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第1章 第4話「扇の要」
5月。柳城高校野球部は、ついに城島新監督のもとで初めての練習試合を迎えた。
対戦相手は、県内でも常にベスト8前後に名を連ねる強豪校――「博多南高校」。
派手さはないが堅実な守備とつなぎの打線で知られ、柳城にとっては実力差が歴然としている相手だった。
「今日は勝敗にこだわらん。だが、全員が自分の役割を果たせ。」
試合前、城島監督は短くそう告げるとベンチの端に腰を下ろした。
その声には威圧感ではなく、選手を信じる重みがあった。
そして――捕手マスクをかぶったのは1年生、小早川啓介。
上級生の間にも戸惑いが走ったが、彼は胸を張ってマウンドへ歩み出た。
初回、柳城のエース格・3年の右腕、田村がマウンドへ。
球威はあるが制球に難があり、これまで試合で崩れることが多かった。
「田村さん、大丈夫です。僕が全部受けます!」
マスク越しに声をかける小早川の表情は真剣そのものだった。
田村は半信半疑ながらも、渾身の直球を投げ込んだ。
「ストライク!」――主審の声。
小早川は強烈な初球をミットのど真ん中で受け止めた。
試合は劣勢だった。博多南の堅実な打線に序盤から失点を重ね、柳城は追う展開。
それでも、バックネット裏で見守る保護者や少数の応援生徒の耳に、小早川の声が響き続けた。
「落ち着いて!次は低めに!」「ナイスボール!」
その姿に、上級生たちの気持ちも次第に引き締まっていく。
泥臭い守備で凌ぎ、相手の追加点を最小限に抑えると、終盤に代打の2年生が意地のタイムリー。
スコアは5―2で敗れたが、試合終了後の雰囲気はこれまでの柳城とは明らかに違った。
「今日の結果をどう思う?」
試合後、城島監督はベンチに集まった選手たちを見渡す。
「負けました。でも……今までより野球をやってる気がしました。」
誰かがそう答えると、皆が静かにうなずいた。
グラウンドを去る時、小早川は汗で重くなったマスクを脱ぎ、空を見上げた。
(僕がこのチームを、もっと強くする……)
その決意は、まだ負け続けの柳城にとって確かな光になりつつあった。
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