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井野匠
さくらぶ
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昼間の新宿は人通りが多かった。
観光地である京都も人通りは多いが、新宿はその比ではない。
その人混みの中を、若者と老人の凸凹コンビが歩いている。
若者は、居酒屋の従業員なのか濃紺の作務衣を身に纏い、老人は、この暑さにも関わらずポロシャツに茶色のジャケットを羽織っていた。
「うかつじゃった。
よもや、卸されていたお守りに呪物が混じっておったとはのう…
神社のグッズ類は、そのほとんどが民間企業からの仕入れじゃが、伯家神道系では一部に白川家の物がまじっておる。
例のお守り袋は、そこからの仕入れじゃった」
老人の言葉に、頷いた若者が初めて口を開いた。
「ハビーデスチャンネルの運営に、雨喰いの販売…
僕には、白川家が何をしたいのか分かりません。
言い方は悪いですが、不動産や株、企業に対する投資などで莫大な利益を得ている白川家が、今更、お守り袋なんて販売して何になるのでしょう」
頷いた老人が、「それを今から、直接聞きに行くのじゃろ?」と呆れたように吐き捨てる。
「仲良く死にに行くようなもんじゃ…」
老人が立ち止まって、ガラス張りの高層ビルを見上げた。
「お主のオンボロ診療所とはえらい違いじゃのう」
一言嫌味を言ってから入口の受付に向かう。
入館証を貰う為に、一時入館証発行用紙に詳細を記入して受付の女性に渡すと、内容を確認した女性が「申し訳ありません」と前置きしてから、「事前のアポイントが無ければ、入館証を発行することが出来ません」と残念そうに打ち明けた。
確かにアポイントの欄には、アポイント無しと記入されている。
受付の女性が、「こちらから一度お繋ぎしてみます…」と言って、もう一度用紙に書かれた訪問先の名前と訪問者の名前を確認すると、驚いたように若者の顔を見た。
「し、白川時雨様ですか?」
「はい。訪問する常務の白川翠雨は僕の弟です」
この言葉に、驚いた女性が身分証の確認もせずに、受話器を上げて誰かと話し込んでいる。
「はい、はい。そうなんです。お兄様だとおっしゃっています」
そうやって、しばらく話し込んでいたが、受話器を置くと、先程とは打って変わって満面の笑みで対応してくれる。
「お待たせしました。直ぐに係りの者が参りますので、そちらに掛けてお待ちください」と受付の前に置かれたソファを指差した。
「さすがに、本家の長男ともなると対応が違うのう」
そう言いながら、座り心地の良さそうな高級ソファに老人が腰掛けようとすると、「ご案内します」と言って係りの者が現れる。
「老体に鞭打って働いておるというのに、休憩もさせてくれんのか…」とぼやきながら、雨森老人は立ち上がった。