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三宮から神戸方面に移動し、空色の希望で俺の自宅へ向かった。
「足元に気を付けて下さいね」
マンション内の駐車場に車を停め、ふわふわと足元がおぼつかない空色に注意をしながら降車を手伝った。表の入り口に回ってエントランスには入らず、駐車場の裏口からエレベーターホールまで移動した。
「あの……ここに、新藤さんの自宅が…あるんですか?」
どんな反応するかと思って、嘘を言ってみた。「ええ。社宅です」
「社宅ぅ!?」
想像以上に空色の大きな声がエレベーターホールに反響した。慌てて口を塞ぐその姿がおかしくて、可愛くて、笑いそうになった。住人は幸い誰もいなかったし、焦る空色が見られて面白かった。
ざらざらとした手触りが特徴のキナリ色のタイルで囲われた円形の広いホールで暫く待った。エレベーターがようやく降りてきたので、二人で乗り込んだ。
最上階のボタンを押すとエレベーターが高速で動き出した。身体が浮く感覚、未だに嫌いや。俺はずっと地べたに這いつくばって生きてきた人間やから。地に足が付いていないと不安になる。せいぜい大阪で暮らしていた時のボロアパートの二階くらいが俺には丁度いい。いくら着飾っても、所詮仮面は仮面。俺の求めている世界ではない。
互いに無言でいても、高速エレベーターはあっという間に最上階に到着した。
「どうぞ」
降りるように勧め、黒で統一された大理石の上を歩いた。俺たちの足音が廊下に響く。
広くゆったりとした空間の廊下。黒い床の石が壁面と調和していて、照明は穏やかな肌色が暗く落とされている。灯りが等間隔で並べられていて、自宅の玄関先まで続いていた。
鉄門をくぐり、オートロックの黒い玄関扉をリモコン操作で開けた。まさかここへ空色が来るとはな。人生、なにがあるかわからない。
部屋に案内して靴棚に収納しているスリッパを取り出した。ここへ人を呼んだのは初めてやな。俺が新藤博人であり、白斗であることは、今となってはRBのメンバー以外誰も知らないことで、自分の城へ誰かを迂闊に上げるのも好きじゃない。
ただ、空色には嫌悪感を抱かない。彼女は全てが特別なんや。今、心拍数が爆上がりしている。多分緊張しているんやな。今、もしかしたらステージに立つより緊張しているかも。
「左奥の部屋は、物置なので立ち入らないで下さいね。リビングの方で飲みましょう。どうぞ」
怯えるように空色が呟いた。「あ、あのぉ……ほんとにお邪魔してもいいのですかぁ……?」
「ここまで連れてきて、私がお帰り下さいと言うとでも?」
「いえ……そういうわけじゃないですけどぉ……」
「律さんが私の家で飲もうと言い出したのですよ。さあ、どうぞ」
ここまで来て『はいそーですか』って帰せるか。
せっかくのチャンス、少しくらい一緒にいてもいいやん。
「あの、あのでもっ、お酒買ってくるのを、わ、忘れてしまいましたしぃ、おつまみも……」
何とか理由を付けて、帰ろうとしているような気がしたが俺は空色の退路を断った。「大丈夫です。酒やつまみなら色々ありますから。そんなに帰りたいのでしたら、お送りしますよ?」
「いえっ。違いまぁす! 帰りたくありませぇん!! お邪魔しますっ」
張り切って空色が室内に足を踏み入れた。かわいいな。
「どうぞ」
リビングダイニングの方へ案内した。レコーディングルームへ行かれたら困る。書きかけの譜面とか出しっぱなしや。RBの痕跡なんかを見つけられたら困る。彼女は常識人だから勝手には行かないとは思うけど。
空色はリビングを物珍しそうに見回し、クリスタルのグランドピアノを発見して目を輝かせた。
「新藤さぁん、ピアノ、弾かれるのですかぁ?」
「いいえ私は弾けません。単なるオブジェです。それより飲み物を用意しますね。ソファーで適当にくつろいでください」
予め用意しておいた嘘を伝えた。
でも、俺の正体を明かしたらどんな反応するかな。白斗が傷心のお前のために、今宵限りのコンサートを開いて歌ってもいい。そしたら喜んでくれるかな。お前の笑顔が見たい。
「ピアノが気になりますか?」空色がじっとピアノを見つめているので、尋ねてみた。
「はい。開けてみてもいいですかぁ?」
「いいですよ。よかったら弾いてみますか?」
「えっ、ほんとうですか!?」
嬉しそうに空色が蓋を開けてくるくるとカバーを丸めてピアノの上に置いた。酔っているから大胆な行動に出れるのだろう。普段の彼女の性格から考えたらありえない行動だった。
ドの音の鍵盤を強めに叩いたので、ポーン、と音が鳴った。この前調律したばかりだからキーに狂いはない。暫く空色はじゃれるようにピアノを叩いて楽しそうにしていた。
やがて「ねこふんじゃったぁ ねこふんじゃったぁ」と歌い出した。空色らしい美しく綺麗な声。
「律さんは歌もピアノがお上手ですね。もっと弾いて歌を聴かせてください」
思わず褒めて手を叩いた。言葉に嘘はなかった。率直な気持ちだった。
RBなんか歌ってくれたら面白いなと思っていたら、彼女は真剣な眼差しになり、俺の予想もしなかった曲のイントロを弾いて歌い始めた。
それは、俺が彼女のために作って贈った歌――『白い華』だった。