テラーノベル
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遥の背中を見ている。廊下の向こう、教室のすみ、席に座ったまま、動かない。
一時間以上も、同じ姿勢だった。
まるで──何もかもが、止まってしまったみたいに。
俺は、その背中を、何度見ただろう。
けれど、今日のそれは違っていた。
ただの沈黙じゃない。
目に見えない“拒絶”が、背中越しににじみ出ていた。
何かが起きた。
何かが、遥の中で、壊れた。
そうとしか思えなかった。
──それが、俺のせいじゃなければいいと、思った。
でも、それが俺のせいだったらいいとも、思った。
遥の中に、俺が入り込んでいるなら。
あいつの傷の一部に、俺の形があるなら。
どんなに嫌われても──ちゃんと触れられる距離に、いたい。
「……俺、なにやってんだろ」
ひとりでつぶやいて、笑った。
情けなくて、浅ましくて、ばかみたいで。
でも、あいつのことを、もう見過ごせない。
あの目。
あの震え。
あの、喉の奥でかすかに息を詰めた音。
全部が、“助けを呼べない助け”みたいだった。
でも、遥は決して言葉にしない。
“欲しい”とも、“痛い”とも、言わない。
いや、言えないんだろう。
あいつにとって、「助けて」は“加害”になる。
「そばにいて」は、“誰かを汚す行為”になる。
だから、俺が勝手に踏み込むしかない。
でも──踏み込んだ瞬間、壊れるかもしれない。
「近づいたらだめなんだ」と、思われて終わるかもしれない。
それでも。
もう、引けなかった。
「遥、何があったんだよ……」
「言えないなら、言わなくていい。でも、俺を、見ろよ」
心の中で繰り返す。
でも声には出せない。
教室の静けさのなか、あいつの背中は何も答えない。
蓮司が関わっている──そう感じる。
あいつは、遥の何かを知っていて、それを面白がっている。
それが何なのか、俺にはわからない。
遥は、俺が知らない場所で、
俺には届かない“地獄”の中にいる。
それでも、俺はそこに手を伸ばしたい。
届かなくても、汚れても、拒まれても──
それでも。
あいつに触れたい。