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「ねぇ、ちゅーや?」

「何だよ。て、あー!手前また俺の葡萄酒勝手に開けやがって!先刻開けるのやめろっつったばっかだろ!!」

無駄に広い部屋に、男が二人。ほんわりと酔っている私と、帰ってきたばかりで着替えている最中の中也。

私が中也の秘蔵の葡萄酒を開けていたのが気に食わなかったらしく、先程中也に殴られた。まぁ、また別のやつを開けたのだけれど。

私だからと油断して飄々と着替える中也を襲わないだけ、善い子だと褒めてもらいたいくらいだ。

あれだけ愛を囁いても駄目ならば、一体私は何をすればこの女々しい恋心を中也に気付いて貰えるのか。

中也が私をもう必要としないなら、私以外に必要な人を作ろうとするなら、私の知らない中也がいるなら。

私は中也の全部を知り尽くして、中也に私の全てを知ってもらって、泥々に甘やかして、私が居ないと生きていけない程にすればいい。

「ねぇちゅーや?」

「…何だよ」

中也は襟衣を脱ごうと釦を外している。少し捲れた襟衣の端からちらりと覗く白い肌には、少しばかり強引に視界に入り込んでくる傷跡。それらは私が故意に付けさせたものでも、そうでないでつけさせてしまったものでも無い。

私が居ない間に、知らない時についた傷跡。

私が声を掛けているというのに、私には見向きもせずに素っ気なくて、知らない傷跡を負っている中也は、何だか知らない人の様な気がした。

「中也。中也。ちゅーや。ちゅうや。ねぇ。ちゅーや」

「だからなんだ…って…」

漸く私の顔を見た中也は、云おうとした文句を呑み込み、「あー…」とだけ声を出して、綺麗な黄丹おうに色のくしゃりと撫でた。

「私ね、中也のその無駄に長い髪。少しは好きだよ。綺麗で」

「……おう」

「その夏の晴天みたいな瞳も。少しだけ好き」

「そうか」

「あと、変わらず私の肘置きに丁度いい身長も」

「それは余計だろ。喧嘩売ってんのか?」

「あとね、あとは…揶揄ったら、私のことで頭いっぱいになるとこも、好きだよ」

「…そうかよ」

そっぽを向いてしまった所為で、顔は見えない。だから、中也から私の顔も見えない。きっと、私は今見られちゃ駄目な顔をしているから、好都合だ。

「ふふ…ねぇちゅーや?」

「ンだよ」

「ちゅーやは?私の好きなとこ」

中也は、黙った侭何も云わない。

暫く私達の間に流れる沈黙が、先程の私の質問の答え合わせだ。

少し酔っているとはいえ、調子に乗ってしまったか。まぁ仕様が無い。

「大人ぶってるくせに意外と子供っぽい処…」

「へ?」

ぽそっと聞こえた声は、少しばかり震えていて、その発信源は首と耳を真っ赤にした中也だった。

「ことある事に俺の処に来て長ぇ話を楽しそうに話す処…。蟹見かけたら目輝かせて飛び付く処…。あと…」

言葉を空中に溶かして、その後の言葉は出てこなかった。代わりに、「顔」とだけ取ってつけたような言葉が出てきた。

「顔?」

「顔。手前の取り柄なんてそんくらいだろ」

「顔かぁ…」

照れ隠しなのも、本当なのもわかっている。でも多分、中也は、私が顔に大火傷を負っても気にしないだろう。文句は云うだろうけど。

何となく、そんな気がする。

「ねぇ中也」

「…ンだよ」

「中也は、私の事嫌い?」

ただの、確認。私にとっての、大事な大事な確認。

嫌いよ嫌いよも好きの内。嫌い同士の私達が、私が中也だけが特別な様に、中也も私だけが特別であった様に。

ただただ、中也の大嫌いが、世界で一番が、私であればいいのだ。

中也はよく動く口の端を上げて、にやりとして云った。

「ああ、世界で一番大嫌いだよ」

「ふふ。私も中也が世界で一番大嫌いさ」

これが、素直になれない私からの、精一杯の告白。

愛してるなんてそんな薄っぺらく引き伸ばされた言葉では到底表すことなんてできない。私の精一杯の告白。


私が知らない中也なんて許さない。


俺が特別じゃねぇ太宰なんて許さない。




だから、だからね。君が世界で一番大嫌いさ!手前が世界で一番大嫌いだ!

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