テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
教室の空気がざわついていた。
誰が言い出したのかもわからない──けれど、今日の“見もの”は、最初から決まっていた。
蓮司が登校してきて、遥の机の横に当たり前のように座る。それだけで、視線は集中する。
日下部もまた、教室の隅で静かにそれを見ていた。
まっすぐ、遥の様子だけを見ている。その目が、遥には焼けつくように痛かった。
(……信じさせたい)
──なにを?
そんなもの、遥にもよくわからない。
ただ、日下部のあの「お前、泣いてた」って言った声が、まだ耳に残っている。
「蓮司」
不自然に明るく、遥は声を出した。
「……昨日さ、ありがとな」
周囲がざわめく。
蓮司は、手を頬に当てながら面倒くさそうに笑った。
「何の話?」
「……ああ、あれ。……うん、俺、ほんとに……蓮司のこと、好きだよ」
一瞬、空気が止まった。
蓮司が眉をぴくりと動かす。
それは、遥が一歩“演技の深みに踏み込んだ”ことへの反応だった。
遥の声は震えていた。
でも、彼の目はまっすぐだった──いや、“まっすぐに見せようとしていた”。
ほんの少し、涙が滲んでいたのも、演技だった。
「……好きすぎて……馬鹿みたいだよな、俺……」
言いながら、自分でも吐き気がするほど気持ち悪かった。
何を言っているんだ、と頭の奥では叫んでいた。
でも、やるしかなかった。
これが嘘だとばれたら、すべてが終わる。
(──信じてよ)
そんな思いで、遥は蓮司の袖をつかんだ。
指先がかすかに震える。
だが、笑った。
──歪な笑顔だった。
「好き」なんて言葉が似合う表情ではない。
けれど、それを見た蓮司は、くっ、と喉を鳴らした。
笑いを堪えている。
「……へぇ」
低く笑ったあと、蓮司はわざと教室中に聞こえるように言った。
「じゃあ……今日はちゃんと、恋人らしくしよっか。なぁ、“俺の”遥?」
ざわり、と空気が揺れた。
日下部が、ほんの少し、目を伏せたのを遥は見逃さなかった。
その瞬間、遥のなかで何かが確かに「崩れた」。
これは演技。恋人ごっこ。
なのに、それ以上に、望んでしまった。
(……ちゃんと見て。俺は……“こいつのもの”なんだよ)
胸がきゅうと締めつけられる。
けれど、蓮司の手が肩を抱いたとき──
遥は、無理やりにでも笑ってみせた。
それはもう、“壊れかけの人形”の笑みだった。