テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
廊下の角、昼の光の残滓が消えていく。
俺は、壁にもたれて二人を見ていた。
教室の中、何も言わずに背を向けたままの遥。
その視線の先を、焦れたように見つめている日下部。
どちらも、いい顔だった。
いや──惜しい、というべきか。
遥は、すでにずいぶん綻びを見せていた。
“自分が壊れてる”ことを、知っていて、でもそれをどうにもできず、
日下部に対しても「助けて」が言えない。
むしろ「俺なんかが助けられたいなんて思うのは、罪だ」とでも言いたげな顔で。
そして日下部は、その歪んだ沈黙にぶつかりながら、
まだ“希望”のようなものを手放していない。
──それが、面白い。
俺は、正直、もう飽きるかと思っていた。
遥の反応が鈍くなってきたあの夜、
日下部があまりにも不器用に動いていたあの放課後、
このまま終わるなら、それはそれでいいとさえ思った。
けれど──
「やっぱり、まだ壊れきってなかったんだな」
遥は、まだ“誰かを望む”ことができる。
そして日下部は、まだ“何かを守ろう”とする。
それなら、もうひと押しでいい。
俺は、ポケットの中の携帯を指で弾く。
画面には──とっておきの“素材”が眠っている。
昔のメッセージの一部、削ぎ落とされた写真、少し加工された音声。
証拠じゃない。
意味があるようで、意味のないもの。
ただ、受け取り手の“不安”と“期待”をくすぐるだけの破片。
けれど、人間はそれで十分だ。
“本当に言ったのか”“本当にそう思ったのか”なんて、関係ない。
想像できてしまえば、それが現実になる。
「遥、日下部が俺にこう言ってたよ──『あいつのこと、俺しか見てないって思ってたのにな』って」
「日下部、遥がさ……『おまえが蓮司に抱かれてるとこ、見たかった』ってさ。……怖いよな」
全部、嘘でもいい。
少しだけ“真実”を混ぜれば、人は簡単に裏切る。
それは、今までの家庭でも、学校でも、何度も証明されてきた。
遥は信じないだろう。
でも、“信じない”ことにも疲れてる。
だから、揺れる。
そして、疑う。
日下部は怒るだろう。
でも、怒りは「信じたい」という裏返しでしかない。
その執着がある限り、揺れる。
──それで十分だ。
「いいじゃん、ちょっとくらい間違えてくれよ」
「壊れるまで、あとちょっとなんだから」
俺は微笑む。
この飽きる寸前の、
“壊れかけの愛情”ほど、美しいものはない。