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片付けを終了させて善悪が庫裏(くり)に引き上げる段になっても、コユキは体に付いたピンポン球を外そうともせず、俯(うつむ)いて立ち竦(すく)んだままだった。
無視して台所に向かい夕食(自分用)の準備をしていると遅れてコユキが入ってきた。
驚いた事に廊下を這ったままで進み、台所の入り口で柱にもたれ掛かる様にして、ヨロヨロ立ち上がったのであった。
流石にこの芝居には善悪も怒り心頭に発してしまった。
世の中の病や怪我に苦しむ人々を嘲る(あざける)と言うのか、この芝居はいけない、許す事など出来なかった。
故に善悪はコユキを激しく睨みつけながら告げたのだ、お代わり禁止を……
言われたコユキは、悲しそうな顔を浮かべたまま、何も言う事無く一杯の塩ご飯を食べ終えると、大きな体を引きずる様にしながら自宅へと送られて行ったのであった。
次の日、茶糖家に迎えに訪れた善悪は、中々自室から降りてこないコユキを不審に思い、部屋に様子を見に行ったが姿は無かった。
ならば母屋かと善悪が脇屋から出て、母屋に向ったが、そこに続く庭の地面には、何かを引きずった様な跡が無数に有る事に気が付く事が出来たが、なんだろう? そう首を傾げながら通り過ぎる。
首を捻りつつ善悪が母屋に上がって見ると、二間通しの畳部屋に並べられた家族の中で、一緒になって横になるコユキの姿を見つける事が出来た。
リエとリョウコの間に身を置いたコユキの両手は、二人の妹の手を確りと包み込むように握り締めている。
頬には一人で涙を流したのだろう、その跡がはっきりと残っていた。
その姿を目にした瞬間、善悪は自身を捕らえて離さなかった妄執(もうしゅう)から解き放たれた。
コユキは嘘など吐いておらず、一所懸命に努力をしていたのだと、二日間の彼女の姿や言葉を思い出していた。
同時に襲い掛かる激しい自責の念は、自己嫌悪を伴って己の狭量(きょうりょう)と不明に吐き気を生じつつ、かつて無い羞恥(しゅうち)の心を感じさせていた。
――――何という愚かな間違いを犯してしまったのだ。 よるべもなく、自分だけを頼りに努力する友人にあんな仕打ちを…… これでは僧侶として、いや人間として失格、最低のサイコ野郎でござる……。 す、すまぬコユキ殿。 申し分けなかったのでござる……。 いや、今更詫びた所で許される事では無いのでござるな
顔を真っ赤にして、自分の愚行(ぐこう)を恥じる善悪であった。
すると、気配に気が付いたのかコユキがムニャムニャ言いながら上半身を起こし、善悪に向かって言った。
「あ、先生? ……っ! しまった、寝過ごしました。 直ぐ起きますので、お待ち下さい!」
そう言うと一所懸命に柱に掴まり、ズルズルと大きな体を少しづつ起こして行こうとする。
!
ふと、何かに気が付いたような表情を浮かべた善悪が、コユキに近付いて肩を抱いて立ち上がらせた。
そのまま、向かい合ったまま、コユキの浮腫(むく)んだ瞳をじっと真剣な表情で見つめる。
そして、静かに口を開いた。
「眼球の動きが明らかに普通じゃないでござる。 足が動かない事と合わせて鑑(かんが)みるに、脚気(かっけ)、それも|乾性脚気(かんせいかっけ)、症状から見てウェルニッケ脳症を起こしていると類推するのでござる」