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「えー、今回のプロジェクトに本社から出向の月見里くんが関わってくれることになったのだが……」
会議室にずらりと並ぶ面々に本部長が説明をしている中、千秋の目に林田美玲の姿が映った。彼女は怪訝な表情をしてまっすぐこちらを見ている。
千秋は冷めた目で彼女を見据えた。
その胸中は怒りで震えていた。
以前から千秋は紗那を追いかけているうちに、美玲の姿を頻繁に見かけるようになった。というよりは、いつも美玲の視線の先に紗那がいることに気づいた。
紗那の同僚であり社内で唯一紗那の味方といっても過言ではない。
その彼女が紗那を逐一尾行していたのだ。
美玲が紗那に対して異常なほどまでの執着を抱いているということくらい、千秋にはすぐにわかった。なぜなら自分もストーカーまがいなことをしている自覚があるからだ。
友だちなら、こっそり尾行することなどしない。何か別の理由があるだろうと思った千秋は探偵に依頼して美玲を調べた。
そして、紗那の周囲で起こったすべての事件は美玲が仕組んだものだったのだとわかった。
千秋に向けられた美玲の視線は憎悪に満ちていた。
だが、千秋も鋭い眼光で彼女を射抜くように見つめた。
千秋は紗那のためなら何でもできる。例えば会社を解雇されるようなことになっても、紗那を救うためなら自らを犠牲にする覚悟があった。
ところが美玲はどうだろうか。
(お前にそんな覚悟があるとは思えないな)
千秋は、平気なそぶりを見せながら動揺を隠せない美玲を冷たく見つめて、胸中で呟いた。
美玲のプレゼンは完璧だった。スクリーンに映し出された彼女の資料はわかりやすくまとめてあり、説明も簡潔で難しい言葉は一切ない。
誰もが美玲を優秀な人物として感心しながら彼女の言葉に耳を傾けた。
だが、千秋だけはそうではなかった。
(本来、この場には紗那がいるはずだった。それをお前が奪った)
腕組みをしてじっと美玲を見つめる千秋。その視線とばっちり目があった美玲はとっさによそを向いた。
千秋は胸中で舌打ちした。
(林田美玲。お前を紗那と同じ目に、いやそれ以上の苦しみを与えてやる)
はきはきと明るく誰にでも好感の持てる話し方をする美玲を眺めながら千秋はひとりほくそ笑んだ。
(さあ、報復の時間だ)
千秋はただ黙って腕組みしたまま座っている。
するとスクリーンに突如資料ではなく大きな一枚の写真が映し出された。
美玲は背中を向けた状態で説明しているのですぐに気づかなかったが、全員が驚愕の目で美玲の背後に注目した。
「な、なんだあれ?」
「なんか見たことあるぞ」
「あれは派遣の子が泣かされていた写真じゃないか?」
周囲のどよめきを怪訝に思った美玲が振り返ると、そこには紗那と乃愛の写真がでかでかと映し出されていた。
紗那が乃愛に詰め寄って、乃愛が泣いている写真。美玲自身がネットで拡散した写真だ。
驚愕のあまり硬直する美玲。
その直後、音声が流れた。
『ええ~? たった3万ですかぁ? パパ活だともっと稼げるのにぃ』
『はぁ、あなたねぇ。優斗といい思いしたでしょ? それでも高いくらいよ』
『でもぉ、優くん下手くそすぎてサイアクだったの。お金もらえないなら絶対寝なかったよぉ』
『嘘ばっかり。あなたも楽しんだでしょ』
スクリーンを凝視したまま固まって放心状態の美玲に対し、千秋は真顔で彼女を見つめたまま無言だった。
『すべてうまくいったわ』
美玲は自分の声に焦り、急に狼狽え始めた。
「お、おい、何だこれ?」
「音声間違ってんじゃないか?」
PCを使って音声を操作している社員が動揺しながら声を洩らす。
「お、おかしいな。なんで? 僕は月見里さんに言われた通りに……」
それを聞いた美玲が千秋をぎろりと睨みつけた。
しかし千秋は冷静な表情を崩さず、美玲を冷めた目で見つめている。
そのうちに周囲の反応が変わっていった。
「おいこの声、林田さんじゃないか?」
「計画って何だよ?」
美玲は慌てて音声操作している社員に向かって叫ぶ。
「早く! 早くオフにしなさい!」
「え? でも……」
そのあいだに音声は流れ続けている。
『ほんと、石巻さんってバカですよねー。友だちに裏切られているとも知らないで』
『妙なこと言わないでちょうだい。紗那と私は友だちじゃないわ』
『あ、そうでしたぁ。でも、信頼している同僚が裏切り行為をしたなんて知ったら石巻さん精神病んじゃいますよぉ』
『あなたと一緒にしないでちょうだい』
『でもぉ、林田先輩って結構策士ですよね! あたしが石巻さんにいじめられてる写真、あれ拡散したの先輩でしょ?』
『ええ、そうよ』
美玲は青ざめた顔で周囲をきょろきょろ見回す。
全員が疑惑の目で美玲を見つめていた。
周囲が美玲を怪訝な目で見つめながらざわつき始める。
「おい、例の写真、林田さんがやったのかよ」
「しかも、わざと同僚を陥れるようなことを」
「そういや石巻さんは優秀だもんな。嫉妬か?」
美玲は自分の持っている資料をぐしゃっと握り潰す。
「違っ、あたしじゃない!」
「林田くん、これはどういうことだ?」
「違う、違うんです。これは……」
本部長が険しい顔つきで訊ねると、美玲は慌てて言い訳をしようとした。しかし、音声は止まることなく流れ続けた。
『それって、石巻さんに恨みがあるってことですかあ? 石巻さん、仕事デキル人ですもんね』
『あなたの安っぽい思考でものを言わないで』
『でもぉ、このままだと石巻さん、会社辞めちゃいますよお』
『辞めればいいのよ。あたしが紗那の代わりになるから』
『えーそれって、石巻さんを排除して出世しようってことですかあ? 女の嫉妬こわあっ!』
美玲は混乱のあまり思わず叫んだ。
「さっさと音声止めなさいよ!」
美玲は音声操作をしていた社員に詰め寄って怒鳴りつける。
「何やってんのよ! おかしいと思ったらすぐ止めるでしょ! これだから仕事デキない男は……」
うっかり本性を露わにした美玲にこの場にいる全員が注目した。
本部長は怒りの形相で美玲を責め立てる。
「林田くん! なんだこれは! 職場の風紀を乱していたのは君だったのか!」
「ち、違っ、あたしは……」
「何が違うんだ。さっきの声は君だろう?」
「違うあたしじゃ……」
「一連の騒ぎは石巻さんが原因ではなく、君だということじゃないか」
「あたしじゃないんです……!」
いくら美玲が訴えても、誰も信用しなかった。この場にいる全員が音声の声を美玲であると認識している。
狼狽えながら目線を泳がす美玲の目にふと留まったのは、腕組みしたまま真顔で座る千秋の姿だ。
美玲は怒りに震え、拳を握りしめながら叫んだ。
「やまなしちあきぃいいいいっ!!!」
美玲の怒号は会議室内に響き渡り、彼女の変わり果てた姿を見た周囲は唖然としていた。これまで築き上げてきた彼女の完璧な人柄は一瞬にして崩れ去ったのだ。
美玲はもう遠慮する必要がなくなったせいか、つかつかと千秋に詰め寄り、彼を指差しながら責め立てた。
「あんたがやったんでしょ。この卑怯者! あたしたちのやりとりを盗聴してたのね。あんたのやったことは犯罪よ!」
千秋は真顔で美玲を一瞥し、冷静に告げる。
「盗聴? とんでもない。乃愛という女性が自ら提供してくれた音声だよ」
「はっ?」
「君、詰めが甘いんだよ」
「んなっ……」
千秋は静かに立ち上がり、美玲の横を通り過ぎて本部長に謝罪した。
「申し訳ありません。どうやら会議で使う音声データを間違えたようです」
「嘘つけっ! そんな言い訳が通用するはずないでしょ!」
美玲は振り返り様に千秋に詰め寄り、彼の袖を掴んで怒鳴った。
すると千秋は冷静に、冷たく美玲に告げた。
「放してくれる? シャツにしわができるじゃないか。今朝丁寧にアイロンがけをしたのに」
本当に困惑の表情で語る千秋に対し、美玲は呆気にとられ、周囲からぶはっと笑いが洩れた。