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「それで、貴女が聞きたいことというのは?」
ユージェンが少々臆しながら訊ねてくる。
恐らく私が質問したい内容にある程度予測がついているのだろう。
先程彼は機密に関わることは答えられないと言っていたからな。詳しい話を聞けるかどうかは分からないか。
「本当に、この国は”楽園”からの資源で生計を立てているのかな?」
「…貴女は、そうは思わない、と…?」
やはり、あまり突っ込まれたくない内容なのだろう。質問に対して回答では無く質問が帰ってきてしまった。しかし、その返答の仕方は否定しているのとほぼ変わらない。
この国が本当に”楽園”からの資源で生計を立てていると言うのなら素直に肯定すればいいのだから。
ユージェンも質問に答えてからその事実に気付いたようだ。右手で目頭を覆い、失態を悔いている。
「懸念はしていたが、やはり貴女は気付いてしまったか…。できることなら、この事実は他の者、とりわけ他国の者には内密にしてくれると助かるのだが…」
「あくまで私の知的好奇心を満たすための質問だからね。吹聴するつもりはないよ。だが、教えてくれるというのなら是非教えて欲しい」
観念したのかユージェンが他言無用を願い出た。私としてもそれを拒否する理由は無い。
本を読んでいると、この国には私が依頼を片付けるために赴いた人工の森林や鉱床その他の人工採取場と呼べるような場所が各都市の周辺に必ず存在していることが判明したのだ。
魔力が溜まるような場所では魔物が発生してしまうため全く危険が無いわけでは無いが、それでも”楽園”で採取をするよりは遥かに安全で確実だ。
確かに得られる資源の質も”楽園”で得られる物と比較すれば数段は落ちる。だが、安全かつ大量に資源を回収することのできる人工採取場は、間違いなくティゼム王国の生活を豊かなものにしている筈だ。
むしろ私には”楽園”で得られる資源以上の利益を出していると思えてならない。
私が吹聴するつもりが無いという言葉を信じてくれたのか、ユージェンがゆっくりと語り始めた。
「貴女が疑問に思った通りだ。”楽園”で得られる資源は、ティゼム王国の本来の財力を隠蔽するための隠れ蓑に過ぎない。ティゼム王国にとっての本当の資源は、この国の天才達が長い年月を掛けて築き上げた人工採取場なんだ。その利益は”楽園”の資源から得られる利益の実に5倍以上となっている」
「得られる量が段違いだろうからね。それぐらい差があってもおかしくはないか。この国の天才達が作り上げた、ということは、そういった人工採取場と呼べるような場所は他の国には無い、と考えてよさそうだね」
「ああ、少なくとも私やダンダードが知る限りではそういった場所が他国にあるという情報は入ってきていないね。尤も、それはこの国と同様に隠し通しているからかもしれないがね」
これほど国にとって有益な場所を隠す理由。考えるまでも無い。
そんなものが他国に知れ渡れば間違いなく自分達も欲しくなる。だが、天才が長い年月を掛けて築き上げた場所だ。欲しいからと言ってそう簡単に作り出せるようなものでは無いだろう。
ならばどうするか。
奪おうとするだろうな。作れないのなら奪えばいい。奪おうにも土地だから動かせない?ならば土地ごと自分達のものにすればいい。では、その手段は?
当然、戦争になるな。そして一つの国が仕掛ければ、後を追うように戦争に参加するような国が現れても何ら不思議ではない。
ティゼム王国は多数の騎士を保有する大国だ。だが、だからと言って無敵の国というわけでもない。複数の国から一度に攻められれば、負けることは無くとも疲弊はするだろう。
そうして疲弊したところをさらに狙う国があってもおかしくは無い。
つまるところ、こういった人工採取場を秘匿しているのはこの国を守るためなのだろうな。
「気付いたようだね。そう、この国の人工採取場が他の国に知れ渡れば、この国は間違いなく将来的に戦火に見舞われることになる。この国が容易に敗北することは無いと信じてはいるが、それでも国は疲弊してしまう。戦争など、起きない方が良いに決まっている」
「だとすると、”楽園”の資源の供給が途絶えてしまうのも当然不味いだろうね」
「ああ、”楽園”の資源が途絶えているにもかかわらず国の様子に変化が無ければ当然その理由を疑われるだろうからね。そうなってしまえば人工採取場の情報が露見してしまうのも時間の問題となっていただろう。あの”光の柱”が立った日からしばらくの間、この国は間違いなく未曾有の危機に立たされていたのだよ」
それは…まぁ、その、済まなかった。ついカチンと来て全力で意志を込めた魔力をブッ放した私が悪い。
尤も、口に出して謝るつもりは無いがな、私にとっての最優先は”楽園”の安寧なのだから、こればっかりは譲れない。
うん、多分だが、ユージェンは私が”楽園”関係者だと推定していると考えて間違いないだろう。だが、そのことを無闇に吹聴する気は無いようだ。
有り難いことだな。下手に吹聴されたら、最悪の場合、彼等と争うことになってしまう。それは避けたい。
なんだかんだとこの街に住む人々に対して私は好感を抱いているのだ。お互いに腹の探り合いぐらいはするかもしれないが、できればこの関係を保った状態でいたいものだ。
ところで、人工採取場の事実が分かったことで新たに疑問ができてしまった。この疑問にもユージェンは答えてくれるだろうか。
「ユージェン、人工採取場のことで新たに疑問が出てきてしまったんだけど、冒険者達へ当たり前のように採取依頼を出されていたら、流石に聡い者は気付いてしまうんじゃないの?現に私がこうして貴方に疑問をぶつけているのだから」
「済まないが流石に特級の機密でね。その疑問に答えてやることはできないんだ。その点については当然対策をしている、とだけ答えておくよ」
まぁ、そうだよな。流石に何の対策もせずに冒険者達に気取られないことなど、ある筈がない。
おそらくは何らかの精神や記憶の認識を阻害する魔術を使用していると考えて良いだろう。で、私にはそれが通用しなかったと。
うん、まぁ、無視できる話じゃないだろうな。この事実を知られた以上、この国の上層部は人工採取場の事実が他国へ漏洩しないか気が気でないかもしれない。
「あー、ユージェン?良ければ誓約書でも書こうか?」
「良いのかね?こちらとしては有難いが…。正直な話、貴女にとってはかなり無礼な対応となってしまうよ?」
ユージェンの頭痛の種を少しでも取り除くために誓約書の使用を提案した。
誓約書というのは重要な約束事を取り付ける際に使用される用紙だ。立会人の元、約束事とそれを破った際の代償を記入する決まりになっている。
勿論ただの紙切れなどでは無い。誓約書もまた魔術具であり、誓約書に記された内容の変更や取り消しは誓約書に関わった者全員が合意しなければ成り立たないのだ。また、誓約を破れば破った際には必ず代償が強制的に支払わされる。
基本的に格上の立場の者が信用のおけない格下の立場の者に強制力を発揮させるために用いるものだと一般的には認識されている。
私に対して無礼だと言ったのはそういった事情からだろう。対外的にはユージェンは私を信用していない、と言う扱いをしていることになるのだ。
「私が無礼だと思わなければ無礼でも何でもないさ。誓約を破るつもりも無いしね。誓約が破られた時の代償はそうだね…。1年間、この国に全面的に味方する、などでどうだろうか?」
「…分かった。その内容で誓約を書かせてもらおう。…重ね重ね礼を言わせてもらうよ。こういったものが無ければ、王都に居座る貴族などは口うるさくなるだろうからね」
誓約書の効果がどこまで私に強制力を持たせるかは分からないが、当然無用心な約束事はしない。全面的に味方をするとは言ったが、あくまで味方だ。傘下に着くつもりは毛頭ない。
「直ぐにできるものでは無いからね。可能ならば、明日の晩に魔術師ギルドで行いたい。その際にはミネアに立会人になってもらうけれど、良いかな?」
「問題無いよ。それが最適だと思うしね。さて、これで私からの話は終わりだね。ユージェンの方から何かなければ早速ギルドの入り口に例の魔術を掛けようと思うのだけれど、立ち会う?」
「勿論だ。妻の影響もあって私も未知の魔術には目が無くてね。出来ればミネアも一緒にいれば良かったのだが…」
「それなら、あまり必要性は無いかもしれないけど、明日魔術師ギルドにも同じ魔術を掛けるとしよう。エネミネアの許可がいるだろうけどね」
「ははっ!それは有難い。ミネアなら間違いなく諸手を上げて歓迎するとも!」
初めてユージェンに『我地也《ガジヤ》』を見せた時の反応から彼が魔術に対して人並み以上の関心があることは予測していたからな。こういったところで彼の機嫌を取っておいた方が、恩も着せられるというものだろう。
ユージェン、と言うよりもティゼム王国側が私に要望があるように、私もユージェンには私の正体について配慮してもらいたいのだ。
だが口に出すつもりは無い。
口に出さない限りは何処まで正確に推測できたとしても確信止まりで済むからだ。私が自身の正体について少しでも口に出してしまえば、確信が確定に変わってしまう。確信と確定の差はあまりにも大きい。
冒険者ギルドの入り口に不衛生な輩を弾き飛ばす警備用魔術を掛けて”囁き鳥の止まり木亭”に帰ることにした。
魔術の効果を確認したかったのだが、効果の対象になるような者がいないので、確認は明日の早朝に行うとしよう。ちなみに、私もユージェンも警備用魔術の対象には含まれなかった。
さて、今日やるべきことは全て終わった。”楽園”から持ってきた果実を食べたら就寝するとしよう。
…頭に小さな衝撃が連続して伝わってくる。シンシアが私を起こそうとしてくれているのだろう。目を覚まして疲れているであろうシンシアを回復してあげよう。
体を起こして目を開けば、思った通りシンシアが私の目の前にいてくれた。笑顔で両腕を広げればすぐにシンシアは私の元まで来てくれた。
そのままシンシアを優しく抱きしめて頭を撫でて疲れを取り除く。
「おはよう、シンシア。今日も起こしてくれてありがとう」
「んふぇふぇ~~、ノアねえちゃ~ん、おはよぉ~…」
気持ちよさそうに頭を撫でられながら頬擦りをしてくるシンシアは温かくて可愛いなぁ。
このまま再び布団をかぶってシンシアと共に二度寝をしてしまいたいところだが、今日も今日とてやることがあるし、何より今日はシンシア達に魔力のレクチャーをしてから皆で遊ぶと決めていたのだ。しっかりと起きるとしよう。
服を着て一階に降りるとしよう。今日着る服はまだ着たことのないフレミーが用意してくれた服だ。フレミーは三着の服を用意してくれたが、この服だけはまだ着ていなかったからな。
「あれーっ、ノア姉チャン、オレ達が選んだ服は着ないのーっ?」
「この服はまだ着たことが無くてね。この国に行くために態々仕立ててくれた服なんだ。きっと似合うとも言ってくれたからね。一度は袖を通しておきたかったんだ」
「んー。ノア姉チャンのその服作った人って、ノア姉チャンの大事な人?」
私が服を見つめながら説明していたことに思うところがあったのだろう。シンシアがこの服の製作者について聞いてきた。
大事だとも。私にとって、そしてあの娘にとっても初めてできた大切な友達。私に様々なことを教えてくれた、掛け替えの無い娘。
…いかんな。家を出てからまだ5日しか経っていないというのに、もう家の皆に会いたくて仕方が無いぞ。
しかし、こんな短時間で寂しくなったからと皆に『通話《コール》』を掛ければきっと呆れられてしまう。せめて1週間は我慢しよう。
「そうだね。私の大事な友達だよ」
「そっかー。それじゃあ仕方ないなー」
服の製作者の話を聞いたら納得してくれたようだ。尤も、今日1日中この服で過ごすことは無いかもしれないが。
「シンシア、貴女達が案内してくれたあの服屋は何時から開店するのかな?」
「んー?午前の鐘が九回鳴ってからだぞ?新しい服買うの?」
「いいや、昨日とてもいい生地を見つけたからね。商業ギルドで購入してからその生地で何か仕立ててもらおうと思ったんだ」
「マジかー。ノア姉チャン、服買うよりスゲーことしようとしてんな…」
「幸い、お金に関してはとてもたくさん手に入ってしまったからね。無駄にためておくよりもどんどん使った方が街のためになると思うよ」
そんな会話をしてシンシアと共に1階へと降りていくと、ジェシカとも顔を合わせることとなった。エレノアも一緒に食事ができそうなことを伝えておこう。
「おはよう、ジェシカ。もう仕事へ行くのかい?」
「あら、おはようノアさん。そうよ。明日はお休みだし、気合を入れて仕事をこなさないとね!」
「昨日図書館へ行ってエレノアに確認を取ったのだけど、一緒に食事ができそうだったよ。今晩も図書館へ向かうから、その時に確認しておくよ」
「そう。それは楽しみね。教えてくれてありがとう。それじゃ、行ってくるわ」
仕事へ向かうジェシカを見送り、朝食を済ませた私は、冒険者ギルドへと向かっていた。昨晩仕掛けておいた警備用魔術の効果を確認しておきたかったのだ。
冒険者ギルドに着くと、何やら人だかりが出来ている。なかなかに騒がしいのだが、それ以前に少し臭う。
…こいつらの外見は覚えている。昨日ちゃんと私から本を買った連中だ。
別に臭くても私は耐えられないわけでは無いが、不快感を得ているという事実を認識させるため鼻をつまんで話しかけるとする。
「お前達、こんなところで何をしてるんだ?後臭いぞ。『清浄《ピュアリッシング》』はどうした」
「あぁっ!姐さんッ!?って、なんで鼻を摘まんでんですかっ!?てか今ハッキリと臭いって面と向かって言われた!?」
「言ったぞ。そして臭いぞ。そのままギルドに入ったりしたらまた受付嬢達から冷たい目で見られてしまうだろうな」
「うぅっ…。すんませんっ…。でも姐さん、魔術言語を知らなかった俺達がたった1日で魔術を習得するのは無理がありますって…」
「魔術が使えないのならばちゃんと自分の手で体や装備を洗えばいいだろう。お前達、面倒だという理由でまたギルドの職員達を不快な気分にさせるのか?言ったよな?依頼を受ける時ぐらいは身綺麗にしろと…」
『清浄』が習得できなかったからと、相変わらず不衛生にしている連中を睨みつける。
見つめるのではない、表情を険しくして睨みつけるのだ。元よりじっとりと睨むような私の目つきだ。明確に睨み付ければこの連中だって尻込みぐらいはするだろう。
「ひ、ひぃ、すんませんっ!で、出直してきますんで、どうかブッ飛ばすのはご勘弁をっ!…てか、何故かギルドに入れなくて、皆困惑してるんすよ」
「ギルドに入れないのは全員か?」
「い、いえ、たまに入れる奴はいますね。”新人《ニュービー》”や”初級《ルーキー》”のヤツ等が多いです」
なるほど。それなら、ギルドに入れる者と入れない者。少しだけ様子を見学させてもらうとしようか。
うん、私が昨日施した警備用魔術は問題無く機能しているようだな。
汚れていたり、悪臭を放つ者だけを的確に私の尻尾に似た形状をした何かによって―ベチンッ―、といい音を立てて盛大に弾き飛ばしている。ちなみに弾き飛ばされた者は多少の痛みを感じてはいるようだが、特に怪我などはしていないようだ。
「ギルドに入れる者と入れない者、違いは分かるか?」
「い、いえ…えっと、ランクが低いヤツ等は入れる…?」
確かにランクの低い冒険者はギルドに入れているな。だが、そんなことよりももっと分かり易い違いがあるだろうが。
ああ、丁度いい見本がそれぞれ来てくれたな。
「違う。アレを見ろ」
「えええっ!?俺達と同じ”上級《ベテラン》”なのにギルドに入れてやがるっ!?そ、それに今弾かれたヤツは”初級”のヤツだ!ど、どうなってんだ!?」
どうもこうも無いだろう。分かってて敢えて認めようとしないのか?コイツは。
「ちゃんと明確な違いがあるだろうが。弾かれたヤツのお前との共通点も、ギルドに入れた者のお前との違いもどちらとも」
「ま、まさか、汚れの在る無しで…」
「汚れだけでなく臭いもだ。汚くて臭いヤツは冒険者ギルドに入れなくなっている。入ろうとすればお前が体験したようにギルドの外まで弾き出されるだろうな」
「ひ、非道ぇっ!!い、一体誰がそんなえげつねぇことを…!」
どの口が言うんだどの口が。お前達、一体どれだけこの街の受付に不快感を与えたと思っているんだ?
「どうすればギルドに入れるのかはもうわかっているだろうが。そもそも、さっきまでの話の流れから誰がやったのかなど容易に想像がつくだろうが」
「えっ?そ、それじゃぁ、まさかこれって、姐さんが…」
「そうだ。昨晩私が仕掛けておいた。ちなみにギルドマスターからも許可はちゃんととっるぞ」
「んげぇーっ!!ギ、ギルマスがー!?!?」
「そういうことだ。分かったのなら戻って体を洗って臭いと汚れを落として来いっ!依頼を受注するのはそれからだっ!」
「「「ヘ、ヘイッ失礼しやしたぁーーー!!」」」」
私の話を聞いていた連中が慌てた様子でこの場所から離れていく。まったく、世話の焼ける連中だ。
魔術はちゃんと想定通りに機能しているようだ。
確認も取れたことだし、気に入った生地を購入するために商業ギルドへと向かうとしよう。