テラーノベル
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教室に入った瞬間から、視線はわかりやすかった。蓮司が遅れてくる──それだけで空気が変わるのは、いつものこと。
“今日は何を見せてくれる?”という、期待と悪意が入り混じった視線。
面白くもあり、鬱陶しくもある。
蓮司は、何も言わず遥の隣に腰を下ろす。
当たり前のように。まるで、それが“自分の席”であるかのように。
で──すぐに始まった。
「蓮司」
遥の声は、少しだけ高かった。
無理に張ったような声。張り裂けそうな声。
蓮司の耳には、すぐにそれが“準備したセリフ”だと分かった。
「……昨日さ、ありがとな」
──はぁ? なに急に。
面白くなってきた。
目線だけで遥を見る。目を合わせると壊れそうな顔してるから。
睨んでくるのかと思えば──違った。
「……ああ、あれ。……うん、俺、ほんとに……蓮司のこと、好きだよ」
教室の空気が止まった。
蓮司は眉ひとつ動かさないまま、喉の奥で小さく笑う。
(……それ、今言う?)
笑いそうになるのを堪えた。
言葉にはしない。顔にも出さない。
けれど内心はもう──可笑しくて仕方がない。
(演技、下手すぎるだろお前……)
涙を浮かべるのも、“まっすぐな目”も、全部ズレてる。
嘘だとバレる寸前の“必死な本気”。
そんなもの、舞台でなら鼻で笑われる。
でもこいつは、心から信じてる。
「……好きすぎて……馬鹿みたいだよな、俺……」
その言葉に、教室中の何人かが戸惑いの空気を出す。
蓮司はそれすらも無視して、遥の袖をつかむ手の震えを見る。
(バレたら終わると思ってるんだ。ほんとに)
それが、たまらなく“愛らしい”と感じる。
愛らしい、なんて感情は蓮司の中に存在していないけれど。
──バカで、必死で、可愛い。
だからこそ──壊したくなる。
「じゃあ……今日はちゃんと、恋人らしくしよっか。なぁ、“俺の”遥?」
意図的に、わざとらしく言う。
声のトーン、強調する語尾──全部“演出”。
遥が演じるなら、蓮司は“観客”として楽しむ。
そして、支配する。
遥の反応は、読みどおりだった。
ほんの一瞬、嬉しそうな──いや、“信じさせようとする笑み”を浮かべた。
演技が破綻しかけているのに、気づいていない。
それがまた、滑稽で、哀れで、愛しい。
蓮司は、腕をまわして肩を抱く。
(おまえ、もうどっちが“本当”か、わかってないんじゃないか)
声には出さない。言ってしまえば、壊れてしまう。
この滑稽な演技の舞台が、終わってしまうから。
蓮司は、沈黙のまま──
“俺のものになっていく過程”を、ただ静かに楽しんでいた。