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相変わらず暑い日が続いている。
それでもノアはアシェルの午後のお茶に付き合い、グレイアス先生のスパルタ授業を受け、毎日出される宿題もなんとかこなしている。
同じことを繰り返す日々だけれど、それでも飽きることも、弱音を吐くことも、手を抜くこともせずに毎日頑張っている。
だって、それがお仕事だから。
たとえフレシアの魔法を使っても、お茶の時間に限って感覚が鈍くなるアシェルのために、親鳥よろしく彼の口にせっせとお菓子を運ぶ。
それをする度に、メイドや側近その1その2が生温い笑みを浮かべるが、人間とは慣れる生き物。ノアはもう、もじもじしたりしない。堂々たる姿でいる。
しかし、慣れないものはある。ううーん、と頭を悩ますことだってある。
お茶の時間が終わり、アシェルは側近2名を引き連れて政務室へと戻った。
ノアはいつも通り授業の為に移動するのだが、今日はちょっとだけ寄り道をしている。
「……ノア様、今日もありました」
「そっかぁ。フレシアさん、教えてくれてありがとう」
「……いえ」
人気のない渡り廊下の花壇にしゃがみ込んで、フレシアから手渡されたものを見て、ノアは深いため息を吐く。
手のひらに乗っているのは、一口大のチュロスという名の菓子だ。
油で揚げたそれは、表面はサクサクなのに中はしっとりで美味しいが、今、ノアの手のひらに乗っているそれは身体に良くはない。毒が混入されているのだ。
幼い頃から毒キノコを何度も食して死にかけた経験を持つノアは、ある程度毒に耐性がある。
だからアシェルに止められても、ずっとずっと彼の食事の毒見を勝手に引き受けていた。しかし、出される菓子全部を確認することはできない。
特に今日のような小粒の菓子が出されると、毒見の途中でアシェルに気付かれてしまい止められてしまうのだ。
だからノアはフレシアにお願いして、魔法で事前に毒が混入しているものが万が一あったら避けて欲しいとお願いした。
そんな都合の良い魔法があるのかわからないがフレシアは引き受けてくれ、本日、アシェルの口に入る前に毒入り菓子を発見することができたのだ。
しかし、毒入り菓子のことはアシェルには伝えていない。側近その1その2にも、もちろん。知っているのは、ノアとフレシアだけ。
できれば、この件は自分とフレシアの二人だけで処理したいと思っている。
なぜなら迷探偵ノアの推理では、犯人はこの離宮で働く人たち。アシェルが信頼を置いている者になる。
きっとこの事件が明るみに出てしまうと、アシェルは深く傷付くだろう。
人を疑うより、信じた方が良いのは正論だ。しかし信じた者に裏切られ、また再び誰かを無条件に信じられるかと言われれば話は違う。
一度経験したそれはトラウマとなって、信じたいと思っても、できなくなるかもしれない。 そんな辛い思いを、ノアはアシェルにしてほしくなかった。
しかし自称迷探偵ノアは、自分の頭脳に限界があることを知っている。そのため頭脳明晰、嫌味センス抜群のグレンシスに力を借りることにした。
教室と言う名の稀代の魔術師の私室で、これまでの経緯と毒入り菓子を渡した途端、グレイアス先生は、怖い先生の顔から、ものっすごい怖い顔になった。
「なるほど。では、この菓子は一旦預かります」
「はい。あ、でも食べちゃダメですよ。毒入りですから」
「……あなたと違って、そんなことしませんよ」
親切心で伝えただけなのに、冷たい視線が返ってきて思わずノアは、「食べてなんかいないもん」と言い返したい。
しかしノアは、自分の名誉を守る為に時間を割くより、この毒入りの件についてもっと深く話し合うことを優先した。
「それでグレイアス先生。このお菓子一つで、犯人わかりますか?」
「どうでしょうね。今はなんとも」
グレイアス先生は現在菓子を日に透かして見たり、手のひらでコロコロ転がしたり、なんか専門家っぽいことをしている。
なのに返ってきた言葉は、期待値をはるかに下回るもの。
自分のおつむが残念なことを棚にあげて、ノアは思わず肩を落としてしまった。