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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「まあ、なんかいろいろ美味かったな」


帰りのタクシーの中で錆人は言った。

今日一日の感想がそれだったようだ。


およそ、求婚者めぐりツアーのあとのセリフとも思えない。


「だが、バランスが悪い」


突然の駄目出しに、は? と月花は横に座る錆人を見上げる。

ぎゅうぎゅうに乗っているわけではないので、距離はあるが。


揺れるとちょっと肩が振れそうで緊張する。


「雑炊、焼肉、スープか。

ランチの店とスイーツの店と酒の出る店ならよかったのに」


何故、あなたのお腹の都合に合わせて、プロポーズされないといけないのですか……。


「そういえば、結局、雑炊屋には会えなかったな」


なんだかんだで面倒見のいい西浦が連絡をとってくれたのだが、電話にも出なかったようだった。


「雑炊、美味かったが、二日続けてはちょっとな」

と錆人は呟いている。


「まあ、ともかく、焼肉屋とスープ屋はなんだかんだで、人が良さそうだ。


とりあえず、事情があるから、偽装結婚式をやりたいと言ったら、許してはくれそうだったな」


「はあ、まあ、そうですね。

式だけだったら、私もいいですよ。


あ、なんなら、あのウエディングドレスを着て、写真だけ撮ることにしてはどうですか?」


「いや、式もやらないと困る」


「なんでですか……?」

と訊きながら、実はちょっと想像がついていた。


「前のプロジェクトで助けた結婚式場が、ぜひ式はうちでと言ってくれているんだ」

「……どれだけ人助けしてるんですか」


いや、いいことなんですけどね……。


「そもそも、式だけで、さよならでも困るんだ。

じいさんのこともあるし。


あ、そうだ。

今度、じいさんにも会って欲しいんだが」


「あのでも――」


「俺はお前を金で買ったようなものだ。

言うことを聞け」


悪役かっ、と思ったが――。


「お前のところの派遣会社にはちゃんと話は通してある。

ややこしい仕事も頼むことになるからと、最初の倍の賃金を提示している。


派遣会社が何パーセントかとるんだろうから、全額お前の懐には入らないだろうが」


……ああ、給料払って雇ってるって意味ですね。


まあ、孫の結婚が急に駄目になって、おじいさんがガックリ来たら可哀想だから。

ちょっと話を合わせるくらいなら、とつい、思ってしまった。


まあ、いいおうちのおじいさんとか気難しいかもしれないけど。

どうせ、本物の花嫁じゃないから気が楽だしな~と月花は思う。


「私的な連絡先も教えておいてくれ」

と言われ、携帯の番号を教えた。


だが、そんなことを言っておいて、錆人は、今、仕事用のスマホしか持っていないようだった。


「これに書け」

と小さなメモとペンを渡してくる。


月花は、そのメモ用紙に携帯の番号を書いた。


手帳の後ろのミシン目があるページを切り取ったものらしい。

今にもなくしそうなくらい小さかった。


それを手帳に挟んでしまいながら、錆人は言う。


「ところで、お前はあの三人の中に好きなやつとかいるのか」


……それはむしろ、真っ先に訊くべきだったことなのでは?

と思いながらも、


「いえ、特に。

とてもいい方たちなのですが。


それだけに、会って間もない私を好きだとおっしゃるのが。

どうにもピンと来なくて」

と答える。


「間もないのか」

「そんなに長くはないですね」


「まあ、時間は関係ないのかもしれないけどな。

運命の相手というのは、見た瞬間にピンと来るものらしいぞ」


なんですか、そのいかにも、どこからか借りてきました、みたいなセリフは……。


この人も愛とか恋とか興味なさそうだもんな~、

と自らも、ぼんやり生きてきた月花は思う。


「でもまあ、スープ屋のお前に対するドキドキはなんか違う気がしたな。

雑誌の覆面調査員が来たときのドキドキみたいな」


覆面なのに、何故、気づかれているのでしょうね、私は……。


「まあちょっと、いい人たちなので、断りづらいです」

「じゃあ、俺と結婚すればいい」


いい理由になるだろう、と言う錆人に月花は言った。


「いや、それこそ、不誠実ではないですか?」


「だが、お前がそんな曖昧な態度を続けてて。

あの三人が出刃包丁と牛刀包丁とペティナイフで殺し合ったら、どうする?」


……なんで刃物類だけ、妙にリアルなんですか。


「いや、殺し合うほど、愛されてはないですよ」


「そうやって、お前が謙遜して、彼らの気持ちを勝手に否定することこそ失礼じゃないか?」

と言ったあとで、錆人は少し考え、


「俺だって、お前を手に入れるためには、戦えとあの三人に言われたら。

偽装結婚を頼んだ手前、身体を張って戦うのも、やむを得ないかと思っている」

と言い出す。


いや、そんな事態になったら、もう他の方に頼んだらいいかと思いますね……。


「まあ、ちゃんと考えてやれ。

……いや、だからって、俺との偽装結婚をやめるとか言われても困るんだが」


この人、なんだかんだで、やっぱり人がいいな、と月花は思った。

自分にとって、不利益になるとわかっていて、そんなアドバイスをくれるなんて。


「それにしても……

何故、お前があんないい男たちにモテてるんだろうな」


心底疑問そうにそう言ったあとで、窓の外を見、少し考えていた錆人だったが。

ふいに、こちらを振り向いて言う。


「お前、実は資産家のおじいさんとかいないか」

「……私本人の魅力はない、と思っていらっしゃるということですね」



月花が車を降りるとき、錆人は身を乗り出し、言ってきた。


「仕事のように結婚しよう。

きっと上手くいく」


いきますかね~? と月花は思っていたが。


まあ、この人、仕事はずっと順調なのだろうから。

それと同じ感じでやったら、偽装結婚も上手くいくと思っているのだろうなと思った。


「とりあえず、俺はお前からの好感度を上げることが、もっとも重要なタスクだと思う。

とりあえず、俺に何をしてもらったら嬉しいか書き出せ」


あの、私の仕事なっちゃってますけど。


「そうか。

お前も思いつかないか。


男にして欲しいこととか」


いや、決めつけないでくださいよ。


まあ……ありませんけど。


「雑誌やネットで調べろ。

明日までに幾つか候補を上げてこい」


じゃあ、と言いかけ、気づいたように錆人は言う。


「危ないから、お前が部屋に入るまで見ててやる。

早く入れ」


なんかようやく、恋人らしいというか。

人間らしいことを言われた気がする。


まあ……

偽装なんだから仕方ないんだが。


このままじゃ、寒々しい家庭になりそうだな~。

いつわりの家庭とは言え、なんか嫌だな、と思いながら、マンションのエントランスに入る。


タクシーの中の錆人に向かい、ぺこりと頭を下げた。




偽装結婚の花嫁に逃げられたそうです ~3日で真実の愛は見つかりませんっ~

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