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敵襲。
その一言で、ピンと張る糸。
周りの空気が一変し、皆が戦闘態勢に入る。隣にいたアルベドの目つきも変わったが、相変わらず、楽しそうだった。
(この戦闘狂が……)
この状況を楽しめるってかなりクレイジーだと思うんだけど? と、そんな軽口をたたける状況ではなく、私は辺りを見渡した。
確かに私達に近付いてきている足音が、気配がする。
(でも、よく気づいた……まあ、そうか。選りすぐりの魔道士達連れてきたんだっけ。これぐらい気づくみたいな感じなのかな……)
嫌な空気はしていたけれど、「敵襲」と一言言われると、現実味が増す。私は変に魔力を漏らさないように臨戦態勢に入った。
ここに来る前に、あまり目立ちすぎないようにと言われたのだ。ヘウンデウン教が聖女を狙っているという話が入ってきたからである。その信憑性は薄いのではないかと議論されたが、私的にはあり得る話だと思った。だって、あっちのボスが混沌とトワイライト。トワイライトが私に執着していることは私が誰よりも知ったから。
「怖じ気づいてんのか?」
「はあ? 何で」
「怖い顔してるぞ。エトワール」
「逆に、これを楽しめと?」
とんと肩を叩かれ、アルベドがそんな口を叩いた。この状況を楽しめるのはアンタぐらいしかいないわよと私は返しながら眉間に皺を寄せる。アルベドが味方でよかったけれど、こういうことを言うから信用ならない。信用して欲しいと言う割りには、自分から信用をそぐようなことをしている事に驚きである。
まあ、それがアルベド・レイという男なんだけど。
(前から五人……右と左で二十人ぐらい?)
感覚でそれぐらいだと思った。私達の数に対しては少なすぎると思った。それぐらいでも倒せると見切りを付けられているのか。
モブが幾ら束になったとして、攻略キャラに勝てるわけ無いのに。
(魔法攻撃は、ブライトが仕切っている魔道騎士団が。切り込み隊長はリースで、騎士達はリースの指揮にしたがって……)
私は一応、リースの指示に……と言われたが、リースは自分の身を守ることを優先しろとか言ったため、私は兎に角不意を突かれて攻撃を喰らわないように注意した。混沌の狙いは、聖女である。
混沌を倒せるのは聖女だけだから、こんな所で傷を負って貰っては困ると言うことだろう。
建物の影から飛び出してきた男達は詠唱を唱えながら走ってくる。守備部隊が前戦に出て守り、その防御を固めるために、魔道士達が防御魔法をかける。こうなれば、簡単に攻撃は入らない。
上手いこと連携が取れたのか、初めの攻撃は防ぐことが出来た。だが、その間から、黒い火球のようなものが飛んでくる。
(魔法もしっかり使えるって事ね)
私は、上から飛んできた火球を防御魔法で全部防ぐ。
目立つなと言われたけれど、こっちも当たりたくないし、自分の身を守るためにそうしたと言い訳をすればいいと思った。しかしそれで、私の居場所がバレたのかバラバラに突っ込んできた男達は一点に狙いを定めた。
「エトワール、隠れていろ」
「隠れるって何処に?」
リースが隠れろと叫んだが、隠れようにも軍の中心部にいるんだから隠れようがなかった。物陰に隠れてろ? でも、あの男達はそういう所に隠れている人も見つけて攫っていきそうな感じがするんだけど。と、私はその場から動けなかった。どれだけ、自分が重宝されているのか分かったが、守られてばかりじゃいられない。
「私も戦うの」
「魔力を残しておけと言っているんだ。お前が、今回のキーパーソンだと言っただろ」
「でも、早めに蹴散らした方がよくない?」
と、私が言えば、ちらりと振返ったリースが首を横に振った。
彼には、この先の戦いが見えているように剣を構える。再び飛んできた魔法を横ふりでなぎ払った。まるで、魔法を斬ったようだと思ったけれど、実際その最強の剣とか言う奴に付与されている魔法が弾いた。と言うことらしい。
普通は、魔法というものは物理を無視してとんでくるもので、防御魔法でしか魔法というものは防げないらしい。貫通性抜群と言うことだ。
となると矢っ張り、グランツの魔法を斬ることが来出る魔法というものは特別なものだと改めて実感する。
(何で、グランツの事なんか……)
裏切り者のことを考えている自分に嫌気がさしたのか、まだグランツに情がある自分に驚いたのか分からないけれど、パッと浮かんだ攻略キャラの顔を思い出して私は首を横に振る。
実際、彼がここにいてくれればまた戦況は変わっていただろうし。
思っても仕方のないことだけど。
(てか、矢っ張り人数少なくない?)
私達の数に対して圧倒的に少人数。様子見で、これぐらいの人数しか送らなかったのか、若しくは……
「エトワール、見落としてるだろ」
「え!? アンタ、エスパー!?私の心読んだの?」
「は? 何言ってんだよ」
アルベドは、心底呆れたというような顔を私に向けた。でも、今のは完全に私の心を読んだとしか思えない発言だった。
見落としている。
(見落としている……ああ、そうか)
アルベドの発言で、私はようやく彼の言う「見落としている点」について気づくことが出来た。けれど、その本人がいない。
「何処にいるの?」
「隠れてるんだろう。彼奴は、高みの見物が好きだからなあ」
「アルベドと全然違うのね」
「兄弟だからっていっしょにすんなよ? 俺は、俺。彼奴は彼奴。それで良いだろう」
そう言いながら、アルベドは魔法を打ち返すように、大きな火球をナイフで弾いた。いったいどうなっているのだろうか。グランツのユニーク魔法と似たようなことをしている攻略キャラ二人をみて、やはり攻略キャラ補正でも着いているのではないかと疑ってしまう。
(はじき返したって……えぇ)
火球は曲がり、私達を狙ってきた男達に命中する。男達は苦しそうな声を上げて後ろへゴムボールのように飛んで行ってしまった。
まあ、攻略キャラの攻撃……ではあるし、強いんだろうけど。あっちが可愛そうだとも思ってしまった。分が悪いとはこのことを言うんだと。
しかし、男達は死をも恐れず次の攻撃を放ってくる。先ほどからかなりの高威力の魔法を打ち続けているが、魔力は持つのだろうかと。
(可笑しすぎる……もしかして、あの時みたいな?)
操られている説が濃厚になり始めて、私は身が震えた。
また、やっているのかと。
洗脳魔法は高位の魔法である。そんじょそこらの魔道士が出来る魔法ではないとブライトが言っていた。と言うことは、やはり彼が近くにいると言うことになる。だが、魔力は感じても姿を見つけられなかった。
男達が、死をも恐れず突っ込んでくるのは、そういう風に洗脳されているからじゃないかと。それとも、混沌を信仰しすぎた狂信者か。どちらにしても、あちらもこれが最後の戦いだと思っているのだろう。だが、この軍勢に対して十数名で勝てるはずがない。
まあ、騎士団を一掃できる魔道士もいるとは聞くけれど、そんな人を簡単に戦場に放り投げるようなことはしないだろう。
「いったい何処にいるって言うの……」
「エトワール、誰を探してるんだ?」
「誰って、それは――――」
「俺の事を探してるんだよね。エトワール」
「ッ!?」
ふと耳元でそんな声がして、私は思わず振返った。するとそこには確かにラスター帝国騎士団の服を着た男がいる。男の顔は暗くて読み取れない。しかし、そこに何の違和感もなく混じっていた。
(もしかして、フェイク?)
「エトワール、どうした……?」
「ごめん、私ちょっと列から離れるから……!」
「お、おい、エトワール! 単独行動は!」
リースの制止を振り払って私は風魔法を使い地面を蹴る。大きく宙へ舞い上がって、私はその場で一回転し、戦場から離脱する。なるべく遠くへ、人がいないところへ。
港から離れて人気の無い森へと入りゆっくりと着地する。人がいる気配はしない。けれど、確実に追ってきているであろうという確信はあった。
「ここなら、大丈夫でしょ。出てきなさい」
私は暗い森の中でそう叫んだ。
しかし、雨の音ばかりで誰も返事をしない。
私の勘違いだったか。そう思ったが、私はこれはまた先ほどみたいにやられるパターンだと気を抜かなかった。緊張の糸をほどかず、周りに集中する。
(風向きが変わった……後ろ……十メートルぐらい?)
かさ……とかすかに草を踏みしめる音が聞え、私は魔力を手に集める。バッと振返るがそこには誰もいなかった。
「百点満点で言えば、十点ぐらいかな」
「……嘘、何で」
「でも、気づいたところは点数高いよね。久しぶり、エトワール」
「矢っ張り、アンタね。ラヴァイン……」
私の後ろにいたはずなのに、もう一周まわって彼は私の背後から声をかけた。くすんだ紅蓮と、その濁った満月の瞳を見て私は体中の毛が一気に逆立った。
嫌な予感の正体はやはり此奴だったのかと。
雨が降る中、にこりと微笑んだラヴァインの笑顔は、この世の何よりも気味が悪かった。