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「本当に、美味しいですね。こんな美味しい坦々麺生まれて初めて食べます!」

鈴木さんは嬉しそうに坦々麺を啜っている。

彼女には私にはない愛嬌があり、博貴が惹かれたのもわかる気がした。

私も、前回は入社してしばらくの間は意識して教育係の博貴に愛想を振り撒いていた。


今は冷たくしているから、彼は私に惹かれず最初から鈴木さんと結ばれてくれるかもしれない。


「末永さんの教育係の桜井博貴さんってかっこよくないですか? 爽やかでデキル男って感じがして!」

鈴木さんはどうやら最初から博貴に興味があったようだ。

それならば、最初から彼女と博貴をくっつけてしまった方が良さそうだ。


実際の結婚生活での彼はそこまで爽やかでもなければデキル男でもなかった。

年収の高さでお互いの家事比率を決めると最初に決めたのは彼だった。

最初は私の方が家事比率が高かったが、博貴が退職して起業してからは逆転した。

そして彼は、宝くじが当たってからは私の生活は変えないように言いながら自分の生活は派手に変えていた。


「アプローチしてみたらいかがですか? 桜井さんは、鈴木さんみたいな女性らしく気配りのできる方が好きだと思います」

私は本気で彼女にアドバイスをすることにした。

実際、博貴は私に対して女らしさや気配りが足りないとよく指摘してきた。


「アプローチなんてできないですよ」

鈴木さんが恥ずかしそうにモジモジしてきた。


「ババンシーのスーパーマリンつけてみたらどうですか? 桜井さんがつけている香水です。同じ香水つけると気があるというアプローチになったりするみたいですよ」

私は前回、誕生日に博貴が自分と同じ香水をプレゼントしてきたのを思い出した。

「俺色に私を染め上げたい」とか臭いことを言いながらプレゼントされ喜んでつけていたが、今となっては気持ち悪い。


「そんな意味があるんですか? 末永さんて物知りなんですね。流石、女性なのに大手総合商社の総合職で就職できるだけありますね」

末永さんの言う通り、一般的に男性より女性の方が能力がなければ同職にはつけない。

私の場合は能力があったと言うより、面接官の巡り合わせが良かっただけだ。

実際、他の商社は全て落ちている。


でも、それを言っても結局は派遣を見下す正社員の意見だととられてしまうかもしれない。

前回、私の意思とは真逆に彼女にお高くとまった嫌な女だと思われたのが納得がいかない。

言動には細心の注意を払った方が良いだろう。


「鈴木さんだって、業界最大手の菱紅物産で働いていたんですよね。その時の話聞かせてください。三ツ川商事より少しお堅いイメージですよね」


「そうですね。ここだけの話、三ツ川商事は情報管理もゆるくて少し心配になることありますね。菱紅物産の契約が切られた時はショックでしたが、三ツ川商事の緩い感じの方が働くには楽です」

鈴木さんは契約満了につき、三ツ川商事に来たと聞いていたが本人は切られたと認識してそうだ。


「本当に社員が羨ましいです。3ヶ月ごとに契約を切られるんじゃないかと、いつもお腹が痛くなるんですよ。もう、いっそ寿退社で永久就職して安定を手に入れたいです」

鈴木さんが私に憎しみを抱いた理由がわかる気がした。

私は彼女の興味があった男と結婚し、正社員の座も持っていた。


そして、回帰前に田中室長から彼女の仕事ぶりを聞かれた時にこう答えた。

「鈴木さんは仕事は迅速で丁寧ですよね。でも、私はそもそも派遣の事務はいらないと思います。次の会社で情報漏らされるリスクがあるじゃないですか」

私の発言が元で前回彼女が職場を去った可能性がある。


♢♢♢

昼休みでだいぶ、未来の博貴の浮気相手の鈴木菜々子とは打ち解けた。


「末永さん、これからうちの取引先のオフリードとの打ち合わせがあるから同席してね。御影社長にも紹介するから」

前回、この打ち合わせの際、私は博貴の隣で挨拶だけして地蔵状態だった。

なぜならば私はオフリードの服を買ったことがなくて話についていけなかったのだ。

しかし、今なら会話に参戦できる。


オフリードの服はカーディガンで1着2万円くらいだが、社販だと全てのアイテムが1000円で購入できる。

そのせいか私は三ツ川商事に入社して以来、洋服は定期的に社販で購入しオフリードで揃えていた。


「御影社長、今日からうちに配属になりました。末永です」

博貴に紹介されて御影社長に挨拶をする。


御影カナデ、33歳。

デザイナー兼モデルを務めるオフリードの社長だ。

様々なモデルと浮き名を流し、女癖が悪いことでも知られている。

「初めまして、末永亜香里と申します」


私は頭を下げて、名刺を渡す。

「今日の君のスーツ、ブラウスもうちの新作じゃない。うちの服はよく着てくれているの?」


前回、私はこの質問をされた時に言葉に詰まってしまった。

なぜなら、スーツもブラウスも母が就職祝いにと買ってくれたもので私は服のブランドに詳しくなかったからだ。


「はい! 私、御社のお洋服が大好きで、大学時代からバイトでお金を貯めてはオフリードの服を買ってました」

全くの嘘っぱちだが今は接待モードだ。


「そうなの? 一応ターゲット層はOLで、大学生が購入するには少しお高めの価格設定だと思ってたんだけど」


「いえ、デザイン性だけでなく、素材も良いものを使っているので長く使えて決してお高い価格設定ではないと思います」


これは、8年間私がオフリードの服を使った本当の感想だ。

ただ、価格設定が高すぎるので、私は元の値段でオフリードの服を購入したことはない。

余った在庫である服を社販で買って使った感想である。


「そうなんだよ。よく、分かってるね」

「ニット素材とか他のブランドとは一線を画すと思います。他のブランドはニット素材などすぐに毛羽立ってしまい1シーズン持ちませんから」

そして御影社長は性格が悪いので、他のブランドをディスると喜ぶ性質がある。

そのことを思い出し私はワザと他のブランドを下げて彼のブランドを褒め称えた。


「末永さんだっけ、もっと感想を聞きたいな。良かったら、この後、僕のアトリエに来ない?」

前回、彼のアトリエ兼住居に招待された時は、もっと関係性を築いた後だった。

そしてその時は博貴と一緒だった。


私がチラリと博貴の方を見ると彼は困惑した表情を一瞬見せるも頷いた。

取引先の社長の申し出を断るわけにもいかないのだろう。


「では、ご一緒させて頂きます」

私は御影社長の送迎車に乗り込み彼のアトリエ兼住居にお邪魔した。

大理石の玄関、全面鏡張りの衣装部屋、所狭しと陳列された洋服。


前回見た時は興奮して、「すごーい!」を連発するからくり人形だった。

流石に2度目だと落ち着いて対応できる。


「もう、来季の春物のデザインを考えてるんですか?」

「まあね。あとでクローゼットに案内するから好きな服を持って行きなよ」

私の腰に手を回しながらアトリエを案内する御影社長に違和感を感じた。


前回は男性社員である博貴が一緒だったからセクハラは封印していたのだろうか。


「いえ、ちゃんと購入させて頂きます。本当に良いものなので」

どうせ、全品1000円で社販で最終的に購入できる。


洋服のプレゼントなんて前回はされなかったし、彼の悪評を考えると断っておいた方が良いだろう。


「もしかして、警戒してる? 僕は脱がせたくなる子には、つい服をプレゼントしたくなるんだよ」

御影社長が冗談めかして言ってくる言葉に私は微かに危機感を感じた。


接待先の社長と新入社員という関係上、私は彼に失礼な対応は取れない。

そして、私は不快な気持ちになるとすぐに顔に出てしまい、セクハラを受け流すのが苦手だ。


「警戒なんてしてませんよ。リップサービスですよね。素敵なモデルさんばかり見ている御影社長にとって私なんて女じゃないでしょ」


はっきり言ってなんと返すのが正解なのか全く分からなかった。

どうしたら、セクハラ発言をやめさせ相手の気分を害さず済むのか考えた。


「そんなことないよ、亜香里ちゃんは十分可愛いよ」

急に名前で馴れ馴れしく呼ばれて警戒心が高まる。

私の頬に手を添えて、まるでキスするように顔を近づける御影社長から私はスッと引いた。

(私にその気がないことがうまく伝わったかしら⋯⋯)


「ふふ、やっぱり警戒してる。ちょうどアフタヌーンティーの時間だからお茶でもしようか」

「いえ、仕事が残ってるので社に帰らせて頂きます」

アトリエ見学は終わったはずだから、もう会社に戻っても良いはずだ。


「僕を接待するのも仕事だよ」

御影社長は私の腰に手を回して、私を応接室に連れて行こうとする。


確かに彼を接待するのも仕事のうちに入るだろうが、腰に回された手が嫌らしく私は早いところ帰社したかった。

宝くじが当たったら、夫に殺されました。

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