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「ふ、ふざけんじゃないわよ」

「何を怒っているんだ? 君は」


千秋はわざとらしく首を傾げながら話す。


「さっきから俺は謝っているじゃないか。会議で使う音声データを間違えたと」


美玲の顔は真っ赤に染まり、彼女は目を血走らせながら叫ぶ。


「間違えるわけないだろーがっ! わざとに決まってるだろ! あんなもん、どうやってミスするんだよ! このクソ野郎がっ!」


美玲が息を切らせながら声を上げると、千秋は微笑を浮かべながら静かに言った。


「君は少し落ち着いたほうがいいよ。とても社会人の振る舞いとは思えないね」

「うるさい! あたしはもう信頼を失ったんだ。どうでもいい」

「ふうん、君の仕事への熱意はその程度だったのか。That’s insane(信じられないなあ)」


美玲は目を充血させながら歯をぐっと食いしばった。

そんな彼女を千秋は無視して本部長に再び謝罪する。


「俺のミスで騒ぎを起こしてしまいました。その責任を取ります」

「そ、そうだな。とりあえず、会議はいったん中断する」


本部長はポケットからハンカチを取り出し、額から滴る汗を拭きながら他の社員にオフィスへ戻るよう指示した。

この場に立ち尽くす美玲を周囲の社員たちがじろじろ見ながら部屋を出ていく。

千秋はそんな美玲を横目で見て、静かに笑みをたたえた。


(まだ、終わらないよ。林田美玲)



ふらふらと会議室を出てオフィスへ戻った美玲に待ち受けていたのは、同僚たちの冷たい視線だった。

美玲は不可解に思い、近くの社員に声をかけようとしたが、その者は逃げるようにして立ち去った。


一体、何が起こっているのか。

美玲は怪訝に思いながら自分のデスクへと戻る。

しわくちゃのままのプレゼン資料をデスクへ放り投げると、ひそひそ聞こえてくる声に耳を澄ませた。


「あれ、ほんとなの?」

「だとしたらサイテー」


美玲が声のするほうへ目を向けると、ばっちり目が合った女子社員が思いきり顔を背けた。


「な、何なのよ……」


異様な空気を察知した美玲はとなりのデスクの男性社員に声をかける。


「みんな、あたしに何か言いたいことでもあるの?」

「え? あの、見てないんですか?」

「何を?」

「ええっと、これ……」


男性社員がおずおずとスマホ画面を差し出すと、そこに表示された情報に驚愕した美玲は彼からスマホを取り上げた。


「何なのよ、これは!」


それは乃愛のSNS画面であり、美玲のことが書かれていた。

そして先ほど会議室で流れた音声までアップされていたのだ。


【社員さんに脅されてましたぁぴえん🥹】


乃愛は5日ほど前に更新期間終了のため会社を去っている。自由の身となった今やりたい放題だった。

美玲と乃愛のやりとりの音声は瞬く間に拡散され、社内に知れ渡ることになった。


「あいつ、裏切ったな……!」


あれほど金を渡したのに。最初の金額よりも多めに渡したのに。

彼女は簡単に裏切った。


美玲は男性社員のスマホを床に投げつけようとして腕を振り上げ、慌てた男性社員が美玲にしがみついて自分のスマホを取り戻した。

そして彼はすぐさま別の社員のところへ避難した。


周囲はみな、美玲を軽蔑の眼差しで見つめている。


「や、やめてよ……あたしが何したって言うのよ? あんたたちに迷惑かけてないでしょ。そんな目であたしを見ないでよ!」


美玲はデスクの上の書類を床に投げつけた。

周囲はびくっとして逃げるように彼女から距離を置き、再びざわついた。


「あんな人だったなんてね」

「外ヅラだけよくて中身クズじゃん」

「出世のために仲のいい同僚を踏みつけるなんて」

「こわーい」


美玲は勘違いしている者たちへ怒りの形相で声を上げた。


「あんたたちに何がわかると言うの?」



千秋は、オフィス内で孤立する美玲を遠目で眺めていた。そして彼女が上司に呼び出されると、彼は静かに立ち去った。


千秋はこれまでずっと紗那を社内で孤立させた美玲に何らかの報復を考えていた。そのときに突如目の前に現れたのが乃愛だった。

乃愛は千秋とすれ違い様にぶつかって転び、足を捻った。というのはふりだった。男に近づくための彼女のやり方だ。


乃愛は女特有の妖艶な匂いをさせながら千秋にすり寄ってきた。

千秋は優しい笑顔を作り、乃愛に手を伸ばした。


乃愛のことを知らなかったわけではない。

紗那から元カレの相手が乃愛だとは聞いていなかったが、彼はストーカー並みに紗那を追いかけ回していたから当たり前だが乃愛の存在を知っていた。


ある日、乃愛がホテルに誘ってきたから千秋はそれを受け入れた。

乃愛を利用して美玲に報復するために。


「ええー? ちぃくん、えっちしないのぉ?」


乃愛とホテルに行った夜のこと。ベッドに座った彼女が甘えた声を上げた。

誰がちぃくんだ、と千秋は内心イラついたが、笑顔で答えた。


「そうだよ。君とはそういう関係にはなれないからね」

「んじゃーどうして乃愛の誘いに乗ったの?」

「うん、君に協力してほしいことがあってね」


千秋は、きゅるんとした目で見上げる乃愛を、真顔で見下ろして言った。


「君は林田美玲に頼まれて俺を誘惑したんだろ?」

「えー何のことぉ?」

「いいよ。とぼけるふりをしなくても。どうせ、俺を寝取って※証拠写真でも撮ってこいという依頼だろう? いくらで受けた?」


乃愛は唇を尖らせながらぼそりと言う。


「……5万」

「そうか」


千秋は自分の鞄から札束を取り出し、乃愛に差し出した。


「50万だ」

「うっそおおおっ! やるやるーっ! 乃愛、ちぃくんの依頼受けるよ!」

「それはよかった。君は完璧に仕事をしてくれるよね?」

「当たり前だよぉ。乃愛、これでも有能なんだから」

「知ってるよ」


千秋はにこにこしながら札束をベッドにバラまいてきゃっきゃっとはしゃぐ乃愛を見つめた。


(ああ、知っているよ。君が結婚詐欺をしていることも。いずれ、通報するけどね。それまで俺のために動いてね)



乃愛はわざと美玲に紗那の話題を出して、自身が紗那にしたことを暴露させた。そのように誘導するよう、千秋が命じていた。

美玲の発言はばっちり録音されており、そのデータを千秋は手に入れることができた。


林田美玲がおこなったやり方と同じように、彼はこのデータを拡散することにした。しかし、ただ仕返しするには足りない。

紗那がこれまで積み上げてきたものを破壊し、周囲の信用も失わせた。紗那と同じ痛みを受けさせるだけでは足りない。


(紗那の前から消えてもらわなければ)



美玲の噂は瞬く間に広がり、彼女は孤立していった。美玲が全員の前で本性を暴露されたあの日、彼女が部署内の他の社員に対して八つ当たりのような態度を取ったことも影響し、上司から厳重注意を受けていた。もちろん、任されていた重要な案件から外された。


「こんな会社辞めてやるわ。あたしは有能だもの。いくらでも雇ってくれる会社はある」


雑用ばかり押しつけられるようになった美玲はその日も定時で帰ろうとした。彼女はぶつぶつ愚痴をこぼしながらエントランスをつかつかとヒールを鳴らしながら歩いた。

エントランスから出たところで、突如視界にもっとも見たくない人物が目に入り、美玲は思わず毒を吐くように呟いた。


「月見里千秋……!」


千秋はオフィスビルに併設されたカフェのコーヒーが入ったタンブラーを手に持って立っていた。

優雅にコーヒーなど飲んでいる千秋の姿に美玲は猛烈に苛立ち、つかつかと彼に近づいて睨みつけた。


「あなたを許さない」

「……だとしたら、どうする?」

「紗那にあなたがストーカーだって言いつけてやるわ。しつこく紗那に付きまとっていたでしょ。あたしが知らないとでも思ったの?」

「だから?」


飄々とした態度の千秋を見て、美玲は少々怯んだ。


「紗那はそういう男が大嫌いなの」

「なるほどそうか。では紗那は君のことも大嫌いだ」

「なっ……」


千秋は笑顔で答える。


「君も紗那に付きまとっていただろう? 俺の視界にいちいち入ってきてイライラしたよ」

「何なのよ、あんた! あたしと紗那のあいだに入ってこないでよ。あたしのほうが紗那と一緒にいる時間は長いんだから!」

「時間なんて関係ないよ。紗那を大切に思っているかどうかが重要だから。俺の目には君が紗那を大切にしているとは到底思えないね」

「知ったような口を利くな!」


美玲が感情的に声を荒らげたので、エントランスから出てきた社員たちが一斉に注目した。

元カレに裏切られてすぐにエリート上司と出会うなんてあり得ないと思ったら計画通りでした

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