莉子は、嬉しそうに「良いよ」と言いながら、首から下げていたお守り袋を差し出した。
受け取った折原さんは、そのお守り袋をしげしげと眺めながら、「このお守り袋はどこで手に入れたんですか?」と私に聞いてくる。
私は、不思議に思いながらも「お朔参りの時に雨森神社で購入しました」と素直に答えた。
すると、折原さんがそのお守り袋を白川先生に黙って渡す。
受け取った白川先生は、驚いたようにそのお守り袋を見詰めていた。
私が不安になって、「何か問題でも有るんですか?」と聞いてみると、白川先生が不思議なことを口にしたのだ。
「微かだが、僕の雨が吸われています」
私も驚いたが、隣の折原さんはもっと驚いていて、思わず「えっ!」と声をあげている。
「私は、そのお守り袋に雨祓いと書かれているのが気になって、白川先生に見てもらおうと思っただけなのに…」
折原さんが言い訳をするように呟いたので、私も、ある事を思い出して二人の会話に割って入る。
「そういえば、お葬式の日に莉子のお守り袋を見た何人かのママ友に言われました。
そのお守り袋、今凄く流行ってるよねって…
私達は雨森神社で購入しましたが、ネットでも売られてるみたいです。
何でも皇室に所縁の品が入っているそうで、持っているだけで気分が良くなるって…
実際、莉子もそれを身に着けてからグズることが少なくなって落ち着いたんです」
私がこう言うと、白川先生が驚くべきことを口にした。
「このお守り袋は呪物の一種で雨喰い(あめくい)です」
「じゅ、呪物って…」と私が驚きの声をあげると、折原さんも「おかしいですよ!」と大声を上げた。
「呪物が近くに有るのに、白川先生が気が付かないなんておかしいですよ!」
この言葉に白川先生が静かに頷いた。
「気付かなくて当然なんだよ。
なんせ、この呪物は雨を出すのではなく雨を吸っているのだから…
雨が見える僕にさえ見極めるのは難しい。
さすがに触れると、雨が吸われている感覚で気付いてしまうけどね」
「でも、雨を吸ってくれるのなら良い呪物じゃないですか」
「いや。そうじゃない。
雨喰いは元々、白川流の治療に用いられる道具で、治療師が人為的に作り出した呪物なんだ。
だから、他の呪物と違って雨を出すのではなく、人や他の呪物から放出される雨を吸い込んで大きくなる。
しかし、一つの雨喰いの容量は決まっていて、容量が一杯になると破裂して、それまで溜め込んでいた雨を一気に放出してしまう。
ただ、治療で使われている分には、それまでに治療師が雨を祓うから大丈夫でも、こうやってお守りとして販売されてしまうと、その管理が出来ないから、小さな時限爆弾を持っているのと同じなんだ」
「でも、どうしてそんな物がお守りとして売られているんですか?
しかも、雨森さんの神社で…」
「いや。雨森さんはこのお守り袋が呪物だとは気付いていないはずだ。
それに、雨喰いの存在を知らなければ、むしろ良い物だと感じてしまう。
そして、雨喰いの存在を知り、雨喰いを人為的に作り出せるのは、この世界で白川家の人間だけなんだ」
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井野匠
さくらぶ
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