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「セディ格好いい……リズちゃん、聞いた? 『離れないで、側にいて』だって。どうしよう」
「えー……と、セドリックさんそんな風に言ってたかなぁ」
言葉を並べればその通りなんだけど、ルーイ先生の言い方だと別の意味に聞こえちゃう。
セドリックさんは私達にこの場から動くなと命じた。それは、現在セドリックさんと睨み合っているカレンの仲間の所在がはっきりしていないからだ。その仲間が屋敷の敷地内に……私達の近くで身を潜めているかもしれない可能性を危惧しての事。
細かいニュアンスはともかくとして、先生はセドリックさんから心配されて嬉しいみたい。さっきまであんなに痛そうにお尻を押さえていたのに……今ではそれが無かった事のように、キラキラした目でセドリックさんを見つめていた。
「残念だよ、リズ。あなたとは良いお友達になれると思っていたのに」
「カレン……」
彼女の言葉が胸に刺さる。そんなの……私だってそう思っていたんだ。その台詞をそのままカレンに返してやりたい。
「ジェフェリーさん、あなたには主君を救って貰った恩義があります。今後エルドレッド様に関する情報を口外しないと約束して頂けるのなら、命を奪うまでは致しません」
速やかにこの場から去れば見逃すと、カレンはジェフェリーさんへ打診する。彼は完全に巻き込まれた形なので、わざわざ危険な場所に居続ける必要は無いのだ。ジェフェリーさんはゆっくりと視線を巡らせた。カレンからセドリックさん……そして先生ときて最後に私。
「みんなを置いて自分だけ逃げるってのはちょっと……。先生だって怪我してるかもしれないのに」
ジェフェリーさんの返答を受け、カレンは深いため息を吐いた。
「そうですか……本当に、本当に残念です」
カレンが武器を構えた。彼女が手にしているそれに意識が向く。大きさは10センチそこそこで、剣というよりはナイフと言った方がしっくりくる。動物の爪のように刃が大きく湾曲している。鎌のようなナイフ……変わった武器だ。
「悲愴感に浸っているところ恐縮ですが、私がいる限りここにいる方達に手出しはさせませんよ? 当然のように私を倒した前提でお話ししておられますが、舐められたものですね」
セドリックさんはカレンを挑発するような言葉を投げかける。これまでの様子からして、怒りの沸点が低いであろう彼女は簡単に焚き付けられてしまうだろう。セドリックさん……どうしてわざわざそんな真似を。
「それほど己に自信があるのでしょう。しかし、私から言わせて貰えば、中途半端に戦う術を身に付けた素人にしか見えません。相手の力量も測ることができず、大口を叩く様は滑稽が過ぎる。これなら我が軍の新人隊員の方が数段マシです。まぁ、そこは子供ですので世間知らずでも仕方ないのかもしれませんが……」
きっと何らかの意図があっての事だろうけど、セドリックさんの言動に心臓が縮み上がるような感覚を覚えた。嫌な汗が背中を伝う。外野にいる私がこんなにもあたふたとしているのに、セドリックさんは涼しい顔のまま、手にした棒をくるくると器用に回している。
「あっは! 言うねー。強気なセディも嫌いじゃないよ」
「ルーイ先生、そんな呑気な……」
「……殺す」
カレンが低く呻いた。当然予想できた展開だった。馬鹿にするかのようなセドリックさんの態度に、カレンは怒り心頭だ。私達の方へ向いていた彼女の目線が再びセドリックさんへと移動する。なけなしの理性も吹き飛んでしまったのか、カレンはセドリックさんへ向かって飛び出した。
「セドリックさん!!」
勢い余って彼の名を叫んでしまったけれど、セドリックさんはとても冷静だった。むしろそれを待っていたのだとでも言うように、カレンの攻撃を簡単にいなしてしまったのだ。
「すげぇ……」
ジェフェリーさんがぽそりと漏らす。私も呆気に取られた。早過ぎて何が起きたのかよく分からなかったんだ。一連の流れを理解出来ないまま、気が付いたらカレンは地面に両膝をつかされていた。
「やばい、超カッコいい。セディ……好き」
どさくさで先生が告白紛いな事をしている。いつもなら興味津々ですけど、生憎と今はそれどころじゃない。
さっきのセドリックさんとカレンの攻防も、ジェフェリーさんはしっかりと見ていてくれたので、私のために解説をしてくれた。ジェフェリーさんって目が良いんだな。
カレンがセドリックさんへナイフで切り掛かった。セドリックさんは手にしていた棒を彼女の手首辺りに素早く当てて攻撃を受け止めると、その棒を軸にしてそのままナイフを持った腕ごと捻り上げたのだと。
片腕を拘束されてしまったカレンは、そこからもう一方のナイフで反撃しようとした。しかし、それよりも早くセドリックさんは、棒のグリップ部分をカレンの肩に目がけて打ち込んだ。彼女はその衝撃で立っていられなくなり、地面に崩れ落ちた……という事らしい。
セドリックさんとカレンの戦いは終了した。結果はセドリックさんの圧勝。蓋を開けてみればあっけないものだった。カレンはセドリックさんにがっちりと拘束されながらもまだ諦めていないのか、彼に向かって悪態をついていた。棒で殴られたからちょっと心配したのだけど、大事には至っていないようだ。セドリックさん、手加減してくれたんだな……
「放せ!! クソっ……!!」
「身柄確保……素直に私の方へ突っ込んで来てくれて助かりました」
セドリックさんの挑発はワザとだった。カレンが私達ではなく、自分に攻撃してくるよう念を押したのか。
「ジェフェリーさん、ちょっと手伝って貰えますか?」
「はっ!? 俺ですか」
まさかここで名を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。セドリックさんにご指名を受けたジェフェリーさんは驚愕に目を見開く。
「すみません。今、両手が塞がっているもので……私の胸ポケットにハンカチが入っていますので、それでこの少女の口を縛って貰えますか? 万が一自害でもされたら困りますし、何よりやかましいので……」
「……分かりました」
返事をしたものの、ジェフェリーさんはなかなかその場から動くことが出来ない。セドリックさんが抑えているとはいえ、ついさっきまで刃物を振り回していた人間に近付くのは怖いのだろう。
「ジェフェリーさん、俺が行こうか?」
見かねた先生が代わりを申し出たところで、この場の雰囲気に少々そぐわない明るい声が響いた。
「えーっ!! ちょっとちょっと何これ、どういう状況?」
「ミシェルさん!!」
セドリックさんの書き置きを読んだのだろうか。ミシェルさんが小走りでこちらに向かっている。私達を見て困惑しているけれど、それにはお構いなしでセドリックさんは彼女に命じた。
「丁度良かった。ミシェル、手を貸せ」
「ほんと……意味わかんないんですけど」
説明は後回しにされ、何も理解できないまま彼女はセドリックさんの元へ足を進めた。ミシェルさんが来てくれたのでジェフェリーさんの出番は無くなり、彼はホッとしたように胸を撫で下ろしていた。