彼の笑顔を見たい、隣で笑っていて欲しい。
願っているのはただそれだけだったのに、付き合えるとなり、それだけでは満足できない心がもっとと欲を出したのだろうか。
だから今、見たことがないような冷淡な目で睨まれているのだろうか。
酔いが一瞬で冷めてしまうような強い冷たい視線を浴びながらリアムの脳裏にはそんな言葉が渦を巻いていた。
そんなリアムの気持ちを知ってか知らずか、双眸に相応しい、母国の冬を連想させる冷たい声が出て行けと言い放ち、その声に謝罪も弁解も何も許される気がせずに肩を落として部屋を出ていく。
いつもそばで笑っていて欲しい、その思いから付き合ってくれと懇願し、結果付き合えることになった恋人、慶一朗の冷たい目と声に部屋から追い出されてしまったリアムだったが、このまま隣の自宅に帰る気持ちになれず、目の前のドアが開き、謝罪を受け入れてもらえるまでここで待とうと決め、壁に背中を預けながらずるずると床に座り込む。
己のどの言葉が、態度が、彼をそこまで怒らせたのかを思い出しながら。
若き小児科医、リアム・フーバーがつい先日告白をし念願叶って付き合うようになったのは、家は隣で同じ病院で働く専門は違うが同じ医師で同性という、己と境遇が重なり合う所が多い年上の男性、杠慶一朗だった。
初めて彼と出会ったのは、引っ越してきたばかりのこの町の店を知るために出かけた商店街のベーカリーだった。
ベーカリーから引っ越し先のフラットに向かったリアムは、その直後に彼と再会し、どういう偶然だろうなと苦笑していたのだが、翌日新たな勤務先の病院の意外な場所で三度彼に会い、その苦笑が驚愕に入れ替わる経験をしてしまったのだ。
初めての出会いから勤務先での出会いを経て自然と会話をする回数も増え、新しい勤務先ということもあり、リアムから迷惑にならない程度に彼に声をかけてランチを一緒に食べたり勤務後に飲みに行ったりと、同僚から友人へと関係を変化させたのだ。
その変化の最中、リアムの胸を鷲掴みにする、世界中の罪を背負ったような笑みを見せられ、初めてリアムが目にした心底楽しそうな笑顔を浮かべていた彼と同一人物とは思えないそれに、どうしてと疑問が芽生え、笑って欲しいとの思いが心の中にしっかりと根を張ってしまったのだ。
それ以降、リアムの中には彼に対し、笑うのであれば心の底からにしてほしい、つらい時まで笑う必要はないとの思いを抱くようになり、その思いが一人の被虐待児が搬送されたことで感情の爆発を引き起こしてしまったのだ。
その結果、リアムの思いを受け止めてくれた慶一朗と付き合うことになり、同性と初めて付き合う事実に後から不安を感じたりもしていた。
だが、慶一朗と付き合うようになり、今までの彼女たちと何が違うのかを探るような、言葉には出せない不安や心配を胸に秘めていたリアムに対し、慶一朗が言ったのは、自分たちの関係をあまりオープンにしないで欲しいとの言葉だった。
その言葉を聞いた時、リアムの脳裏に浮かんだのは率直に言って残念だなという思いだったが、胸のあたりがきしりと音を立てた事に気付かないふりをした。
どうして、とその時に聞けばよかったのだが、彼がそういうのだから理由があるのだろうと己を納得させ、分かったと聞き分けの良い態度を見せたのだ。
その時の違和感や己の感情を素直に口に出せば、こんな事にはならなかったのだろうか。
黙って立っていればレスラーやラガーマン、もしくは軍隊の人間かと思われる程鍛えた体を小さく丸め、立てた膝の間に項垂れた頭を突っ込んだリアムは、何がいけなかったんだろうと、完全に酔いがさめた脳味噌で過去を振り返るが、怒らせたことは理解できても何故怒らせたのかまでは考えられず、そんな情けない己に更に頭を抱えてしまうのだった。
だから、細く開いたドアの隙間から先程よりは表情を和らげた慶一朗がじっと見つめていることに気付かないのだった。
リアムが真夜中に自宅の隣の恋人の家で情けない顔で膝を抱えて座り込む事態に陥った数日前、付き合うと決めたときに慶一朗が希望した、美味いランチを職場でも食べたいとの希望を叶えるため、リアムは毎日それを用意していた。
そしてその日もランチボックスを片手に、浮かれた気分でスタッフだけが入れる裏庭のベンチで慶一朗が来るのを待っていたのだが、その時、スマホに着信があり、ハイスクールから今でも付き合いのある友人からの着信だった為、休憩時間ということもあり電話に出る。
「ハロー」
『ハロー、リアム! 久しぶりだな!』
「フレッド? 久しぶりだな」
電話を掛けてきたのはフレデリックという名の友人で、彼と後二人の合計四人でハイスクールではいつも一緒に馬鹿なことで笑ったり、好きになったクラスメイトの話題で盛り上がったりしていたのだ。
電話で久しぶりと言葉を交わすだけで気持ちはハイスクール当時に戻ってしまうのか、少し声も大きく明るくなったリアムは、裏庭に出るドアが開いて慶一朗がやってきたことに気付かず、旧友からの飲み会の誘いに目を輝かせていた。
「飲み会?」
『そう。今日シドニーに帰って来た。次の仕事まで時間があるから週末に皆で集まって飲まないか?』
その誘いは嬉しいもので、週末と繰り返しながら脳内でスケジュールを確認したリアムは、大丈夫だと思うが俺の宝に聞いてみると苦笑し、宝と返されて目を瞬かせる。
「ああ、恋人ができた」
『そうか! じゃあその飲み会の時に話を聞かせてくれ!』
去年、失恋の痛手からドイツに帰国してしまい、もう戻ってこないのではないかと皆で心配していたお前が新しい恋をして宝を手に入れた事は喜ばしいことだ、その話を聞かせてくれと他意も何もない言葉を投げかけられて一瞬返答に困ったリアムだったが、まあ、出来ればと言葉を濁し、まだ付き合いだしたばかりだからと肩を竦めたとき、テーブルの向こう側に人が腰を下ろすのが見え、咄嗟にスマホを耳から離すが、腰を下ろしたのが慶一朗だと気付くと無意識に顔を綻ばせてしまう。
「悪い、フレッド、店や時間はまた後で教えてくれ」
旧友との会話は楽しいものだが、目の前にいる人との時間を大切にしたいと口早に告げた後、驚くフレデリックの返事も聞かずに通話を終えてしまう。
「お疲れ、ケイ」
今日の午前中も手術があったのだろうと労うように声をかけると、慶一朗の口が何かを言いたげに開閉するが、その口から流れ出したのは小さなため息一つで、どうしたと首を傾げるリアムに何でもないと小さな苦笑が返ってくる。
「今日のランチは何だ?」
「今日はベーグルサンドとポテトサラダだ」
「ポテトサラダ?」
「そう。昨日夜に作ったけど結構残ったから持ってきた」
ベーグルサンドはいつものように好きなトッピングをどうぞと、テーブルにランチボックスの中身を広げつつ笑うリアムに慶一朗も口の端を持ち上げて頷き、コーヒーが入っているポットをテーブルに置く。
それを合図に二人のランチタイムが始まるのだが、野菜をあまり食べない慶一朗に食べさせるにはどうすればいいかとリアムが密かに思案していた時、飲み会に行くのかと問われてヘイゼルの双眸を丸くする。
「あ、ああ、うん、ハイスクールの時から付き合ってる友達がシドニーに帰ってきたって電話があった」
「ふぅん、仲が良いんだな」
「そうだな、大学の友人もいるけど、ハイスクールの友人は少し何か違う気がするかな」
ハイスクールという、青春真っ只中で得た友人は、声を聴いた瞬間にあの頃に戻れるようで、他の友人達とは少し違う感覚があると笑うリアムにふぅんとあまり乗り気ではない返事をした慶一朗は、どの店で飲むのかは分からないが楽しい酒だといいなと笑い、リアムの忠告を少しだけ受け入れたようにベーグルにレタスとキュウリを挟んだサーモンサンドを作る。
「そう言えば、ケイはハイスクールの友達とかはいないのか?」
「ん? ・・・日本に一人だけ、今でも付き合いのあるヤツがいるかな」
中高一貫の学校だった為に六年間はほぼ同じ人達と顔を合わせていたが、その中でも島村祐介と言う名の同級生とは今でも付き合いがある−と言っても相手から一方的に連絡が入り、こちらはただそれを受け取っているだけだと肩を竦める慶一朗の様子にリアムが良かったと小さく笑うと、恋人の話を聞きたいとさっきフレッドに言われたと続けると、慶一朗の雰囲気が一瞬で変化をしてしまう。
今まで楽しそうに笑っていた顔に別の種類の笑顔が張り付いたように感じ、どうしたと眉を寄せたリアムに、何でもないとその顔のまま笑った慶一朗は、俺の話などしても楽しくないだろうから程々にしろよと笑い、サンドイッチに齧り付く。
「楽しいと思うけどなぁ」
「・・・・・・リアム、次のランチはエビが食いたい」
「エビ?」
「そう。ロブスターなんて言わないけど、中華料理で食べられるエビが良い」
リアムに次のランチのメニューをオーダーして来る慶一朗の笑顔に引っ掛かりを覚えたものの、食べることに興味が薄い恋人が自ら食べたいと言ったものならば用意をしようと頷き、エビと他に食べたいものはないかと問いかけるが、特にないと返されて微苦笑しつつリアムもベーグルに野菜やサーモンをトッピングして食べ始めるのだった。
ランチの時に見た、笑顔の質が変わったとしか思えない表情の変化は、慶一朗自身にとっては無意識のものかもしれなかったが、リアムの目には不自然なものに見えてしまい、己の言葉で何か変化を与えるようなものはあったかと、ボールペンの尻で顎を突きながら上目遣いになっていると、くすくすと笑いながらジェシカがやって来る。
「何か考え事かしら、ドクター?」
「・・・ジェシカは、ケイと一緒に仕事をしたことはあるか?」
椅子をくるりと回転させながらキャビネットを開けようとしているジェシカに問いかけたリアムは、この病院に入った時に一緒に仕事をしたことがあると振り返りながら答える彼女に、一緒に仕事をして見てどうだったと問いかけると、少し沈黙が流れた後、仕事は優秀だしスタッフにも優しかったが、見えない壁のようなものがあったと小さく続けられ、リアムが目を見開いてしまう。
「壁?」
「そう。・・・あなたと一緒にいる時にはないと思うけど、他のドクターやスタッフ達も感じているんじゃないかしら」
この病院で優秀な医師として名前の上がるドクター・ユズは仕事は丁寧だし患者からの評判も良い、けれど目には見えない壁を作っていると続けられてリアムの手がボールペンを上下に軽く振る。
「だからみんな、あなたはどうやってドクター・ユズの壁を壊したのか疑問に感じているわ」
この病院に勤務するようになってまだ半年も経過していないのに、一番人当たりが良くて一番人づきあいの難しいドクターとどうやって仲良くなったと笑われ、難しいかと首を傾げれば、難しいと頷かれる。
「仕事が終わった後の飲み会にも参加しない、休日に誰かと何処かに行ったとも聞かない、プライベートが殆ど分からない人だもの。・・・コミュニケーションを取るのが難しいのじゃなくて、そこから先、友人になるのが難しいって感じかしら」
「・・・うん、それなら分かるな」
コミュニケーションはおそらく完璧すぎるほど上手だろうが、プライベートの話題になれば上手く話を逸らしている気がすると頷いたリアムの脳裏、初めて二人でここのカフェでランチを食べた時に見た、あの忘れることのできない笑顔が思い浮かんでいた。
あんな顔を今までにも誰かに見せていたのだろうか。
そう思った時、胸が軋んで一瞬息苦しさを覚えてしまい、ボールペンで胸を突く。
「ドクター・ユズが誰かとランチを食べているなんて、今まで見たことがない光景よ」
今日も裏庭で一緒に食べていたでしょう、あなた達本当に仲が良いのねと笑われ、仲が良いというか仲良くしていたいと素直な思いを口にすると、その素直さがドクターには必要なものだったのかも知れないが誰も実践出来なかったと笑われ、次の患者を呼ぶから仕事をしろと笑顔でボードを突きつけられ、ボールペンの尻でハニーブロンドの髪をカリカリと引っ掻くと仕事をするかーと椅子の上で伸びをし、気分を切り替えるのだった。
「────乾杯!」
「乾杯!」
週末の夜はシドニー市内のどの店も、今週の疲れを癒そうとする様に人々が訪れていて、リアムとその友人達がいつも使っている店も結構人が入っていた。
ハイスクール時代の四人が集まれば、バカと女子達に揶揄われていた頃と何も変わらない雰囲気になり、運ばれてきたビールジョッキをガチャンとぶつけて口々に乾杯を告げる。
「久しぶりだなぁ、みんな」
今日の飲み会の音頭取りであるフレッドがビールで喉の渇きを癒した後に満足気なため息をつきつつ旧友を見ると、それぞれ久し振りと頷く。
「それにしても、リアムがドイツから帰ってきてくれて良かった」
「本当にな!」
去年のクリスマスアドベントの直前に彼女と別れ、勤務していた病院も辞めた後、ドイツに帰ったと聞かされた時の衝撃は忘れられないと、旧友三人から睨めつけられて思わず肩を竦めたリアムは、あの時は本当にもう帰ってくるつもりはなかった、だから部屋も解約したと、ビールジョッキに言い訳を呟くが、今付き合っている人がいるんだろう、失恋から立ち直ってくれて良かったとフレデリックに笑われ、ビールを喉に詰めそうになる。
「・・・!!」
「何だ、リアム、彼女が出来たのか! それは良かった!」
学生時代、この四人の中で最も女子達から人気のあったネイサンが白い歯をキラリとさせながらリアムにジョッキを突き付け、それを見たラルフが楽しそうに目を細める。
「失恋から立ち直って良かったな、リアム」
「まあ、な」
ただ、彼女じゃないんだけどと、再びジョッキにブツブツと呟くと、三人が顔を見合わせた後、何だってとテーブルの中央に顔を寄せる。
「彼女じゃない? でも、付き合い出したんだろう?」
「どういうことだ? お前、まさか・・・・・・」
今付き合っているのは男なのかと、フレッドが唾を飲み込み恐る恐る口にすると、リアムは友人のその顔に困惑したように頷く。
「ああ・・・年上の男だ」
しかも同じ医者だと告げると、テーブルの上を運ばれてきた料理が跳ね上がりそうなほどの驚愕の声が上がり、周囲の人たちがその声に驚いてリアムたちを見つめる。
「男と付き合ってるのか!?」
「お前、女性だけじゃないのか!?」
「バイだったのか!?」
友人達の驚きの声に口の前に指を立てて静かにしろと合図を送ったリアムだったが、今までは女性ばかりと付き合ってきたが、今付き合っているのはさっきも言ったが男性で年上だと告げると、フライドチキンを摘んで口に運ぶ。
「・・・・・・軽蔑、するか?」
驚きのあまり沈黙してしまった友人達の顔を見回し、己のセクシュアリティを口に出すのはこの面々の前では気にしたことも無かったが、同性と付き合うということはこういうこともあるのかと不意に理解したリアムは、軽蔑される謂れはないがされても仕方がないなと肩を竦め、ジョッキに残っていたビールを飲み干すと、ウエイターに合図を送ってお代わりを注文する。
「・・・俺も、同じビール!」
「あ、俺も!」
微妙な空気がテーブルの上を漂ってパブの床に落下した頃、リアムの隣に座っていたネイサンが、モデルをしているだけあって丁寧に整えた手を挙げてビールを注文し、それにつられたようにラルフも声をあげる。
「・・・軽蔑なんかしねぇよ」
お前とハイスクールで同じクラスになった時からずっと一緒にいる俺たちをナメるなと、フレデリックに睨まれたリアムは、フレデリックの分のビールも注文し、それぞれの前になみなみと注がれたビールが到着したのを見計らい、咳払いの後背筋を伸ばして三人の顔をじっと見つめる。
「俺が今付き合っているのは、同じ医者として尊敬できる優秀な男だ」
「名前は?」
「ん? 慶一朗。言いにくいからケイって呼んでる」
リアムの顔に浮かぶ安堵と真摯さから冗談でも嘘でもない事をしっかりと見抜いた友人達は一瞬視線を交わし合うが、同じ医者で年上とネイサンが呟き、そうとリアムが頷いてフライドポテトを摘む。
「そう、年上。でも・・・やってることがすげーガキっぽい」
俺より子供じみた事をしていると、ポテトをボールペンのように上下にフリフリとしたリアムだったが、その顔に浮かんでいるのが見ている方が呆れるほどの笑顔で、ラルフがため息をこぼした後、リアムの手にあったポテトを奪い取って口に放り込む。
「おい、ラルフ、こっちを食えよ」
「────失恋から立ち直ったかと思ったら何だそのニヤケきった顔!」
俺も独り身なのにそんな顔をされると嫉妬してしまう、ポテトぐらい寄越せと、筋が通るような通らないような事を呟かれ、隣の席のネイサンの肘鉄をわき腹に食らってしまい、そちらを睨んだ時、フレッドがニヤニヤと笑いながらフライドチキンを取っていく。
「お前ら、自分の分があるだろうが!」
「うるさい、一人だけ幸せになりやがって」
これが許せるかと、三人が結託してリアムをいじめることに決めたのか、その彼とはどうなんだ、仲良くしているのかと口々に問いかける。
「・・・仲は良いんじゃないかな」
職場で可能な限りランチは一緒に食べているし、夜も出来る限りどちらかの家で寝ていると答えると、三人の目が一瞬で据わり、夜もずっと一緒にいるのかと問われ、そうだなと頷きつつフライドポテトを死守する態勢になると、彼の家に通っているのかと問われ、家が隣同士だからと返すと、三人のそれぞれ色も大きさも違う目が一様に大きく見開かれる。
「隣!?」
「そう。前に話ししただろ?」
引っ越した先の隣のフラットに住んでいる日本出身の男がいる、それが慶一朗だと告げると、確か職場も同じだと言っていなかったかと問われて無言で頷く。
「家も隣職場も同じ、よくもまあそんな偶然が重なったな」
「ああ、それは俺も思う」
出会い方からして奇跡のようなものだと素直に頷いたリアムの言葉に三人も頷くが、フレデリックがポツリと呟いた言葉にまたも三人が無言で頷く。
「・・・前の彼女みてぇにならないと良いな」
あれは結局あの女のわがままだったけれど、お前が傷付いてドイツに帰ったりするのはもう見たくないと素直な思いを口にすると、気恥ずかしくなったのか、ビールを一気に飲み干してしまう。
「・・・フレッド、ダンケ」
「あー、もう、照れるだろー」
リアムの短い感謝の言葉にフレッドが鼻の頭を赤くしながら顔を背けると、ネイサンとラルフも似たような笑みを浮かべてビールを飲み干し、リアムもジワリと嬉しくなってビールと料理のお代わりを注文するのだった。
「────もし、機会があればお前の恋人に会わせてくれよ」
「そうだなぁ、それが良いな!」
「そうだそうだ!」
完全に酔いが回った三人が、似たり寄ったりの顔色のリアムの胸や腹に拳をぶつけつつついさっきまで店の中でワイワイと盛り上がっていたお前の年上の恋人に会わせろと笑い、リアムも会わせたいなぁとアルコール以外の理由で頬を赤くする。
仕事では絶大な信頼を置ける優秀な脳神経外科医だが、職場では絶対に見せない顔を己にだけ見せてくれているのではないかとつい先日気付き、それが嬉しいと思う反面、己が知っている優秀以外の顔を見せたい気持ちになってしまう。
人当たりが良くてでも人付き合いが難しい己の恋人。
人に知られたくない気持ちよりも見せびらかしたい気持ちが強く、お前達にもいつか会わせたいと、いつか来るかもしれない未来を想像しつつ口の端を持ち上げると、その時はキャンプにでも行こうぜとラルフが笑い、キャンプだったらお前とリアムが用意をしてくれ、俺は参加するだけだとネイサンが肩を竦めるが、フレデリックが、次にシドニーに戻って来るのは来月になる、その時にしろと己の仕事の都合で注文をつけて来る。
その一つ一つに頷きながらデイキャンプかぁと、先日慶一朗と二人で行ったキャンプが想像以上に楽しかった事を思い出し、また慶一朗も楽しんでいたことも思い出すと、また計画を立てようと告げ、そろそろ電車がなくなりそうだから帰ると手をあげて地下鉄の駅へと長い足を向ける。
リアムの巨体が街角に消えるのを見守っていた三人だったが、誰からともなくため息をこぼし、あいつがまさか男と付き合うなんてと呟くと、失恋のショックだったのかなと小さく答えられ、オンナに懲りたからオトコに走ったのかとの疑問が三人の前に落下する。
「・・・それは、リアムの場合は考えられねぇなぁ」
「そうだな・・・どちらかといえば、守ってやりたい人って思ったのかな」
「そうかもしれないな」
昔からあいつが付き合う女は守ってやらなければならないほど弱く見える女ばかりだったと、過去を思い出したフレデリックが肩を竦めると、あいつの体格を思えば皆守ってやりたくなるんじゃないかとネイサンが少し冷たい笑みを浮かべるものの、そんなあいつが好きになったケイという男はどんな人なんだろうなと興味を示したように呟き、ラルフも気になるなと同意をする。
「・・・ま、次に会う時に別れているかどうかで本気かどうか分かるんじゃないか?」
「それもそうだな」
「別れていないに5ドル」
「なんだ、ネイサン、賭けるのか?」
「ああ。────ラルフはどうだ?」
ネイサンがポケットから5ドル紙幣を取り出し、ラルフも同じく5ドル紙幣を出すと、別れていると口の端を持ち上げる。
「フレッドは?」
「・・・俺は別れていないに5ドルだな」
三人が差し出した5ドル紙幣をネイサンが纏めてポケットに入れ、次の再会を拳をそれぞれの腰にぶつけて約束をすると、ハイスクールからの付き合いのある友人達はそれぞれの家に帰るために背中を向け合うのだった。
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